見出し画像

生きる【掌編小説】

 どうしてどうして、というようなことを叫びながら君は逝った。意味が分からないからと僕は呟いたけど、やっぱり無理だった。「彼女さん、大切にな」僕が大好きだった君の口癖だ。君の奥さんは喪主代表として泣いていた。君の奥さんは僕の初恋の人だったから、羨ましい限りでいたよ。結婚式では友人代表、葬儀でも友人代表。空から高笑いしたであろうから、きっとあの轟音。
 「えー、わたくし友人代表のミナモトと申します!この度は友人代表などという有り難い大役を仰せつかることになりました」君の幸せそうな破顔は脳裏に焼きついている。隣に座っている奥さんと目が合った。僕は心で泣いていた。
 「スピーチ中、泣くんじゃねぇぞ」
 挙式が終了して、声を掛けて来た君の楽しそうな表情は僕のプライドを触発するに十分だった。愉快犯か確信犯ではないかと疑った。
 今となってはどうでも良くて。ただ、切なくて悲しみしか残っていない。君の遺した言葉だけが思い出として変形を繰り返すに違いない。君よ。なぜ、奥さんを遺していける?あと、勝ち逃げはないだろう。死因自体は残念で、これ以上ない痛恨の極みとしか言い表せない。君と言う存在があったからこそ、死について考えることが出来た。逆説として生きることに特化した思考が出来るようになったんだ。
 君が旅立ってから、奥さんに会ったよ。僕の初恋の人に。
 「ミナモトさん、良かったら亡き夫にあって頂けませんか?」君の奥さん、憔悴し切っていて一瞬誰だか分からなかったよ。
 「では、ご焼香させて頂きます」
 まるで、生まれて初めての生気が無い自分にも驚いた。僕は絵に描いたような覇気の無さ、人格を失った抜け殻だった。
 モノクロの君の遺影はさらに生気が無く、葬儀で見た死顔を彷彿とさせた。
 「夫がどうしても生前、ミナモトさんに渡したいと言っていたものですから」
 はっ、と言った時には奥さんは大事そうに長渕剛のサインが入った銀色のピックを眼前に差し出していた。君と行った長渕剛の桜島ライブの光景が両まぶたに浮かんだ。長渕剛いや漢はライブ中に何度も「生きろ」と連呼した。まるで観客の全てが世の中に絶望したように。僕と君も「生きる」と呼応したよね。それどころか「俺は死なない!」と君と二人で絶叫したあの夜を僕は忘れない。漢は【俺たちはフェニックス(たぶん不死鳥みたいなもの)だろ!】と同意に近い友情を求めているようにも思えた、あの夜。
 そんなことを思っているうちに、君の奥さんから手料理を振る舞われていた。12年振りだった。一回りもすると人間は進化も変化もする。野菜炒めか何かだったか、肉と野菜がバランスよく配合されていて胡椒がほどよく効いて美味しかった。「これは、あの人が大好きで・・・」「最初は野菜炒めすらロクに作れなかったのに・・・」こう彼女は言うなりテーブルに突っ伏して泣きはじめた。肉と野菜の均衡の良さに君を思い出した。
 「ミナモトさん、またお越しになってくださいね」たぶん君の奥さんは僕と付き合ったことを全く覚えていない。君も、僕と奥さんが恋人同士だったことは知らない。
 「俺の最期のスピーチ中、泣くんじゃねえぞ」
 奥さんから玄関先で見送られる際にそう君に言われたかは分からない。もしかして、何も言われずに睨まれていたかもしれない。
 どうしてどうして、君が自ら命を絶ったのかは分からない。分からないまま、答えが出ないままただ君の行為を否定する限りは、僕は生きてゆくと思う。「奥さん、大切にな」君に二度と言えないフレーズが今日もフワリと浮遊を続ける。

【了】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?