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創作小説「宇宙をラーメンと呼ぶ男」前編

 男は、突然、宇宙を「ラーメン」と呼ぶようになった。しかし、不幸にも男はラーメンの存在を知らない。食べ物なのか、何なのか、もしかすると人間なのかもしれないと19年間を過ごしてきた。ラーメンが「らーめん」かもしれないし、イタリア風に「La men」かもしれない。一つ言えることは、男が苦労をし過ぎて、あまりにも厭世的になっていること。宇宙みたいな、遥か恒久へ逃げ出したくなったことは確かなようだ。

 男の名前は、今 生男(いま いくお)と言う。どう考えても名前負けしている。こんじょうお、と仮に呼べても彼の人生が180度ひっくり返ることは絶対に無いだろう。
 イクオの見た目はイケメンでは無いものの、印象は真面目、優しそう、好青年と捉えられることが多い。高校卒業から約1年間アルバイト生活をしてきたが、一度も面接で落とされたことはない。コンビニ、スーパーマーケット、派遣、花屋、ゲームセンター、弁当屋、警備員、クリーニング店等々・・・、なぜか印象だけは良かった為クリアしてしまう。
 だがしかし、実際に仕事を始めると運には恵まれないのか、彼に堪え性がないのかすぐに辞めてしまう。つまるところ、全ての物事が長続きしないのだ。接客業であれば、コンビニを例えに取ってみる。
 変にプライドが高いのか、頭を下げることが出来ない。接客業だから見た目が重要で、店長からは一見接客向きだと思われていたはず。それが一週間経たないうちに、自主退職してしまう。

 ある日、イクオはそれではダメだと思い直した。
 ハタチを前に、もう一度自らを見直そうと求人欄に目を向けた。キュージン、キュージン、キュージンと何度もブツブツと唱えた。1DK一間の小さな部屋に読経みたく、救いを求めるイクオの小声が低く響く。決して高くはない天井に異様な空気が立ち込める。イクオの華奢な身体から発せられるオーラは、これからの明るい未来へと続く両翼そのものだ。自らが背負っているものは、政治家が演説のフレーズで多用する「誰にでも優しい国づくり」の一端である。
 オレはフリーターだけど、日本を背負っている。これは正しい。誰もが認めて肯定されるべきイクオのアイデンティティだ。若者だから、まだまだ先は長い。夢を持って生きるべきで、そんな国はどこまでもバカで自由であり、健全的で素晴らしい。
 イクオが求人誌を見ること約3分。
 ようやく、目に留まる広告記事を見つけた。
 「イベントショーのスタッフ募集。誰でも簡単に出来ます。毎日随時面接を行なっています」との文字が舞い踊っていた。
 被り物を介せば頭を下げられるかな、とイクオは半ば安易に考えた。イベントショーなら、幼い頃児童養護施設に大好きな戦隊ヒーローが来て熱狂した記憶がある。
 幼い頃に両親が離婚をし、戦隊ヒーローがイクオにとっては唯一の癒しであった。
 まだ面接すら決まっていないのに、イクオは自らが赤色のヒーローで真ん中に陣取って「五人揃って!」と言うフレーズを一人叫んだ。
 イクオは強い決意の元、スマートフォンの画面を素早くタタタっと叩いた。俺はヒーローになるんだ、俺は虎になるんだ。目標が赤レンジャーなのか、虎のマスクを被ったそれなのか分からないほど彼は異常に興奮していた。
 電話をして、明日早速面接をすることになった。電話口の面接担当を名乗る男性は「人手が足らないので早く面接をしたい」と訴えた。人手不足は全世界中であることはイクオでも知っているが、子供に夢を売る戦隊ヒーローすらなり手が少ないのかと絶望感に苛まれた。五人いなければ成り立たない夢の商売も大変な時期に差し掛かっていることを、身を持って感じた。
 【一分一秒でも早く面接がしたい。子供達に夢を与えたい】
 イクオはそう思うと、居ても立ってもいられなくなり、ソワソワし始めた。

 その晩、明日8時の面接に備えて、夜9時には就寝した。イクオは縁起悪い夢を見た。
 ちょうど、幼少期から小学生までを過ごした児童養護施設での場面だった。
 イクオが産まれて初めて戦隊ヒーローを生で見たのは小学校2年生だった。児童養護施設に憧れの英雄が来た時のシーンだった。
 「今日はみなさん、お待ちかねの【宇宙戦隊イキルンジャー】がコスモス養護施設に来てくれました。忙しい合間で、みんなの為に参上します。さあ、拍手でイキルンジャー達を迎えて下さい!」
 一階にある広い食堂に集まった児童達は皆興奮状態だった。男女関係なく、あのブラウン管から流れる夢のヒーローを今か今かと待ち構えていた。イクオは仲の良いツヨシ君と体育座りで並んでいた。
 「俺が前だ」
 「いや、ここは僕の場所だ」
 「私だって、ピンクイキルンジャーを見たい」
 子供達は予定調和と言わんばかりに言い争いを始めた。見かねた職員達は大声を張り上げて、収束を求める。
 「こーら、イキルンジャーに言いつけようかな〜」
 女性職員がそう言った途端、静まり返った。先ほどまでの子供達の言い争いはピタッと止んだ。
 さすが、みんなのヒーローである。
 いや、だからヒーローなのだ。
 泣く子も黙る、その由来は英雄とか特別な存在にのみ当てはまるのであろう。
 職員と子供達の拍手喝采が沸き起こり、赤イキルンジャーを先頭に緑、青、黄、ピンクが行儀良く並んで行進をして、子供達の眼前に現れた。後のオマケのように悪役が二人付いてきた。悪役コンビは申し訳なさそうに少し陰に隠れるように立った。
 赤イキルンジャーの挨拶もそこそこにヒーローショーの開幕である。
 「えい、えいや!」
 「トウ」
 「はっ!」
 ヒーロー達は子供達を喜ばせようと、必死に悪役を懲らしめていた。ショーと言うより、シナリオの出来上がった寸劇を淡々と演じる大人達の必死な姿がそこにあった。
 5人のヒーロー達は難なく持ち味のアクションを披露した。子供達はキラキラと目を輝かせている。目の前の不思議な光景を現実化出来ないままでいた。誰しもが、ヒーローに羨望と敬意の眼差しを向けていた。
 「カッコイイ、超カッコイイ」
 イクオは釘づけになった。
 そんな時、赤イキルンジャーがイクオを手招きした。「えっ、僕?!」とイクオは自らを指差す。(そうだ。君だよ)頭から全身赤いタイツを身に纏った、か細い男は頷いた。なぜ、イクオだけが呼ばれたのか。
 赤い男は、悪役にパンチをするよう指示する。イクオはそのまま言われた通りに「えい!」と一発食らわせた。彼は思いっきり右こぶしを作った。ちょうど悪役の腹部溝落ちにヒットした。悪役は倒れるなり(ふりをするなり)、ちょうどゴキブリがひっくり返るような仕草をした。「やられたー」と叫んだ悪役は「このヤロー覚えておけ。グッバイキンー」とお決まりの逃げセリフを発した。
 イクオの攻撃が本当に効いたのか、悪役の体調不良なのか、しばらく横になったまま起き上がってこない。
 そのうち、もう一人の悪役とイキルンジャー全員が舞台の中心に駆け寄った。
 「大丈夫かバイキン大魔王!? 赤イキルンジャーが、心臓マッサージを始めた。
 子供達が不安そうな表情で舞台を見つめている。当の本人であるイクオは今にも泣きそうな顔で「バイキン大魔王死ぬな!」と叫んだ。
 職員が、あたふたして救急車を呼んだ。
 その頃にはイキルンジャー全員ともう一人の悪役が素顔をさらしていた。誰もその行動に疑いの余地は持ち合わせていなかった。
 【今目の前に負傷している悪役、そしてイキルンジャーは全員人間なんだ・・・】

 「あーっ、ラーメン!」
 イクオはこう絶叫して、夢から醒めた。
 「なんだ、夢か・・・」
 イクオは20歳を目前に久方ぶりに寝漏らしをしてしまった。
 13年前に養護施設で見た時は、もっと素直な現実だったのに、淡いヒーロー像を思い浮かべた矢先の突然の悪夢だった。
 イクオは、夏場なのに激しい悪寒がした。急に嫌な身体の熱さを感じた。
 「今日の面接。大丈夫かな・・・」
 嫌な予感しかしない。午前3時だった。

 【前編終了。後編に続く】


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