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#詩

詩 食卓にコトンと音一つ

食卓に
コトンと音一つ
つかむと冷たい曲線が
指の腹に五つ
支えているのは細い足
一本のガラス
日本酒派の友が
なぜワイングラス
飲み口からにょきにょきと
複数本の長いもの
角ばっているもの
丸いもの
いずれも少し
斜に構えて
この状態を言葉にすれば
「さしてある」
「切っただけよ」と友は言う
一本二本三本と
抜きとってかじる
だいだい……白……黄緑……
かみしめる
若くない心拍に適した
小さな発

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詩 箸さがしのうた

炎天下を歩き通して
コッテージに着いた五人
逆光の枝葉を日よけにして
丸くなって座る
のどが渇いた源次郎
水をがぶがぶ飲んでいると
友たちは弁当を食べ始めた
遅れをとった源次郎
あわてて弁当の包みを開けると
箸がない
「箸がねえや」と大声出すと
返ってきたのは
はあ、へえ、ふうん、あっそ
むしゃむしゃむしゃとうまそうに
食べる友に背を向けて
箸を捜しに行こうと決めた
川沿いを上流へ歩いていくと

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詩 大地の末端から

赤い星が南の夜空に現れると
防波堤は
それを取りに行くための
建設中の橋になる
いつごろから人々は
橋をかけ始めたのだろう
大地の末端から
あてどなく
橋げたばかりが伸びて重くなって
このままじゃ落ちるぞと叫ぶ声に
急いで橋脚づくりに回る人多数
そんなことお構いなしに橋げたは今日も伸びる
だって橋の上は
陽が当たる
星が見える
橋脚は追いつかない
ほら だからもう一度
橋のたもとまで
みんなじゃな

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詩 昼休みのカフェ

春の間
用なしだったエアコンが
作動を始めたにおいの中
人々は身も足どりも軽く
やわらかい矢となって
私のぐるりに円を描く
そこが
地表の何千億分の一の
私の居場所
そこでカタカタと
キーボードをたたけば
昼休みは
むこうのほうからやってくる
指を休ませたのは
とれかけたブラウスの
このボタンの上
とれずによく頑張ったとねぎらって
その指をストローにからませる
食後のアイスコーヒー
かきまぜる

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詩 うしろむき

前向きじゃないと
人は多くそう言うけれど
前には濃い霧がたちこめていて
どこを見ればいいのか分からない
180度体の向きを変えれば
景色はなんて鮮明なのだろう
遠くにフォーカスすると
石を欠いて獲物に投げつけている人間が
土をこねて器を作っている人間が
薄い水晶体を透かして
小さな泡のように浮かんで見える
毛様筋をゆるめると
人間は大きくなり
ひしめき合って
互いの場所を奪い奪われ
殺し殺され

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詩 悩ましい輪

さっきまで
知恵の輪をもてあましていた
友たちのことを考えながら
始まりも終わりもない
輪の数の分の
堂々めぐりのつながり
ガチャガチャというだけで
全く解けない
「切ってしまえ」と強がって
もしも一か所切ったら
二つが離れ
もう一か所切ったら
五つが離れる
それで静かになった胸の内に
きっと生じる
ずれた切り口の
引っかかり
ささくれのような痛み
だからそのまま
ぬくい手あかが冷めないうちに

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詩 頭数

街灯が灯る瞬間を見た
瞬きすると
また灯る瞬間が見える
瞬間と瞬間の間に
とてつもないところへつながる
入り口の気配
軽い興味で中をのぞいて
後ずさり
中は針の孔よりも狭くて
入れそうにないから
肥大した頭たちは
つべこべ言わずに
去りゆく秒を数える
頭数にでもなればいいかと
あきらめれば
チリリ チリリーン
先回りした風鈴が
時の道すがら
鳴り続けている

詩 すみません

つい「すみません」と言っている
この一言で理不尽も
いったんは影をひそめる
そんな便利な言葉
癖になって
互いにむしばんでいる
相手は肥大した足で
荒れ野をこしらえ
私は霧の中で足をくじく
しょっぱなのあやまち
裏返しに置かれたカードを
表向きにして
問う勇気を持たなかった

詩 ねんねこ

昔むかし
ねんねこに包まれて
母に負われるのが
何よりも好きだった
真っ暗で温かい
あらゆる音が
真綿でくるんだように
ほの白く
暗がりに灯った
そこは小さな宇宙だった
でもまどろみの奥底に
あらがえない
波の音でもなく
鼓動でもない
母も私もそこにくくりつけられて
巨大な力で引かれる感覚
あれはなんだったのだろう
地球が回る音?
秒速463メートルの
風の音だったのだろうか

詩 テントウムシの絵筆

手のひらを大きく開いて
大気にさらす
とまったテントウムシが
宙に打った一点
そこが私の中指の爪のありか
とコトコトはって降りていく
くすぐったい
谷底へ降りたかと思えば
また登りにかかる
ほんとうにくすぐったい
急に止まって一休み
テントウムシは私の絵筆
人差し指のてっぺんから飛び去っても
くっきりと見える
初夏の空に描かれたVの字

詩 紫陽花の花びら 

一輪の青い紫陽花が
ほっとため息をつく夕刻に
花びらを数える
どれを数えてどれを数えていないのか
途中で分からなくなって
また一から数えなおす
こうすれば簡単だよと
一枚一枚花びらを
ちぎって数える賢い人には
馬鹿だと言われておこう
今 泣いている人の数を
今 死にゆく人の数を
言えないのは
あなたも私も
同じなのだから

詩 砂丘

胸の中のがらくたが
ガタガタと音を立て始めると
足はおのずと砂丘へ向かう
きゅっきゅときしり音を立てながら
指のすき間を埋める砂粒
歩めば足は
粉々になったがらくたに溶け出す
仰ぎ見る空と砂丘の接線
目指して歩くと
申し合わせたように遠ざかる
砂丘は
何十億年のがらくたの墓
何十億年のがらくたの材
風紋は
できごとのかすかな名残
何もない空に
相も変わらず浮かぶ半月が
やがて砂丘に没するころ
私の

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詩 一日三拍子

やりがいなんて求めちゃいない
流れてきたものを
箱に詰めるだけ
よく一年続いたもんだよ
1時間に何千回
割り算すれば一回が
1円に満たない
先は長いよ
資格取りなよ
友に言われてスクールさがし
スマホの画面に整列した
~師 ~士 ~ピスト
インストラクター マネージャー
まるで蝶の標本さ
眺めて「ほう」と
言ってる場合じゃないんだよ
あたしがやらなきゃ
みんなが困る
ひたすらくり返す同じ動作
あと

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詩 午前零時

午前零時を
まどろみの中でまたいだ
次の午前零時は
ベッドの上
冴えた目で
0が四つ並ぶ瞬間を見とどけた。
雷鳴の今夜
とうとう寝床を抜け出して
窓枠の中の闇に
顔を近づけた
黒い空をいなずまが照らす
眼下に白く浮き上がるのは
街の骨
あらがえないむこう岸に
私の頭蓋の内幕が
ニアミスしたような
不可思議な午前零時