『総裁日記』企画協力の秘話ってほどじゃないけれど(3)

第1回はこちら→ https://note.com/nichiyodana/n/n789fe7315cae 
第2回はこちら→ https://note.com/nichiyodana/n/nd9580927518a

前回までに書いたように、僕は『総裁日記』が復刊されないのは残念だと思いつつ、積極的に働きかけようとは考えていませんでした。
それが変わったきっかけは、服部さんの娘さんに会ったことでした。仮に「Oさん」としておきます(*注釈1)。

Oさんは、ルワンダでフランス語を習い、今はフランス語の翻訳家をしています。話せば長くなるのですけれど、知人でイラストレーターの速水螺旋人さんが、自身のサイトでOさんが翻訳した作品を紹介したのがきっかけでした(*注釈2)。
その後にOさんは『ホテル・ルワンダ』の公開運動を知り、いろいろあって運動のメンバーだった箱男さんが、Oさんと僕とのあいだの連絡を取り次いでくれました。そのおかげで僕はOさんに会えたのです。

Oさんに会い、昔の逸話を聞けたのは、本当にうれしい体験でした。
服部さんは非常に好奇心旺盛だったこと。仕事に厳しい反面で家族には優しかったこと。『総裁日記』には書かれていない話も聞きました。
考えさせられたことがたくさんあるのですけれど、ここでは割愛させてください。『総裁日記』が希有な成り立ちの本だとあらためて確信した、有意義な時間だったのは確かです。
今回の復刊のきっかけになった方々として、速水さん、箱男さん、Oさん、そして『ホテル・ルワンダ』の公開運動を始めたミズッキーさんは忘れられません。

この出会いで、僕は本格的に『総裁日記』を復刊させたいと考えるようになりました。実現するには部数や内容のよさを裏付ける根拠が必要です。
そこで、まずは3つの点から評価を考えました。

1. ネットでの評価
ある程度の数が見込めなければ、復刊は実現しません。
そこで、『ホテル・ルワンダ』のコミュニティで場所を借りて復刊ドットコムへの投票を提案してみました。すると大勢の方が投票をしてくださり、投票数は急速に伸びて100票に達したのです。
どんなに名著だと僕が言っても、実際に「買いたい」と支持をする人が集まらなければ、根拠を持たなかったでしょう。
まず復刊の原動力になったのは、復刊ドットコムの皆さんの投票でした(注釈3)。

加えて、Amazon.co.jpのカスタマーレビュー、ブログ、mixi、Twitterなどで軒並み高く評価されている点も、追い風になりました。

2. 身の回りでの評価
僕が属する冒険企画局は本も作っていますから、本についてはプロです。
そこで、スタッフの皆さんに試しに読んでもらいました。プロによる初読の意見を集めたかったのです。反応は上々で、いろいろな感想をもらいました。

「序盤から面白い!」
「専門的なことがわからなくても読ませる」
「本当にあったことならすごい」(本当ですってば!)
「経営シミュレーションのハードモードみたい」(僕の第1印象と同じ)
「著者の人はすごすぎる、こんな人がいたとは」
「出てくる人達が、みんないい味を出してる」
「テレビ番組になっていないのが不思議」

普段あまり関わりがないテーマで、これくらい反応が良いのなら、出す価値はあると判断しました。冒険企画局の代表である局長の近藤さんは、ちょっとめくってみて、「これは面白いね」と、すぱっと一言。
面白い本は、少し見るだけで面白さがわかると僕は思っているので、こうした周囲の判断には力づけられました。

3. 自分自身の評価
これが一番、怖い作業でした。
昔に読んだときは面白かった本でも、読み返してみたら「あれ? この本、もっと面白かった気がするんだけど……」と思ったことはないでしょうか。
そうなったらどうしようという思いがありました。
とはいえ、昔のイメージにだけ引きずられて判断するのは危険です。そこでもう一度、みっちり読み返そうと考えました。

もっとも丁寧に読み返すには、自分で書いてみるのがよいと考え、全文の書き写しをはじめました。どのみち復刊が決まればテキストデータが必要になるし、校正にもなるから先にしておこうというわけです。
光学文字認識の技術を用いた優れた機械は出ていますから、文字をデータにするだけなら簡単です。ただ、それでは内容を調べたことにはなりません。僕にとって必要だったのは、出すにふさわしい内容かどうかを確かめることでした。
空き時間をみて少しずつタイピングをするうちに、やはりよい本だと再確認できたときは、言いようがないくらいうれしかったです。

他にも細かい点はありますが、決め手は上にあげた3つです。
このうち一つでもクリアできなければ、僕は復刊企画を進めなかったか、さらに企画を寝かせていたと思います。
僕なりの根拠はできたので、復刊のアイデアをOさんに相談したところ、中央公論新社の方と会ってみようと決まりました。

もし中公新書での復刊が無理であれば、冒険企画局から出すことを視野に入れていました。でも幸いなことに、そこからは予想しなかったほど急速に話が進みます。
まず、Oさんが書簡を書いて下さったおかげで、『総裁日記』の担当編集だった方と会い、とても前向きな反応をもらいました。実は、その方が入社してすぐに担当したのが『総裁日記』で、思い入れのある本だったそうです。次に、その方のご尽力で、中公新書の編集者さんが復刊を検討してくれるようになりました。
元の中公新書で出るのならば、それがもっとも喜ばしいことです。原稿のデータを渡し、以後は企画協力という形で関わることになりました。

今回の復刊にあたり、二つの増補が行なわれました。
まず1994年当時、ルワンダ動乱について服部さんが書いた文章が加わっています。
また、大西義久さんが、現在までのルワンダ経済の歴史について簡潔にわかりやすくまとめてくださいました。「現場の人」という大西さんの題名は、服部さんをよく表わしていると思います。

あとは出版を待つばかり。
校了したという連絡を中公新書の編集さんからもらい、見本を受け取るまでは、本当にあっという間でした。 幸い各所で好評となり、復刊本としてはかなり好調なようです。

『ホテル・ルワンダ』をきっかけに知り合った日経BP(当時)の柳瀬博一さんも、TBSラジオの「Life」という番組で、今年おすすめの1冊として熱弁をふるってくれて本当にうれしかった(*注釈4)。
そしてもちろんOさんの喜びようを目にして、出してよかったとあらためて思っているところです。

以上が、僕からみた復刊までの道のりです。
復刊されてまだ1ヵ月ということもあり、最後のほうは駆け足になってしまったけれど、今年中にあげておきたいと思って書いてみました。復刊された後の物語は、皆さんによって作られるのだと思っています。

本に限らず、自分が好きな作品を広めたいと願う人が、これを読んで少しでも得るものがあれば幸いです。

注釈
1. 本文で「Oさん」となっている、服部さんの娘さんも、復刊についての秘話をmixiに書いて下さっています。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1342351146&owner_id=2779388

2. 速水螺旋人さん
サイト http://park5.wakwak.com/~rasen/
Twitter  https://twitter.com/RASENJIN

3. 復刊ドットコムの『総裁日記』投票コメント一覧
https://www.fukkan.com/fk/VoteComment?book_no=636

4. 柳瀬さんのラジオにおける紹介はこちら。10分目あたりから。
https://www.tbsradio.jp/life/2010/01/200912272009part6.html
TBSラジオ「文化系トークラジオLife https://www.tbsradio.jp/life/index.html
柳瀬博一さんTwitter https://twitter.com/yanabo