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立つ鳥跡を濁さず

直近でお世話になった人達のご挨拶をしていたところこれからもご縁があると思われる方からこの言葉をいただいた。
その内容とは「立つ鳥跡を濁さず」ということわざがあるように、しっかり残りの時間を過ごしましょう、と。

この言葉の意味は、後始末をする鳥の行動から来ており、水鳥が水辺を綺麗なままにして飛び立ったことから「ある期間を過ごした場所、また立ち寄った場所は、綺麗に残したまま去ろう」ということを指しています。

結果的に、職も決まり残り数週間でこの職からおさらばするので、このことわざのように元々振舞おうと自分で決めていた。
もしかしたら、次の職で顧客として関わる人がいるかもしれないしね(^^)/

私もはなから、人格否定や仕事の考え方を批判してこない限りは、特別悪態をつく事はない人間なのである。
しかし、私を部署の悪者扱いしてきた当人たちは「そういった扱いをしてきたつもりはない」という認識なもので、自己保身が甚だしい。
無知の知が怖いように、無自覚とは軽く犯罪に近しいものがあるのではないかと思ったりもした。
それを乗り越えた分強くなったけど、苦しかった。

結論
私もわたしの為に意識的に「立ち寄ることになったこの席はきれいに残したまま去ろう」と過ごすが、これから書く事は共有しないと決めている。

・自分だから伝えることが出来る知見や経験の共有
・「進め方案、企画、測定方法」今までの部署になかったこと

これが私という人間の付加価値なのに、どうやら今の部署はアンドロイドを求めているようだ


人事異動は最大の戦略と言う会社がある、
その考えはどこの役職まで浸透しているのだろうか疑問に思う「その文字を目て追って読んでいるだけ」という状況にはなっていない事を願うばかりだ。

私はこの部署は考え方と行動をほんの少しばかり変えるだけで、もっとよくなる可能性があると踏んで上司に伝えていたのだけど、残る人達は急激とまでいかない些細な変化すら求めていなかった訳である。口では変化させたいと言っているが、行動に起こしている人は何人いるだろうか?

「変化するには多少犠牲が必要だという人」と「変化すること自体が怖い人」が混在するから衝突は避けられなかったのだろう。

だが企業にとってどっちが有益なのだと思う?
衝突の大きさを考えると場合によっては、「変化しない人」が優位に立つこともあるのだろう、今回のように。

部署を良くしたいと訴えたせいで私と他の人と溝が出来た、
いくら無能上司だろうと、自分が影響しても何も変えることが出来なかった事実は、わたしの力量のなさを認めざるを得ない。その点を比較するとと私も無能なのだろうか。それに気づいたが、された仕打ちを考えるともっぱら感謝もしないけど(笑)
 
お人好しも状況を見て動かないと、
ばかを見る羽目になる。
皆がみんな企業の為に純粋に手を取りあおうとはいかないものだと学べた。
その一方で、酒井風太氏の「私達ならできる」といった組織効力感がない組織に残念ささえ覚えた。
正直、この会社で長く働きたい思いもあったので少し寂しくはあるが、
このままの組織では私がやっていけないので、外に出る決断をしたのだ。

相手が仮に無能だろうと、周りがその無能さに気づいてなかろうが権力がある限り、行動する人達の勝率はさほどあがらない

唯一学んだことがあるとするならば、
無能上司を上手く操るには、時間も体力も気力も相当いるということ。
それらを犠牲にしてまで順応したくなかった私の意思が招いた結果が、
今この状況であることは間違いない。

それらを相当量犠牲にしてまでその人に魂を売らなかった。それが良し悪しではなく事実。
これを踏み台に4月から新しいステージに挑戦するのである!
最後まで読んでいただきありがとうございます(^^)/


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