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孤独は愛の絆が切れたときに感じると言う説があります。
孤独は、感情から離れ、脳の知性的な働きだ、とも聞いた…。

もう一つ、シニアといわれるようになって、孤独を感じることが多くなった。迷いを感じたときに、孤独になる。

迷いの原因は、人格が傷つけられたときと言う説。
ドラッカーの言葉に「仕事は重荷であって、必要とされるものである。……仕事を失うことが、人を傷つけるのは、金銭ではなく誇りのためである。仕事とは、人格の延長である」とある。

60歳になると役職定年などで仕事を失うことで、プライドの時価評価が下がったことで孤独になる。

それでは、人格は変えられるものなのだろうか。「三つ子の魂100まで」という諺があるが。
佐々木玲二著「感情・人格心理学」(放送大学教材)によれば、「……目の届く範囲では人格は変わらないように見える。しかし、地球を球として見る宇宙船のように離れた位置から見れば、人格は実は変化している」と言う。

日々の生活上の判断は、潜在意識が90〜95%支配していると言う。若いときはこれほど判断に迷うことはなかった。社会の変化によって経験で判断できないことが多くなってしまったようだ。

たとえば、正解のない問題です。と言われると、孤独になる。
僕の受けた教育では、総てに正解があった。
偉い人や責任者が、結論を出して指示する。
それが答えであった。

コロナ以降、頻繁に孤独になる原因は、旧来のメンバー制の考え方が大転換していること。テレワークで肌感覚の以心伝心がないこと、組織コミュニケーションの考え方が変わってしまったことなど、古い体質の僕にとっては、まるで手探りのようだ。

新しい教育制度としてのメンター制度では、助言、指示がないので、僕の肌感覚ではもどかしい。
メンテーの自己決定権と責任は、理屈では理解できるが、時間の無駄のような気がしてしまう。

昔、やっておけ、で指示して終わった上意下達社会で育った僕が、今の社会に適応するためには、脳の可塑性を信じて持続的な訓練によって脳細胞を組み替えることが急務だ。

子育て支援や働き方改革など新たな制度が矢継ぎ早に導入される。意味は解るが、実際のところ、馴れないことが多い。
上意下達の組織に馴れて、人格やプライドになってっていることが、シニアが寂しさを感じる原因でもある。

ゲーテは「老人は子ども扱いされる」と言っている。アリストテレスは「性格は、その人の行動の結果だ」と言う。

孫正義は「成功する者と失敗する者の違いは頭の差より性格の差の方が大きい」と言っている。

性格を変えることができるのだろうか。
一縷の望みとしては、*エレノア・ルーズヴェルトが「性格の形成は赤ん坊に始まり死ぬまで続くもの」と言っていること。

整理してみると、孤独は知性の働き、新たな行動が習慣になれば性格が変わる。

だから、僕が、頻繁に孤独になっているのは、社会に順応して生きるために性格を変えようとしているのだ。孤独を歓迎することにした。

一流の人が、本番に臨むとき決まって儀式のようにルーティンをする姿をテレビで良く見る。あれをイメージしようと思う。

性格改造は、イメージトレーニングの積み重ねでできるかも。

長生は、時代に合わせた長期記憶の塗り替えが必要となったと、理解した。
他にも、性格を変える方法がある。

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