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大学受験生応援コラム・6月(1)

「見れば」はどこに着地するのか?~和歌が「わか」るための百人一首攻略

’*** 0 はじめに  ***

当コラムに目を留めてくださり、ありがとうございます。

本コラムは、高校生や大学受験生の役に立てればとの思いから書かれています。主に大学入学共通テストの国語を素材として、問題の解き方や勉強法のヒントになりそうなことを書いていきます。

月ごとにテーマを決め、何回かに分けて掲載していきます。今月は「古文」を取り上げることにしました。

お題はずばり、「和歌」。

’*** 1 百人一首を学ぶ意義  ***

和歌は受験生のお悩みの中でも上位に君臨する項目です。ダジャレになってしまいますが、和歌が「わか」らん…という声は毎年聞かれます。

しかし、実態をよくよく聞いてみると、どうも自分で口語訳をせずに分からないと言っているケースが大半です。そりゃ、分かるはずもありませんわな…と、つい口をついて出そうになります(言いませんけど)。

そこで今月は、和歌をきちんと自分で口語訳する練習をしてもらおうかと考えています。素材は「百人一首」。入試問題ではありません。

百人一首は和歌学習の基本です。入試によく出る掛詞とか序詞とかという技法(和歌の修辞法と言います)も、百人一首に使われている技法が出ます。それだけでも学ぶ意義は十分あります。

基本であるがゆえに、学校でも学ぶ機会は必ずあります。ただ、扱いは様々です。

私の場合、…今からうん十年前ですが…冬休みの宿題に全和歌の暗記が宿題に出て、年明けの課題テストに出題されて終わりでした。

かと思えば、私立の中高一貫校では、一首ごとに授業プリントがきちんと用意され、かなり詳細に講義される(勿論、定期考査に出題される)場合もあるようです。

実は最近、百人一首の口語訳の練習用にと、教材をチョコチョコと作っています。このコラムの手が留まっていたのはそのせいですが(これを言い訳といいます)、作り始めてみると、この年にして(私は「初老」ですので、まあまあの年齢です)新たな気付きや発見が得られて驚いています。

その教材の内容を全て文章化するとなると、途方もない文字数になってしまいますので不可能です。そこで今月は、

そのエッセンスと自分の気づきだけでもお示しすること。及び、

先に述べたように和歌を訳すトレーニングをこのページ上でやってみること。

この二つの点を念頭に置いて筆を進めていきます。

’*** 2 百人一首 No.7 ***

今月第一回目に取り上げる和歌は、7番目のこの歌です。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも 阿倍仲麻呂


’*** 3 詞書を確認しよう  ***

入試古文で和歌が出題される場合、そのほとんどは物語文の中で登場人物が和歌を朗詠する…という形で出されます。和歌だけを単品で出題する、ということは極めてマレです。

従って、受験技術としては(というか、受験に関係なく読解するうえでは)、和歌前後の文章(これを「地の文」と言います)を読んで物語内容を確認し、人物の状況や心情などを確認推測したうえで和歌の口語訳に取り掛かる…という手順を踏むのが通例です。

百人一首でこの地の文に相当するのは「詞書(ことばがき)」です。詞書というのは前書きのようなもの。その和歌が詠まれた状況などを説明しています。

今回は和歌の暗記ではなく、あくまで自分で訳をとることが趣旨ですので、状況をまずは正しくつかんでおく必要があります。さもないと、とんでもない間違いをします。

詞書を訳すのもいい練習になりますが、当コラムでは取り敢えず現代語で要点だけを示すことにします。今回の和歌は、次のような状況で詠まれました。

唐の国に渡ったものの、なかなか帰国できないでいた仲麻呂さん。しかし、ついに帰国できるチャンスが訪れた。別れを惜しんで、現地の人々が送別のために集まってくれた。

海辺で送別会をしていると、その夜、大海原の上に見事な月が現れた。その月に魅せられた仲麻呂さんは、No.7の歌を詠んだ。

…こんな感じです。特に、「ついに帰国できる」状況であることが重要です。

’*** 4 各句のつながりを常に意識する  ***

和歌を訳すときは、まず五・七・五・七・七に正確に区切ってから行います(ちなみに、これは文字数ではなく、読んだ時の音の数ですのでお間違いないように)。そのとき、各部分(と言います)のつながり方を常に意識しましょう。さっそくやってみます。区切ってみると、こうですね。

天の原/ふりさけ見れば/春日なる/三笠の山に/出でし月かも

ここで、次の二つの問いに答えてみてください。

問1 「天の原」の直後に、助詞を一文字入れるとしたら、何が入るでしょう?

問2 「春日なる三笠の山にいでし月かも」はひとかたまりのフレーズです。これを口語訳してください。



答えが出たら、続きをお読みください。

’*** 5 解答  ***

答え1 「を」
◆「天の原」は、第二句の「見れ」(見る)の目的語だと考えます。

「天の原」は「広々とした大空」、「ふりさけ見る」は「はるか遠くを眺める」という意味。「ば」はここでは「~すると」と訳します。これをそのままつなげて、

「広々とした大空を、はるか遠くを眺めると」

日本語が不自然なので、少し調整して…

「広々とした大空のはるか遠くを眺めると」

これで前半の五・七・五…上の句といいます…の口語訳完成です。

答え2 「三笠山の上に出ていた月なのですよ」
◆「三笠の山に」の「に」は動詞などにかかる格助詞。ここでは第四句の「いでし(出でし)」にかかる。その「いでし」の「し」は、過去の助動詞「き」の連体形で、第五句の「月」にかかる。最後の「かも」は詠嘆の気持ちを表す終助詞。「~だなあ」「~であることよ」くらいが定訳。

以上をつなぎあわせると、

「三笠山に出た月であることよ」となります。ここまで出来ればまずは合格です。

これをもう少し説明を足したり、状況に合わせて表現を変えたものが最初に挙げた解答例です。

’*** 6 最後の問題:「見れば」はどこに着地するのか?  ***

以上で、取り敢えず口語訳は完成しました。訳すのは大変でしたか? それとも、案外自分でも出来るもんだなあと思えたでしょうか? もし、自分でも出来そうだと思ってもらえたのなら、今回のこのコラムは半分以上目的を達成できたことになります。

練習すれば、これくらいの訳は常に作成できるようになります。是非、普段から和歌をきちんと訳す練習を積んでいただきたいと思います。


さて、ここからは、ワンランク上の口語訳をつくるチャレンジに入ります。題名にもなっているこの問い、「見れば」はどこに着地するのか?

なんのこっちゃ? と思われるでしょうから、説明をば。

「ば」というのは先に意味だけ記しましたが、接続助詞に分類される単語です。接続助詞というのは、自分が含まれる節の述語部分と、後続の述語部分とを、因果関係や逆接関係などでつなぐ働きをします

今回の和歌でいえば、「ふりさけ見れば」という述語と、それ以降にあるはずの述語とを、「見てみたら、〇〇〇がある、見える」みたいな感じでつなぐことになります(このつなぎ方は、「単純接続」と呼ばれます)。「見れば」と言っている以上、その後には今見えているものが書かれるはずです。ちょっとしつこく書いていますが、この点を考慮しないと、この和歌を十分には理解できませんので辛抱してください。

では、その後続の述語とはどこでしょうか?

単純に考えるならば、後半の七・七じゃないの? となります。しかし、第五句…結句と言います…に使われている過去の助動詞が問題です。

過去の助動詞「き」は。先に意味だけ記しましたが、過去の出来事を現在回想していることを示します。これは重要なポイントですので、覚えておくといいでしょう。

三笠山の月は、あくまで作者・阿倍仲麻呂が思い出している過去の映像です。しかし一方、上の句の「ふりさけ見れば」は現在の動作です。「今」見たら、「過去」の月が見えた…って、そんなはずありません。見えるのは必ず、今空に出ている月のはずです

よって、結論。「見れば」の着地先は、和歌の中にはありません。省略されています。理由は、詞書で「海辺で月を見た」と書いているからです。説明したことだから和歌中では省かれているわけですね。

この省略された部分を復元すると、こんな口語訳になります。

広々とした大空のはるか遠くを眺めると、月が出ている。あれはかつて、三笠山の上に出ていた月と同じものなのですよ

’*3において、私は「ついに帰国できる」ことが重要だと書きました。それを念頭に置いて、今作った口語訳をお読みください。

どうですか? 故郷の日本を懐かしむ感じが出た訳になっているのではないでしょうか?

私自身、今回の和歌が日本を懐かしむ望郷の歌であることは知識として知っていました。しかし、日々の仕事に忙殺されて和歌そのものの追究をさぼっていました。この度「見れば」の謎に向き合ったことで、知識と和歌の解釈がきちんとつながったことに、素直な驚きと感動を覚えました。

百人一首の学習は、和歌攻略の近道にして王道です。あと1か月ほどで夏休みになりますが、そのうち何日かでも、きちんと探究してみると、ただの訳の練習以上のものが得られるのではないかと思います。

今月は、そんな勉強の一助になればという思いで、コラムを書き綴っていこうと思っています。もしかしたら、二か月連続で、ということもあるかもしれません。

かなりの長文になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。基本的に、毎週水曜日更新を目指しています。また次回もお付き合いくだされば幸いです。


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