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ピラティス(前半)


ピラティスは2021年9月から始めました。
現在はピラティスを学び続けながら
クライアントさんにも学びを伝えていくという
エデュケーターという仕事をしています。

ピラティスって最初に受ける1発目のレッスンって
本当に何言ってるかわからないんですよね。
今でも鮮明に、自分の身体なのに、思うように身体が扱えない感覚が記憶に残っています。
例えるならフランス語が流れているような感じです。何か言ってるけど頭も身体も全く理解できていない状態。

そこから少しずつ学びが深まってきていて
(ピラティスに終わりはないのでこれからも深めていくのですが)

ピラティスって本当に面白くて、素晴らしいものかのかも、と思えてきました。

最近会社の社長と一対一で電話でお話しする機会があったり、中学生からピラティスをしてきていた方ともお話しできたり、ピラティスを何十年もされている方のレッスン受講風景をオブザベーションさせてもらえる機会がありました。

社長は「とにかくもっとピラティスを自分自身が楽しんだ方がいい。ピラティスってもっと思っているよりも素晴らしいもの、スタッフのみんなにはカッコよくキラキラして毎日を楽しく過ごしてもらいたいだけなんだ、そのためにピラティスがある。」

と教えてくれました。
そして社長がどんな風にピラティスを通して毎日を楽しんでいるのかのお話を聞いた時に、
本当に社長はピラティスを、会社を経営する側の立場ではなくクライアントさんとして、ピラティスを学ぶ1人の生徒としてピラティスを心から楽しんでいる、ということが伝わりました。

中学生からピラティスをされている、今は海外でご活躍されているピラティスインストラクターの方からは、「身体に意識を向けてるのってそれ以外考えられなくなるから楽しくない?車を運転しながらも今腕はこう使っていて、手でハンドルをこういう風に掴んでいて、だんだん右手が疲れてきたからじゃあ次こんな感じでハンドル持ってみよう、とか。そう考えながらドライブするとあっという間に到着地に着いてしまうんだよね!」とお話ししていました。

その方は、そうした方がいいからしているのではなく、好きで身体に意識が向いている、ということなんですよね。幼い頃から実践されてきているからこそ、自然に自分の身体がどうなっているのかに興味が持てている状態でした。
その方とお話ししている中で、
「〜しなきゃいけない、と考えたことないかも。ピラティスもある程度決まった形はあるけど、それではない、より自分が動きたい動き、身体がこうしたいと言っている動きを優先にピラティスしてるよ」と話していました。

とても自分のことを大切にされていて、  
素晴らしい方だなと感動しました。
ピラティスは、決められた形(エクササイズ)に自分を当てはめるのではなくて、その形を活用して自分が最大限より良くなる方向を見つけていく、ものなんだと学びました。

私が養成コースの試験のフィードバックで必ず毎回言われていた、「ピラティスは形ではないよ、もっと学びを深めてみて」という意味が、着実に少しずつわかり始めてきているなと感じます。

これまで習い事で、バトントワリングをしたり、大学生ではテコンドーをしたり、身体を動かすことをしてきましたが、全て決められた形に自分を当てはめて、それっぽく、うまくできてる風をしていたなと振り返って思いました。

バトントワリングも形を追うのではなく、自分の身体が毎回どうなっているか興味を持てていたらもっと楽しめたかもしれないし、テコンドーもトゥルという型がありますが、それをしている時の自分に気づくことができていたらまた違う楽しみ方があったのではないかな、と感じます。

この経験って人生での大きな経験だなと
常々思っています。

私はこれまで、形があって、そこに自分が合わせて生きてきたんだな、と自分のことを知れました。

ピラティスは自分の思い込みや固定観念に気づかせてくれる、素晴らしいツールだと思います。 

もっと自由でいいんだよ。
もっと身体の声、心の声を聞いていいんだよ。
と人生にとって必要なことを
最近は学ぶことができました。

そう思考が変わると、硬直していた身体もどんどん緩んできているんですよね。
身体と心は繋がっているといるんですね🌿

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