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ストライダー教

あなたは、パワー重視派?
それともバランス優先派?
私自身は前者一択で育ったが、この度バランスの力を思い知り、改宗する運びとなった。

遡ること、およそ2年前。2021年のクリスマス。
長女の枕元には、サンタから届いたストライダー。
小さな三輪車は次女に譲り渡し、彼女は新しい車を手に入れた。
お姉さんな色味とやや背伸びしたかっこよさに、ひとめみて虜になっていた。

車体のそばに添えられたポストカードには、ストライダーを抱え、工場らしき室内でポーズを取るサンタの姿があった。

「これ、サンタさんがつくってくれたんだね…
 ◯◯ちゃん、きょうからのる!
 れんしゅうしたい!」

フィンランドのサンタ工房から届いたらしいこちら、
なんと直筆サインの入ったポストカード付きだった
(芸が細い…)


当時の長女には少し大きいストライダー。
サドルの高さを最大限に下げ、なんとかつま先で地を蹴ってゆっくりすすむ。
併せて届いたヘルメットと、親がそばから離れないことで安全確保しながら、本人の気の向くままに練習を重ねていった。
”サンタさんがくれたストライダー“
彼女は愛着たっぷりにそう呼び、ご近所にも紹介してまわった。
サンタもきっと喜んでいたことだろう。


細く長く、練習の日々は続いた。
身長の伸びに合わせて、サドルはどんどん上げられていった。
いつの間にか、足で蹴った勢いそのままに、バランスをとって、すいーっと両足を上げたまま進めるようになっていた。
まだ手が小さく、ブレーキをしっかり握るのは難しかったが、車が来た時や交差点ではしっかり足を止め、片手ずつブレーキを握り始める努力もしはじめていた。

数年のストライダー期間を経て、昨年の秋に満を持して、ペダルを取り付けた。
しばらく「漕ぐ」という動きから遠ざかっていただけに、最初は苦戦していたようだった。
漕ごうと足を準備している間に、バランスを崩してしまう。しばし親がハンドルを支えて補助をしながら並走して、本人が感覚を掴めるのを待った。

補助輪の自転車から練習し始める子は、先に「漕ぐ」をしっかり習得した後で、補助輪を外し「バランス」の課題に取り組む。
ストライダーから練習し始める子は、「バランス」から入って、そこに「漕ぐ」行為を足していく。
自分の幼少期には、補助輪の選択肢しかなかった。補助輪を外した時、親の手の支えがあってもひどく怖かったのを今でも覚えている。

無論個人差はあるだろうが、ストライダーが子どもの自転車習得においてどう影響するのか、全くの未知の領域であり、親も挑戦かつ実験であった。


軽やかに風を切る長女


バランスの優位性は想像以上だった。
誰に教わるでもなく、彼女は最初に地を蹴った勢いにのってバランスをとり、前に進む力で車体が安定している間にペダルを漕ごうと試みはじめた。
ペダルがなかった頃に、そうしてバランスをとっていたのように。
ペダルを漕ぐスピードが上がるまでに、前へ進む推進力が落ちてきて、どうしてもふらついてしまう。
だが、一度バランスをとる感覚が身についている彼女は、流れにのれば安定することを感覚で知っていた。
うまくペダルを漕げないもどかしさはあったが、バランスへの恐怖心は大きくはなかった。


ちなみに、長女は真面目でひたむきではあるが、飛び抜けて運動が得意なタイプではない。加えて石橋を叩いて渡る、怖がりで慎重なタイプだ。

週末のみ、それも天気がよく彼女がやりたいと言った日だけ、少しずつ練習を重ねていった結果、冬の始まりにはひとりで乗れるようになっていた。
まだ手が小さく、しっかりブレーキを握るにはもう少しかかりそうだが、並んでサイクリングできるまでになっている。

これからお子さん、甥っ子姪っ子の自転車の練習が控えているかたは、ぜひ一度検討してみていただきたい。
バランス感覚の自信は侮れない。

若干の教祖感

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