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友と呼ばれた冬~第23話 

 突然失踪した大野の顔をこうしてモニターで見ても感傷的になることはなかった。服装の乱れた大野と客に謝る姿、男たちの怒号が大野の失踪にますます不穏な影を落としただけだった。
 このクレームの決着がどうついたのか気になったが、梅島からはまだ連絡はなかった。梅島に電話を入れようかと考えたが時間を見て思い直した。梅島は乗務員ではない。もう寝ている時間だ。

 次のファイル ”n20150801”を再生すると、ドライバーは大野ではなかったが、その制服から俺の会社のドライバーだと分かった。 
 バッティングセンターの裏手にある道を走っていると、和風ホテルの前辺りで女が小走りで車の前に回り込み手を挙げて半ば強引に止めていた。  
 着物姿ではなく髪型も違っていたが、特徴的なアーモンド型の目と形の良い眉毛から同一人物であることが判る。男はスーツのジャケットを手に持ち、白いワイシャツ姿でネクタイは外していた。大野の乗務でトラブルに遭ったあの男に間違いはなかった。 

 男は「東口」とだけ告げると気だるそうに眼を閉じた。男の右肩にもたれかかった女が目を閉じたのか映像では確認できない。
 新宿駅東口に到着しドライバーから声をかけられるまで動かなかった二人は本当に眠っていたのかもしれない。男は降り際に無言で女に札を渡し、駅への雑踏に振り返ることなく吸い込まれていった。当然のように札を受け取った女の様子から、このやり取りが初めてではないことが見てとれた。 

 男の姿が見えなくなると女は西新宿の高層マンションの名前を言った。経路を聞き返すドライバーは歌舞伎町を走る資格はないとでも言うように、視線を外に向けて無言になった。
 女の横顔に歌舞伎町のネオンが陰影をつけ、俺は安っぽいドラマを見ている気分になった。女は西新宿に聳えそびえ立つタワーマンションの車寄せで降車し、隙を見せることなくフェードアウトしていった。

 次の映像は更に4ヶ月後の12月の終わり、クリスマスイブのものだった。映像は京王プラザホテルの車寄せから始まっていた。都庁側の本館3階ロビーに通じる出入り口だ。
 車内は無人で、ドライバーが外に出て客を待っている予約仕事のように見えた。停車位置も車寄せの前方で、客待ちで並ぶタクシーの邪魔にならない場所だった。
 ほどなくして後部座席のドアが開き、やはり同じ男女が乗り込んできた。乗車時刻は23時43分。
 クリスマスのディナーショー帰りにしては遅い時間だったが、モノクロ映像でもきらびやかに見える女の服が印象的だ。
 運転席にドライバーが乗り込んだところで俺は再生を止めた。ハンドルを握ったのは、俺の鳩尾に膝を叩き込んだあの男だった。

「あの野郎」 

 抑えようのない怒りが込み上げてきた。キッチンに行きグラスに酒を注いだ。俺が動くのを見たからか水槽の金魚が慌ただしく泳ぎ始めたのを見て、まだ餌をあげていないことを思い出した。 

 水槽の前に座り込み餌を入れるといつものようにすぐに食べ尽くした。 

 暫くの間、俺はそこに座り酒を飲みながら、透明な壁に囲まれ水の中でゆらゆらと泳ぐ金魚を見ていた。
 自由に泳いでいるように見えるが、その自由は限られた環境の中でのものだ。水槽の中で同じ水を循環させ、同じ景色を眺めている。その世界は狭く、予測可能で、退屈だ。
 タクシードライバーも同じだ。独りで街を流し、自由に運転しているように見えるが、同じ道路を何度も走り、同じ景色を見ている。

 俺たちは自由を求めて泳ぎ回り、走り回るが、結局は限られた環境の中での自由に過ぎない。金魚は水槽の中で、タクシードライバーは車の中で、それぞれ自分の小さな世界に閉じこもっている。
 金魚は鱗をきらめかせ、タクシードライバーはネオンを浴びながらハンドルを握る。孤独を抱え、過去の過ちや未来の不安に苦しみながら。
 それでも、俺たちは生きている。街の闇の中で、俺たちは生きている。

 パソコンの前に戻り動画の続きを再生した。ドライバーは間違いなくあの男だった。

「西新宿の○○○ガーデンでよろしいでしょうか?」 

 男は不機嫌そうにどちらに聞くともなく確認していた。前の動画で女が帰った場所だ。

 男が不機嫌になるのも無理はない。京王プラザホテルからなら歩いてでも帰れる距離だ。
 予約仕事の指定時間の30分前にもなると、流しで客を乗せることに躊躇ちゅうちょする。万が一遠方の客を引いてしまうと予約時間に間に合わなくなってしまうからだ。 
 そのため休憩を兼ねて早めに待機し始める必要があった。もちろん休憩は消化できるが売り上げは上がらない。散々待った予約がワンメーターの近距離では、迎車料金を加算したところで到底割にはあわない。

 5分とかからずにマンションの車寄せに着くと女は男にしなだれかかり、なかなか降りようとしなかった。

「クリスマスなのよ。朝まで一緒に居て」
「無理だろ、女房に殺されちまう」

「奥さんと過ごしたいのね」
「今夜はたっぷり楽しんだだろ。帰ったらもう1時だ、あいつはもう寝ている」

「だったら朝帰っても同じじゃない!」
「無理を言うなよ。さぁもう行け」

「ねぇ、成田さん。お願い、もう少しだけ」

 女が男にせまるが、成田と呼ばれた男は顔を背けた。

「もうバカ!帰る!」

 女は自分でドアを開けて降りていった。

「くそっ、終電に間に合わないじゃないか。おい喜べ、埼玉だ。急いでくれ」

 男は埼玉県の大宮の住所を告げてカーナビに設定させた。

「ありがとうございます」

 思わぬロングに愛想よく返事をした男は中野長者橋から首都高速に入り新都心で降りて男の自宅まで送っていた。大宮駅西口の目の前に建つ高層マンションだった。

「また労せずしてヤサが割れた自宅が判明した

 俺は自分でも日々客を自宅まで送り届けていた。
 タクシーの業務としては当たり前のことで、それ以上でも以下でもなかったが、探偵の視点で映像を見ていた俺は思わずそう呟いていた。


第24話

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