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友と呼ばれた冬~第22話

 その映像は歌舞伎町の一方通行を走る大野の車の前にホスト風の若い男が飛び出してくる直前から始まっていた。

 歌舞伎町のホスト達が住むエリアは面白いほどに明確に分かれている。稼ぐものと稼げないもの。数名で乗ってくる場合が多く、車内の会話も両者でははっきりと違っている。

 稼いだ金をどう生かすかについて議論する”稼ぐホスト”と、貢がせた金だけで暮らすことを自慢する”稼げないホスト”。彼らの会話は成功者とそうでないモノの思考を如実に具現化していた。いずれにしてもホスト達の帰る場所は近距離で、乗り慣れている彼らは最後のメーターがあがる直前で降車することも多く、タクシードライバーにとっては稼げない客だった。

 本来は乗車拒否にあたる行為だが、そういった理由からホストが手を挙げてもスピードをあげて通過するドライバーも多い。そんな風潮が広がってきたからか、タクシーの前に飛び出して車を止めるホストが多くなってきていた。歌舞伎町の中は道路幅や交通量からスピードをあげて走る車両はいないにしても危険な行為に変わりはない。

 大野は前方の道路際に男を確認したのか最徐行で走行し始め、飛び出してきた男にきちんと対応して急ブレーキを踏むことなく停車していた。


 男がにやけた様子で前方から近づいてきたが、後部ドアが叩かれたのか大野が驚いた様子で左後方を振り返りドアを開けると、すぐにスーツを着た初老の男性と着物姿の女が二人で乗り込んできた。その後の若い男の姿は映像には残っていなかった。素直に退散したのだろうか?俺は気になって巻き戻し、頭から映像を見直した。

 画角の関係からか女たちが乗り込んだ後、若い男の姿は何処にも映っていなかった。道路に飛び出してくる前、男の背後のビルのエントランスに、タクシーに乗り込んできた女が写り込んでいるのが確認できた。若い男は、この女と客の男を乗せるために大野のタクシーを止めた黒服なのかもしれない。

 客の男はすぐに女を抱き寄せ、女の首元から手を入れて女にキスをせまった。女は巧くかわしながらも本気で嫌がる素振りは見せていなかった。

「お客さん、どちらまで行きますか?」

 大野が迷惑そうな顔をしながらルームミラーに目線を向けて聞くが、二人は答えずに戯れ合ってざれあっていた。行き先を聞けずに発進できないでいると、後方から来た一般車がけたたましくクラクションを鳴らした。映像からは黒色のプリウスに見える。車両は小さいが狭い一方通行で避けて進むことができない場所だった。

「お客さん。すいませんが行き先を教えて頂けますか?」

 再び大野が尋ねるが客は返事をすることなく、相変わらず男が執拗に女にせまっていた。もう一度クラクションが大きく鳴らされたが大野は発進できず、大野の目がルームミラーとフェンダーミラーをせわしなく交互に見ている様子が写っている。ここで勝手に発進すると逆切れをする客も居ることから、動かなかった大野は適切な行動を取っていたともいえた。

 後方の車から二人の男が降りてくる様子が後部カメラの映像で確認できたが画質が荒く人相までは確認できなかった。

 すぐに運転席のドアが開けられてルームランプが点灯し、大野が引きずり出された。車内の客は驚いて顔を見合せ、男が運転席側の外を怯えながら見ている。続いて右側の後部ドアが開かれて客の女が腕を掴まれ車外に引きずり出された。女の悲鳴が聞こえる。血相を変えた男が何か喚きわめきながら座席を移動して外に飛び出していく。怒声が聞こえてくるが音声が悪く内容までは確認できない。

 暫くしてネクタイの乱れた客の男が怒りに満ちた表情で乗り込み自ら乱暴にドアを閉めた。続いて泣きそうな表情の大野が運転席に乗り込んだ。シャツの首元辺りが乱れていた。大野はすぐに車を発進させたが、女は乗っていない。客の男も女が乗っていないことに言及していなかったが、それどころではなかったのかもしれない。

「おい貴様!!この野郎!〇×〇▲!!!」

 興奮してシートから乗り出し大野の肩を激しく揺さぶりながら男が喚き散らすが後半は解読不可能だった。大野は必死で車を出しながら、

「申し訳ございません、申し訳ございません」

 と謝り続けている。

「車止めて会社に電話しろ!」

 大野の車は発進した後、区役所通りを右折して職安通りに向かおうとしていたことが大野の視線から分かった。だが区役所通りが渋滞していたため右折は入り込む余地がない。結局、大野は区役所通りを横断してそのまま直進し、職安通りに出たところで車を止めて電話をかけ当直の者と話し始めた。

「2班の大野です。お客さんと・・・・・・、後ろの車とトラブルになってしまって、いまお客さんが会社に電話をするようにおっしゃってまして」
「代われ!」

 男が大野から携帯電話を取り上げ捲しまくし立てる。

「お前のところの運転手は客に怪我をさせて平気なのか!どういう教育をしているんだ!訴えるぞ!この野郎!俺を誰だと思っているんだ!」

 映像はそこで終わっていた。客の男がその場で降車したのかすらも分からない中途半端な編集だった。

 俺は音量を最大にしてもう一度、大野が引きずり出される辺りから再生してみたが車外で何が起きていたのか音声からは確認できず、カメラの死角で起こったことを見る術はなかったが、客と大野の顔、乱れた服装を見れば暴力沙汰だったことは想像できた。

 


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