土瓶のふた(11)

 平日のグルメ街を歩くと、友人らしい婦人の連れやママ友らしいグループばかりが目についた。私は初枝さんを伴って、通行人にぶつからないように気をつけながら歩いた。私たちのためにあけられたすき間が、むなしい空気の通り道のように思えてならなかった。
 待ち時間のない店を選んで席に着くと、どっと疲労が押し寄せてきた。肩や首を回してみたが、かえって凝りがひどくなるようだった。休みをとってまで、なぜ初枝さんを連れ出そうとしたのだろう。それは私の貧相な義務感からだった。最初、外出をしぶっていた初枝さんは、箸の先で重箱の中を探りながら、立派に食欲を発揮している。薄い二枚の唇が、刺身、天ぷら、煮物を次々に取り込んでいく。妬みと哀れみが、胸の中で混濁し、私のほうは、半分も食べられずに箸を置いた。せっかくの休みがこれで終わる。
 店を出て、あてどなくショッピングモールをぶらついた。午後になると、かなり人が増えてきた。正面から歩いてくる人たちは、白杖を見ると私たちの前で左右に分かれた。初枝さんが持つ私の肘には、二人分の汗が混じり合った。初枝さんが私の大きなできものになったような気がする。熱があるのかと思って額に手を当てると、冷たい汗にぬれていた。憂鬱の大波に飲み込まれそうになったとき、女性の声が呼び掛けた。
「あら、中林さん。まあ珍しいところで……」
 婦人服のショップから出てきた三人連れの一人が言った。どうやら近所の人らしい。初枝さんに紹介されて私は軽く会釈し、二人が言葉を交わす間、辺りに視線を泳がせた。向かいの店のショーウインドーに私たちが映っている。流行の装いのマネキンと重なって分かった。場違いだ。気がつくと初枝さんはピンセットでつまみ上げられ、婦人たちの口内に投げ込まれていく。私までついでに、こっそりと。穴は黒く大きい。落ちた瞬間、鈴のような音が鳴る。あちらでもこちらでも。するとますます輝く胸元のビーズが光の糸を引いて、私たちのぐるりに、まぶしいレースを張り巡らすと、リンリンリンと去っていく。耐えがたい憎しみが、のどの奥から突き上げてきた。だが当の初枝さんは、くつろいだ表情で宙を仰ぎ、口元にかすかな笑みさえ浮かべている。この影のようについてくる人の安らかな顔をゆがめてやるのはたやすい。ひたすら歩くだけでいい。おぞましい感情を風がちりぢりに吹き飛ばし、体は軽くなり歩調が上がる。そしてもうすぐ隣の人だけ、ガードレールのカーブに激突する。私は避けない。その人は相変わらずほほえんでいる。ここまで来れば、すすけたバリアは自分のほうからやってくる。誰のせいでもない。とっさに手を振りほどく。鈍い音とともに、その人の体はガードレールを飛び越えて道路に転げ落ち、くるくると回転するうちに、小さく小さく、とうとう灰色の玉になり、前から走ってくるタイヤに弾き飛ばされた瞬間、それは向かいの車のフロントガラスにひびを入れ、驚いたドライバーが、ブレーキを踏んだせいで、後ろの車が追突し、またその後ろの車も追突し、どこまでもどこまでも追突し、車の鎖でぐるぐる巻きにされた地球の悲鳴が、あちこちで鳴るクラクションの音から、背後でチリンチリンと鳴る自転車のベルに変わった。私は止まる。初枝さんも止まった。自転車の男性が追い越し際に向けた細い目は、みけんの縦じわも手伝って、まぶしいのか迷惑なのかはっきりしない。私はまた初枝さんを伴って歩き始める。赤信号につかまっている男性の背中を見たとき、私の中で、チリンと鈴が鳴った。

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