見出し画像

友と呼ばれた冬~第21話

第三章 パズルのピース

 部屋に戻り大野のノートパソコンの電源をもう一度入れてみたがやはり電源は入らなかった。
 大野のアパートのインターフォンは壊れていたのではなかった。故意に中のコードが切断されていて鳴らなかったのだ。大野に似つかわしくないその細工が気にかかっていた。インターフォンと同じように壊れて機能しないノートパソコン。

 俺はノートパソコンを裏返してみた。思った通り充電池が入っている箇所の蓋を止める5本のネジが全て無くなっていた。良く見なければ気がつかないほど小さいモノで、おそらく特殊なドライバーでなければ合わないネジだ。インターフォン同様、大野が故意に細工をしたに違いなかった。

 手元にあったレターオープナーの先端を蓋と本体の境目に押し込んだ。インターフォンのカバーを外した時よりも強い粘着質の抵抗があったが、更に押し込むと蓋が浮き上がり外れて床に落ちた。本来充電池が入っている場所に両面テープでUSBメモリーが貼り付けられていた。

 デスクトップにUSBメモリを差し込むと3つのフォルダが入っていて、それぞれにアルファベット一文字のフォルダ名が付けられていた。試しに”E”という名前のフォルダを開いてみると中に3つのファイルが入っていて、拡張子からそれらは動画ファイルであることが分かった。
 ファイル名は”e20140411”、”e20140718”のように規則性を持って付けられている。日付を意味するのであれば最初のファイルは2014年4月11日。eは何を意味するのだろうか。

 動画ファイル”e20140411”をダブルクリックするとモニターに既視感があるドラレコ映像が流れ始め、外部スピーカーからノイズのような雑音が聞こえてきた。写り込むドライバーの制服とネクタイが俺が乗務時に身につけている物と同じだとすぐに分かったが、見たことがない顔だった。
 後部座席のシートカバーやサイド・後部ウィンドウに貼ってあるステッカーから、車両も俺と同じタクシー会社のものであることが明らかだった。
 
 俺が自分のクレームトラブルの時に見た映像とはモニターに表示されている情報量が違っていた。前方、車内、後方の各カメラからの映像は同じ配置で表示されていたが、映像以外のタクシーの実車、空車などのメーター情報やウィンカー表示、速度などの情報は本来あった場所から削除され加工されていた。
 前方カメラ映像の左下に”2014/04/12 01:11:28” と表示されている。出庫日をファイル名としたのであれば、”e20140411”はやはり日付と見て間違えなさそうだ。

 外部カメラの景色からも歌舞伎町の区役所通りを走行していることが判別できたが、普段通りの渋滞でほぼ停車しているような状態だ。歌舞伎町でも指折りの高級クラブが入るビルの前で女が手を挙げ、スーツ姿の中年男と二人で乗り込んできた。

 区役所通りの渋滞を抜けるのに時間がかかったが、そのまま大ガードを抜けて新宿警察署前を左折しすぐに右折をして方南通りに入った。新宿中央公園を通り過ぎ、通り沿いにある西新宿のコンビニの前で女が男にお礼を言って降車したが敬語ではなかった。男はそのまま浜田山の自宅と思われる一戸建てまで乗車し帰宅していた。
 深夜に女性が男性と二人でタクシーで帰る時、家の前まで行かない理由は自宅の場所を知られたくないからだ。「遠回りになるから、ここで」と言うのは建前で、まだ付き合いの浅い相手、店の客に自宅を知られたくないというのが本音だ。
 見ず知らずのタクシードライバーを警戒して、カーナビに設定する住所の番地を変えて教えたり、家の1ブロック手前辺りで降車する女性も居る。
 この二人の車内の雰囲気は距離こそ近く見えたがそれほど親しいようには見えなかった。店の客と店の女が帰る方向が同じだったから同乗したようにも見えたが、そうした行動を取れるのもある程度の仲になってからだ。

 次の映像ファイル名は”e20140718”で、約3カ月後に同じ場所から同じ男女が乗り込む場面から始まっていた。週末なのか歌舞伎町の中は激しい渋滞だ。明らかに男女の仲になった二人は渋滞の中でこそ人目を憚ってはばかっていたが、初台から首都高速4号新宿線に入るとドライバーの存在など忘れたかのように濃密に絡みあい始めた。

 ドライバーは初老の男で先の映像とは違う男だったが、やはり俺の会社の乗務員であることは制服やネクタイから判別できた。後部座席の情事に苛立った表情を見せていたが努めて安全運転で走行をしていた。

 車はそのまま中央自動車道に入り国立府中インターチェンジで高速を下りたあと、一軒のラブホテルで二人を降ろしていた。ホテルまでの客の指示は明確で、何度も利用したことがあるように見える。
 3つ目の映像は2か月後、9月のものだった。同じ男女、同じ乗車場所。そして経路もまったく同じルートをたどりラブホテルへとしけ込んでいた。違っていたのはドライバーだけだが、同じ会社の者であることは明白だった。

 事故やクレームの映像ではないことは改めて見直すこともなく分かる。本来は車内カメラから抜き取られたり保管されてはならない映像記録だ。故意に収集されたとしか思えないこれらの映像は重大なプライバシーの侵害にあたる。

 探偵をしていた俺がプライバシーの侵害を語るのか?

 自嘲気味に口をついて出た言葉に、はっとした。

――これはまるで浮気の証拠映像ではないか

 俺は散々自分が撮影して来た浮気調査の現場を思い浮かべた。裁判証拠とまではいかないが、これだけはっきりと映像と音声が入っていれば浮気の証拠としては充分な映像だった。

 大野は何故こんな映像が入ったUSBメモリを持っているのだ?動悸が激しくなるのがわかったが好奇心が勝った俺は、「N」と名前のついたフォルダを開いてみた。中には3つの動画ファイルが入っていた。

「n20150629」を再生するとハンドルを握る大野の姿が写っていた。


第22話

第20話

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?