![マガジンのカバー画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/139442918/4045be9e0bd2af3922007be364b43ab5.jpg?width=800)
- 運営しているクリエイター
2024年5月の記事一覧
友と呼ばれた冬~第26話
「もう一つ大野に取っては不運な事が重なった」
梅島が言いにくそうに付け足した。
「その頃、所内で夏風邪が流行っていて俺も事務員もかかってしまった。当直の者から事情を聞いて大野のクレームの対応をしたのは所長なんだ。あの人は出世街道から外れてうちに飛ばされたんだが返り咲きを狙っている」
「本社に漏れたら終わり、と言うことですか」
「あぁ、相手の条件を全て飲んで内密に処理をしたらしい。実はこの件
友と呼ばれた冬~第25話
昨日の休日にまともに身体を休めなかったツケが夜になって回ってきた俺は、新宿御苑の大木戸門の前に車を止めて休憩に入った。
外に出て新鮮とは言えない新宿の空気を吸い込み身体を伸ばすと、御苑からヒマラヤザクラの花びらがヒラヒラと足元に舞い落ちてきた。
都心から新宿に入る実車のタクシーが旧甲州街道をひっきりなしに走って行った。都内だけでも約300社の法人タクシー会社があると言われている。すべての会
友と呼ばれた冬~第24話
すべての映像を見終わると24時を回っていた。大野が隠し持っていたこれらの映像には共通の特徴があった。
車内での男女の睦言。ラブホテルを利用している証拠。そして最後は男の家が判明している映像記録で終わっていること。たった一点だけ異なる点があった。大野の映像だけが本来保管されるべきクレームの映像だったことだ。
大野の対応がどうだったにしろ客のあの剣幕ではクレームになってもおかしくない。だが他
友と呼ばれた冬~第23話
突然失踪した大野の顔をこうしてモニターで見ても感傷的になることはなかった。服装の乱れた大野と客に謝る姿、男たちの怒号が大野の失踪にますます不穏な影を落としただけだった。
このクレームの決着がどうついたのか気になったが、梅島からはまだ連絡はなかった。梅島に電話を入れようかと考えたが時間を見て思い直した。梅島は乗務員ではない。もう寝ている時間だ。
次のファイル ”n20150801”を再生する
友と呼ばれた冬~第22話
その映像は歌舞伎町の一方通行を走る大野の車の前にホスト風の若い男が飛び出してくる直前から始まっていた。
歌舞伎町のホスト達が住むエリアは面白いほどに明確に分かれている。稼ぐものと稼げないもの。数名で乗ってくる場合が多く、車内の会話も両者でははっきりと違っている。
稼いだ金をどう生かすかについて議論する”稼ぐホスト”と、貢がせた金だけで暮らすことを自慢する”稼げないホスト”。彼らの会話は成
友と呼ばれた冬~第21話
第三章 パズルのピース
部屋に戻り大野のノートパソコンの電源をもう一度入れてみたがやはり電源は入らなかった。
大野のアパートのインターフォンは壊れていたのではなかった。故意に中のコードが切断されていて鳴らなかったのだ。大野に似つかわしくないその細工が気にかかっていた。インターフォンと同じように壊れて機能しないノートパソコン。
俺はノートパソコンを裏返してみた。思った通り充電池が入っている
友と呼ばれた冬~第20話
「悪いが新宿まで戻ってくれ」
「わかりました」
ドライバーは諦めたように返事をして青梅街道を上り始めた。車窓に雨がまとわりつき何もかもが歪んで見えた。ひどい気分だった。負の感情を締め出す必要があった。あの男の顔に傷をつけてやったと思うと少し気分が良くなってきた。
「西口に着いたら声をかけてほしい」
ドライバーにそう告げて目を閉じてみたが興奮した頭は冴え、眠りを拒否した。あの時、千尋は交番
友と呼ばれた冬~第19話
自分が尾行されていたと分かったら大人でも恐怖を感じるものだ。今になって怖くなったのか千尋の足の震えは止まらなかった。あの時、千尋はすぐに俺の所へ戻ってくれた。いつだってこの子は自分の事よりも他人を思いやっている。
俺はどうだ?
タクシーの窓に反射した醜く歪む男の顔が憐れむようにこちらを見ていた。
”まるで尋問のようじゃないか”
そう言われているような気がした。
”優しさをは
友と呼ばれた冬~第18話
中野坂上の手前から渋滞が始まった。
「左車線に入ってくれ」
交差点に左折の車がいると直進車が詰まるのはわかっていた。直前で右に戻れと指示する客も居る。そうすると中野坂上の交番の目の前で進路変更禁止の黄色い車線を跨がなければならない。タクシードライバーに取っては迷惑な指示だ。
「詰まったらそのままで構わない」
俺の言葉を聞いて運転手は左車線に入った。後ろを振り返って確認したが不審な動きを
友と呼ばれた冬~第17話
税務署通りから小滝橋通りに出てタクシーを拾った。千尋との待ち合わせ場所の東口までは歩いていけない距離ではなかったが待ち合わせ時間が迫っていた。
大ガードの手前から渋滞が始まり信号が2回変わっても動かなかった。待ち合わせの時間を少し過ぎている。タクシーを降りて歩いて東口へ向かいながら千尋に電話をかけた。
「もしもし?」
「すまない、少し遅れた。大ガードの信号を渡ったからもうすぐだ」
「真山さん
友と呼ばれた冬~第16話
梅島と話すこともなく新宿営業所を出たのは15時少し前だった。明治通りは相変わらず渋滞しているが待ち合わせ時間にはまだ時間があった。
大野のアパートをもう一度調べる時間はある。諏訪通りでタクシーを拾い、そのまま小滝橋まで出て小滝橋通りから北新宿へ向かった。明治通りと違って渋滞はほとんどなかったが、消防署から救急車が出動するタイミングに当たってしまい少し足止めを食らった。新宿は昼でも夜でもサイレ
友と呼ばれた冬~第15話
カーテンを開けると外は薄暗かった。目覚ましで起きたはずなのに一瞬今が何時なのか分からなかった。タバコを吸い熱い珈琲を腹の中へ流しこむとようやく体と頭が機能し始めた。
一晩中充電をしておいたノートパソコンの電源は今朝になっても入らなかった。新品で購入したコードが原因だとは考えにくく、かといってパソコンを修理できるほどのスキルは持ち合わせていなかった。
そもそも何故このパソコンに電源コードが繋
友と呼ばれた冬~第14話
梅島との電話を終えタバコに火をつけて肺深く吸い込むと、寝不足からなのか眩暈を感じ、ソファーに横たわった。
このまま眠ってしまいたかった。余計なことに首を突っ込んだ自分を罵りたい気分だった。
ふと千尋の顔が思い浮かび俺は偽善者なのか?と声を出して尋ねてみた。千尋が答える代わりに、何もないモノクロームのアパートに母親と千尋の写真だけが色彩を帯びて浮かび上がった。
吐き出した煙が霧散した思考と
友と呼ばれた冬~第13話
もし故意にSDカードの記録が消されていたのなら、大野の失踪時の記録を消したかった以外の理由は無いように思えた。
「走行記録は残っていましたか?」
「そっちはあった。簡単に書き換えられるものでもないからな」
確かに、走行記録を消すとなるとSDカードの抜き差しのようにはいかない。
「実はな、大野の走行記録を見てみたんだがどうもおかしいんだ」
梅島の声のトーンが落ちた。
「大野は芝浦ふ頭