一人でボーッとしようとしたら囲まれた
埼玉県川越市に喜多院という場所がある。
歴史も古く、建物の多くが重要文化財に指定されているそうだ。
毎年の初詣はかなりの参拝客が訪れるのだとか。
私は今年の1月2日に川越へ越してきたのだが、正月三が日の喜多院の様子はあまり分からない。
写真ではあまり伝わらないかもしれないが、敷地が思ったよりも広く、緑が多く落ち着いた雰囲気だ。人もあまり多くなく、たまに散歩に行くのには最適の場所だ。
春には綺麗な桜が咲いていた。
二度ほど見に行った。
そんな憩いのスポットへ、今日も散歩へ出掛けた。
散歩というか、ベンチでボーッとしようという確固たる目的を持って出掛けた。
到着したのは14時頃。この日この時間はとても暑く、目的地のベンチはどこも陽が当たっているところばかり。
一番暑い時間帯だったのもあり、ベンチには誰一人座っていなかった。
そんな中、一か所だけ日陰になっているベンチを見つけ、そこへ一目散に向かう。
日陰のベンチに日傘をさしながら座り、イヤホンでラジオを聴く。
まあ滞在時間は30分あるかないかかな〜と思いながらボーッとしていると、自転車に乗ったおじいさんが現れる。
「暑いね」
私は片耳のイヤホンを外して
「いや、本当に暑いですね。ここのベンチだけ日陰なんですよ。」と言う。
すると、「そう。」と言っておじいさんは自転車を止めて私の隣に座った。
私はすかさずラジオをとめて、両耳のイヤホンを外した。
「それは何?」
「イヤホンです。音楽を聴くやつ。どこでも聴けて便利なんですよ。」
「へえ、便利だね」
「市外の方?」と聞かれ、
「近所です」と答える。
「学生さん?」
「仕事は?」
「家族は?」
など、たわいもない会話をした。
父母の話や最近川越に越して来たこと、父母の仕事や住まいのこと、食事のこと、テレビよりもラジオだということ、おじいさんの仕事、家族のことなどを話していた。
どうやら年齢は90歳だそうだ。
わお。耳も遠くないし、話もしっかり成立するし、なんてお若いこと。
毎日自転車で散歩というか、喜多院を通るそうだ。
ここにはたくさんのハトがいる。
「ここはハトが多いですね。さっきからずっとポッポポッポ言ってる。」
「そう、ここはハトが多いんだよ、エサくれる人いるから」
そんな話をしているそばから、エサやりに来たと思われるおばあさんが。
私たちの座るベンチの背後でエサを撒く。一斉に集まるハト。
こうやってこのハトたちは生き永らえているのか。
1分程経過した頃だろうか。
背後のハトの溜まり場に目をやると、一瞬にしてエサを食べ終わったハトは既に散り散りになっていた。
「もう食べ終わってますよ」
するとすかさず、
「早えな!!」とおじいさん。
ここまでゆったりとした口調で話していたおじいさんとは思えぬ素早い反応でなんだかウケた。笑
20〜30分ほど話していただろうか。
おじいさんが突然、私を通り越した方に向かって
「お、久しぶりだね」と声をかける。
見ると、腰を曲げながら一生懸命歩き、汗をかくおばあさんの姿が。
お知り合いなんだな、と思っていると、おじいさんは
「ここ座りな。」と私の横を指す。
私はおじいさんの方へ寄って、おばあさんが座れるスペースを空ける。
おばあさんは端っこの方に遠慮気味にちょこんと座る。
傍から見たら、完全に老夫婦と孫である。ベンチに3人は、正直狭い。
「最近顔見なかったね」
なんて言いながら最近どう?と2人は話していた。
またそこから家族のこと、健康のこと、テレビのこと、食事のこと、起きる時間や寝る時間の話をした。
たわいもない話。
それはそれはもうたわいもない。
時間の流れもゆっくりだ。
時間の流れがゆっくりだなんて言いながら、もうすぐ1時間が経過しようとしていた。このタイミングで、おじいさんは夕飯など支度をするべく帰ると言った。
おばあさんは「気をつけてな」と言い、私は「さようなら」と言った。
そこから10分ほど、おばあさんと私はまた仕事の話や住まいの話をした。
おばあさんは昭和8年生まれと言った。
88歳になる年か。
腰は曲がっているけれど、耳も遠くなく話もしっかり成立して、お若いなあ。
それにしても、たわいもない話。
そろそろ行きましょうか、なんてお互い言いながら、
「それでは、またここで会う時に」とおばあさんは言い、私たちはお別れした。
------------------------------
ひとりでボーッとしようと思っていたら、ご高齢のお二人に囲まれた。
名前も知らないし、それはそれはもうたわいもない話しかしていないが、私の心は穏やかだった。
この一時間で私の首元は二か所蚊に刺され、マスクの下では鼻水が垂れていた。
梅雨入り前の、暑い午後の日の話。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?