![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/128434859/rectangle_large_type_2_3b8c2cda82351a4c02bf1c6ed68cb7bc.png?width=800)
瞳の錆 |掌編
「夜風が厳しくなってきましたね」
盲目の彼女の肌に落ちた街灯の水たまり。それの静かに揺蕩う光景に、不思議と意識は吸い込まれていった。
「そうだね…」
やがて一直線に並んでいた街灯の明りは途切れた。展望台へと続く山道が暗闇に潜んでいた。そこからはより寒く感じられた。
僕らの足音は風に揺れる葉音に掻き消されていた。僕は落ち着かなかった。絶えず囁かれているようだった。
「お前はお前じゃない」と。
森を抜けた。
静寂の展望台が星空に黒く浮かんでいる。
彼女の血の気の薄い肌色が紺碧の空に染められている。星がその中を穏やかに流れている。ふと顔を上げる。その拍子に細い風が頬を滑る。掌の中で彼女の手の暖かさが際立つ。
木の階段を上った。上にはただ柵があるのみだった。そこから街を一望する。平野がその周りに広がっている。雲一つない星空がその風景に蓋をしている。
「星は輝いていますか?」
「うん。輝いているよ」
「そうですか…」
無言のうちにも星の輝きは微かに揺らめいている。その揺らめきが、ある一つの巨大な天体の輝きによるものなのだと思うと、僕らはただ、空に浮かんだ小さな星にすぎないと、そう思えてしまう。
その輝きは果たして誰かの目に届くのだろうか。
―— 見えていませんよ。
どんな星空が見えているのと、僕がそう聞くと、彼女はそう静かに答えた。
―— ただ、真っ暗闇ではないのです。
僕は眼を閉じる。見たこともない天の川を想像する。それは微かな音を立てて流れる清い小さな川のように、想像の視界を下っていく。その中を僕という粒子が流れていく。
それはやがて見えなくなる。
それとともに僕の眼が開く。
僕のいない星空が彼女の姿を証明していた。
―— 心がすごく暖かいのです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?