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スネークオペレーター〜特別諜報捜査官〜#2


【前回までのあらすじ】

〈第一章〉
日本最大の暴力団極桜組の分裂クーデターの首謀者、木下雅也が暗殺され、8年間も続いた暴力団〝極桜組〟の分裂抗争が終結。木下の運転手で付き人であった内藤靖(やすし)、木下から死に際に渡された高級時計を握りしめて号泣した。


ピッピッピッピッ・・・
スマホのアラームが鳴り続ける。
内藤靖、通称ヤスのマンションだ。ここは、堅気になって、雇い主である晴海運送の社長矢﨑勉が経営している運送会社のいわば寮がある。木下の親分が殺されてから早一年が経つ。
あのあと抗争は終結し、「神戸極桜組」は消滅した。
本体の極桜組の命令で神戸の残党は全て帰参するとした。他団体への移籍はもちろん、拾わないと言う。通達も全国に出た。なので選択は二択しか無かった。
極桜組に帰参するか、堅気になるかである。

一度、堅気になったら全国のどこの団体も拾えないと言うことである。
業界一の暴力団組織「極桜組」は益々、勢力を増し、シノギも一時は暴排条例で暴力団に籍を置いていると色んな法律を使ってブタ箱入りを余儀なくされていて何も出来なかった。当局とのイタチごっこで、半グレや籍無しの地下ヤクザがネットを使った新しいシノギであったり、暴力団よりエグい強盗など、徐々に治安も悪くなっていった。

ヤスは堅気になり、しばらく姿をくらましていた。一年経った今でも井上の親分の声が耳から離れない。親分から譲り受けた腕時計は、自分で付けるのは不分相応なので大切に取ってある。

一年ぐらいぶらぶらしていたある日、携帯番号を変えたはずのスマホに知らない番号から電話が鳴ったので何かの勧誘かと思って取ったら、ヤスから見れば叔父貴分に当たる矢﨑だった。
矢﨑は世間話を挟みながら、とりあえず会おうと執拗に誘ってきた。最後には断り切れずに少しならと、矢﨑が経営している晴海運送に顔を出すことになった。

矢﨑は大歓迎して喜んでくれて、晴海運送の事務所の奥にある社長室のソファに招き入れてくれた。晴海運送の事務所に入る前に見た外観は普通の運送会社の大きい車庫と思われる広場にしては広い空き地のようなところの端にプレハブを綺麗にしたような二階建ての事務所があった。後で聞いた話から、コンテナを二段積み上げて綺麗に改装したらしかった。それにしても狭くは感じなかった・・・。

社長室に入ると、5〜6人はゆうに座れる革のL字型のソファと少し低い長方形のガラステーブルに一人掛け用のソファが2個、対面に並んでいた。L字型の方に座り、矢﨑は一人掛けのソファに座った。

「よく来たな!ヤス。探したよ!」

と矢﨑がニコニコしながら歓迎ムードで言った。

「まさか?!探していたのは嘘でしょ??私は特に昔の関係者とは会いたくありませんでしたけどね。」

ヤスは面倒くさそうに言った。続けて、

「ここは運送会社なんですかぁ〜?車、ってか、トラック?一台も居ませんけど・・・。」

と言うと同時ぐらいに社長室の入口のドアを開き、女性事務員が少し短めのタイトなスカートと白いブラウス、事務員がよく着るベスト着て、コーヒーをトレーに載せて、コーヒーをソーサーごと2人分置いて、「失礼します」と退室する。

「すげぇ〜!!なんかAVのDVDで出て来そうなシーンでしたよ!」

と顔をクシャクシャにするヤス。

「変わんね〜なぁ〜、ヤス。」

と言いながら、ブラックコーヒーをひと啜りする矢﨑。ミルクとシュガーを入れ、スプーンでくるくる回しながらキョロキョロするヤス。

「今な、隣の車庫に車が居ないのは、仕事をしてるからだ。車が残ってたら運転手が休んでいるか、暇な会社って証拠だ。最近は、運転手不足で困っている。そう言う我が社も一台隅っこに居たろ?気づかなかったか?」

と矢﨑がソーサーカップを置くと立ち上がり、車庫側の窓を開ける。

「ほら、一番奥にいるトレーラーだ。」

と矢﨑が窓から指でさす。ヤスはコーヒーをソーサーの上に置き、窓に近寄って見るとボルボのトレーラーヘッドが一台鎮座していた。黒いピカピカの塗装に多分近くに行くとでかいだろうと思わせる程のトレーラーヘッドは、台車を切り離すと2トントラック車のロングほどの長さしかなく、そんなに長くはないが横幅と高さは大きい。幅は2m弱、高さは3.5m程ある。

「よく見ると、かなりデカいですね!叔父貴!」

「おいおい、もうその叔父貴ってのはやめてくれよ。ここじゃあ社長なんだから。」

と、素早く突っ込む矢﨑。苦笑いしてヤスが

「叔父貴、社長っすか。叔父貴の方が言い慣れてるから・・・。でも、社長!がんばります。それで、俺があれに乗るんですか?」

窓を閉じ、ソファに座り直し2人の目が合った時にヤスが、

「ってか、あれ大きいっすけど、俺の免許で乗れるんですか?」

すると、矢﨑が、ドサっとパンフレットや本らしきものをテーブルに置き、

「どうせヤス、普通免許のオートマ限定と自動二輪中型ぐらいだろ持ってても」

「いやいやいや・・・。普通免許のオートマ限定は合ってますけど、大型持ってますよ!自動二輪!」

とヤスは自慢気。

「おー、それは大したもんだ。でも、普通AT限定は爆笑だな。わっはっはっ。」

と矢﨑は笑う。

「いいじゃないですか、とりあえず、車乗れるんすから・・・。ってか、あの車どう考えても今の持ってる免許じゃ無理ってことですね。このパンフレット見ると。」

とテーブルのパンフレットを指さす。

「・・・そうなんだよ。あれを乗るには、大型自動免許(一種)と牽引一種免許の2セット必要になるんだ。」

パンフレットを差し出して矢﨑が言う。

「どっか合宿行って、2種類セットで取得できるところあるから行ってこい。普通免許AT限定だから、まずMTを取る必要あるけどな・・・。わっはっはっ。」

と矢崎。

「今の時代はAT限定で十分なんです。最近マニュアルの車なんか特に見たことないですよー!」

「そういえばそうだなぁ〜。走り屋とか、GT−Rとかしか見ないよなぁ・・・。」

矢﨑は天井を見ながら言う。

「まっ、とにかく、大型牽引免許が必要だから、会社で費用出すから取りに行ってこい、早いところで、空いてれば、15日ぐらいで取れるらしいぞ!」

と言いながら、ヤスの顔を覗き見る。ヤスはパラパラと見ながら、

「相変わらず叔父貴、あ、いやいや社長、強引ですけど、まだ働くとは言ってませんし、木下の親分亡くなってまだ1年なんですよ。なんか、無かったことのように平気で働けないような、なんかまだ早いような、ぼんやりした不安があるんすよ。」

とヤスが言うと矢﨑は立ち上がり、

「木下の兄弟が亡くなって、まだ1年だから何だって言うんだ!えー、なんだ、じゃーそろそろキリストみたいに蘇るってか??笑わせんじゃねーよ!!何年経っても兄弟は帰っても来ねぇーし、この世にいねぇーんだよ。それより、兄弟の分まで生きて立派になった方が奴も喜ぶんじゃねーかなぁー。奴を忘れちゃいけねーけど、何年も何もしねーでどうするんだ!一人で仕返しでもするか?え??」

矢﨑がそう言うとヤスも矢﨑の気に押されて、体が固まる。目を瞑って、ソファの背もたれに体を沈めて何分も動かない。そうしているうちに外が何か騒がしくなってきた。事務所が揺れるぐらいの振動とピーピーピーと言うトラックのバックブザーがうるさいくらい鳴り響き出した。

「みんな帰ってきたなー!」

と矢﨑は言うと時計を見て

「もうこんな時間かぁ、ヤスは今日どっから来たんだ?」

「実家からっすよ。」

素っ気なくヤスは言った。

「実家?実家ってどこだっけ?」

と矢﨑。

「長野っすよ。松本」

とヤス。

「えっ?どうやって来た?」

「新幹線ですよ。」

と当たり前みたいにヤス。

「じゃあ、今日はどうするつもりで来たんだ。」

「もちろん新幹線で帰りますよ。ただ、叔父貴、いや社長がホテル取ってくれて、夜、飲みに連れてってくれるんだったら話は別ですけど。」

と言って、当たり前のように平気にポケットから加熱式タバコを出して吸い始める。

「おいおい、ここは禁煙なんだ!俺もタバコ吸うけど外に喫煙所作ってある。」

と言って、ヤスを連れて外へ出る。矢﨑もタバコをポケットから出して事務所裏の喫煙所で火をつける。喫煙所にさっき女の事務員がスマホをいじりながら加熱式タバコを吸っていた。ヤスが恥ずかしそうに会釈すると、事務員もチラッと見て会釈し、吸い終わったように吸い殻を捨てて退出しようとしたら、

「希江(キエ)ちゃん!あの空いている1号車に乗るヤスだ!でも、今から免許取りに行くんだけどな(笑)」

「そうなんですねぇ〜。よろしくお願いいたします。」

とキリッとかしこまって挨拶する。

「え、え、まだ、やるかどうか決めてないんですけど・・・、おたくの社長強引で・・・。」

と苦笑いしてヤスが言うと

「あー、社長は強引で有名ですよ。うちの運転手全員が強引に合宿免許派ですから・・・。しかも合宿代を貸し付けてるから払い終わるまで辞められませんし、その間、必ずどっかぶつけたりして、皆んな借金増えてますよ。(笑)」

と笑顔で、嫌味に言う希江。

「おいおい、それは皆んな成り行きで・・・。」

と言い終わらないうちに

「それでは、失礼します!」

と退出する希江。無言が続く喫煙室。

「さっ、どうしようかなぁ〜?」

とヤスが矢﨑の顔を見る。

「おう、今日は俺がホテル取ってやるから、付き合えよ!」

と矢﨑はヤスに満面の笑みで言う。

「はい、いいですけど、今日はキャバクラで女口説くんじゃなくて俺を口説くんですね(笑)」

「いや、俺はどっちでもいんだぜ・・・。どうせ、あの車は俺が経費がチャラになるよう2〜3日に一回は乗ってるからなぁ〜」

と強気な矢﨑。

「へぇ〜、そうすか。とりあえず今日は、付き合いますけど、入社するかはまだ決めてませんが、さっき合宿免許の金は出してくれるって言ってましたよね。そこはハッキリしてください」

と矢﨑の顔を覗き込む。

「そうだったよなぁ〜。ああいいよ。じゃ〜決まりだな。」

と矢﨑。

「ちょちょちょ、返事は明日です!」

ニヤニヤしながらヤス。

「わかった!わかった!」

そろそろ、俺も腹減ったし、家に電話して晩飯いらないって言わなきゃ。」

「この時間に晩飯いらない!とか、電話したら必ず喧嘩になりますね。17時ですよ。」

とヤスが気を遣う。

「うわ〜っ。ギリかなぁ〜。まぁ冷凍って手もあるしとりあえず、電話してみるわ。」

と一旦、喫煙所を出て、矢﨑が携帯で電話してる。聞いたこともない優しい声で・・・。

「ヤスってもうヤクザじゃないよぅ・・・。違うって・・・。ほんとだよ・・・。六本木。キャバ1軒だけ・・・。銀座には行かないって。ほんとだって。銀座は行かないから。うん、うん、分かった。帰る時、ライン入れる。ありがとう」

矢﨑の会話丸聞こえ・・・。知らんぷりのヤス。

「じゃ〜、希江ちゃんにホテル予約しといてもらうから、腹ごしらえ行くか。このままタクシーで行こう。」

ともう久々の嫁許可の食事会だから張り切っている矢﨑。

「姐さん、いや奥さん大丈夫ですかぁ〜。俺、帰った方が良さそうな感じですか?」

とわざとヤス。

「いやいや、どうして。全然問題無いよ。」

と話しているうちにタクシーが来た。希江が退社前だけど見送りに来てくれて、

「第一ホテルが取れました。晴海運送でわかるようにしてあります。」
と矢﨑に向かって言う。

「え、だ、第一ホテル・・・。わ、分かったー。」

意地悪っぽい顔した希江に目を細める。第一ホテルは銀座にある高級シティホテルだ。

「行ってらっしゃいませ。」

とタクシーの外で二つの手を前に重ねて45度腰を折って見送る。

「とっても、親切で礼儀正しくて良い事務員さんですねぇ。」

と何も知らないヤスは言う。
タクシー運転手まで、

「事務員さんに行き先聞きましたので向かいますねぇ。」

「え、どこって言ってた?」

と矢﨑。

「銀座の並木通りと言っていました。ポルシェビルの前と・・・。」

淡々とタクシーの運転手が言う。

「そ、そうだけど・・・。」

と矢﨑。

「結局、銀座行くんじゃ無いですか?」

とヤス。

「希江に嵌められた・・・。これで内緒にすれば問題無いんだけど、領収書を堂々と計上して税理士経由でバレちゃう。1ヶ月はバレないからロスがあるから、まっ、いいか!!」

と開き直る矢﨑。

「何だか、よく分かりませんが、今日はありがとうございます。」

と先に礼を言うヤス。

「まぁ、一番良いのはお前だよなぁ〜。何も考えずに銀座いでステーキ食って、高級クラブでシャンパンでも飲んで、高級シティホテルで一泊。これで、お持ち帰り出来たら、めちゃくちゃラッキーボーイじゃねーか。ビギナーズラックはあるかどうかだな。」

と嬉しそうな矢﨑。

「俺は、叔父貴いや社長に会いに来て、今からスケジュール聞いただけで、ラッキーじゃ無いですか。」

とヤスも嬉しそう。

「じゃあ、今日は入社祝いだな!!」

「それとこれとは別です・・・。」

と言うか言わないかで、銀座並木通りのポルシェビル前に着く。まだ時間早いので、迎えのポーターとか居ないから、そのまま降りて、いつも馴染みの鉄板焼き屋まで歩く。明日から合宿免許のスケジュールの予約を取ろうと頭の中では考えていた。

(つづく)

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