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能登半島ほぼ一周!夏の能登、加賀、越中道の駅スタンプラリー旅②

粟津海岸から先は奥能登絶景海道という道路を使い、次なる目的地である道の駅狼煙へと向かって北上していった。
奥能登絶景海道は愛称で、その正体は国道249号の他、複数の県道から成り立っている。
今回走行したのは能登半島東端を海岸沿いに走る石川県道28号大谷狼煙飯田線という県道と、そこから先の国道249号だ。

石川県道28号は県道の中でも一般県道ではなく主要地方道と呼ばれる道路にあたり、前者とは異なり国から整備や維持にかかる費用の50%まで補助金が出される。
要するにワンランク上の県道というわけだ。

この県道の面白いところは、起終点のいずれにおいても国道249号と接続している点だろう。
国道249号が山中を通り能登半島を南北にショートカットしているのに対し、その起終点で分離して能登半島東端の海岸沿いに半周するような形で建設されているのだ。

今回はそんな奥能登絶景海道を走るところから始まる。



聖域の岬 自然環境保護センター

青の洞窟と呼ばれる場所は各地にあるが、その一つがこの奥能登にもある。
それがこの聖域の岬という愛称が付けられている珠洲岬だ。

聖域の岬自然環境保護センターとして一体が管理されており、海に迫り出した高台に売店施設や展望台などが設置されている。
展望台や青の洞窟を含む一部の施設は有料であり、見学には時間がかかる場所もあるため有料エリアには立ち入らなかった。

青の洞窟には入れなかったが、周囲の景色だけでも絶景と呼べるものだったので、休憩として立ち寄るだけでも楽しむことは出来るだろう。

こういう伝承好き
落ちたら死ぬと思う

「SUP」と呼ばれる水上アクティビティも体験出来るらしい。
これは、ボードの上に乗ってパドルという棒を使って移動する立ち乗りサーフボードのようなもので、浅学ながら私はここでその存在を初めて知った。

ランプの宿

青の洞窟も有名だが、ここにはもう一つ有名な場所がある。
それがこのランプの宿で、様々なテレビ番組で取り上げられたことがあるほどの有名な旅館だ。
プランによっては一人一泊10万円以上することもある高級旅館で、創業は天正年間の400年を超える長寿企業でもあるらしい。
新型コロナウイルス感染症が流行する前は予約が三ヶ月待ちという程盛況だったそうで、その人気の高さが伺える。

ロケーションは最高

ただし、ネットで口コミについて検索してみると、その評価はかなり両極端のようだ。
秘境とも言うべきロケーションや木造の伝統建築物という造り故に、色々と人を選ぶところがあるのだろう。

右手に見える展望台は有料エリアだ
ランプの宿だよ…めぐちゃん…

道の駅狼煙

次なる道の駅は、青の洞窟から近い場所にある道の駅狼煙のろしだ。
ここは能登半島の先端、奥能登の最奥部にあたる端の部分であり、もっとも遠い場所ということになる。
ここまで来たら、後は引き返すだけ。
要するに折り返し地点と言ってよいだろう。

位置関係

道の駅自体は売店に加え飲食店もある、そこそこの規模のものだった。
気になったのは禄剛埼灯台だ。
同灯台へ向かうための観光客向けの駐車場も兼ねているようで、ここからは灯台までは徒歩となる。

しかし、灯台というものはその性質上高所に設置されている事が多く、禄剛埼灯台も海にせり出した崖の上に立地している。
この日は当初日帰りを想定していたこともあり、時間がかかる事を忌避して結局灯台は見ることが出来なかった。
次に奥能登を訪れた際は、是非ともリベンジしたい場所の一つだ。

灯台も擬人化されているらしい
お手洗いも和風でオシャレ

奥能登絶景海道

冒頭でも述べた通り、奥能登東部を海沿いに走る観光道路が奥能登絶景海道だ。
絶景という言葉を冠するだけのことはあり、非常に景色が良い。

夕陽のビュースポットであることをウリにしているようだ
絶景ポイントには、こまめに駐車場が整備されている点も嬉しい

大崎島(大崎神社)

珠洲市狼煙町から輪島方面へ向かって走行していると、小さな離島が目に入った。
気になったので車を停めて見に行くと、本土から離島までの間に小さな鳥居のような構造物を発見したのだ。

海上にある柱は、明らかに人工構造物だ

手前に見える岩に掛けられた白い縄の存在などから、島が神社の敷地等だろうという推測までは出来た。
しかし、それ以上の事を調べようにも周囲に手がかりになりそうなものは何一つなかった。
というよりも、下の写真を見てもらうと分かるのだが、そもそもこの近辺には何もなかったのだ

本当に何もない

その場でこの島の正体についてネットで調べたが、軽く検索をかける程度では分からなかった。
この時点ではじっくりと検索しているような時間は無かったので、本件については後日帰宅してから調べることにし、先を急ぐことにした。

そして時は流れて約半年(令和5年12月現在)、この記事を書くにあたってあらためて調べたところ、ようやくこの島の正体が判明した
この島の名は大崎島ということ、そして同島内には大崎神社という神社が存在していたことが分かったのだ。

島の存在は石川県の観光サイトにも掲載されており、少し調べたら分かる範囲のものではあった。
しかし、このページを読んでも神社に関する情報は一切掲載されておらず、もっぱら野生生物や植物の事が記載されているのみだった。

そこで複数のウェブサイトで検索したところ、島内に大崎神社と呼ばれる神社が存在することと、かつては島との間に架橋されていた事も知った
海上にあった人工物は鳥居にしては形状が一致しないと思っていたが、あれは残された橋脚だったというわけだ。

道路好きとしてピンとこなかったのは不覚というよりほかないが、まさかあんな小島に橋が架けられていたとは思いもせず、橋梁の残骸だという発想が抜け落ちていた
なお、潮が引いている時なら徒歩で渡れるそうだ。

往時の橋を見てみたいが、さすがにネットで調べたら程度ではありし日の橋を写した写真を見つけ出す事は叶わなかった。
小規模な橋だろうし、橋脚を見た感じでも一般的な桁橋だったのは間違いないだろう。

なお、国土地理院の地図上においては現在も架橋されていることになっていた
神社が健在なのは事実であるが、小さな祠と鳥居があるだけの小規模なものであるようだ。

国土地理院地図をスクリーンショットし、筆者が一部をトリミングしたもの

もう一つ、調べているうちに分かったことがある。
それは、この大崎神社は近隣にある春日神社という神社に合祀されていることだった。

実はこの春日神社は訪れた時から気になっていて、この大崎島に関係があるのではないかと目をつけていた神社だったのだ。
その時は、もしかしたら春日神社の御神体がこの島(大崎島)ではないかという推測をしていた。
しかし、肝心の春日神社をネットで検索しても珠洲市中心部(飯田町)にある別の春日神社が出てきてしまい、これも含めて帰宅後に調べることにしていたのだ。

大崎島と春日神社は近接した場所にある

リンク先の石川県神社庁のウェブサイトによれば、大崎神社は大正4年4月20日に複数の神社と共に春日神社に合祀されたとある。
大正4年と言えば100年以上前であり、その時点で既に管理等の事情で合祀されたのではないだろうか。
ネットで調べられる程度の情報ではこれが限界だが、半島という環境と日本海に面するという厳しい気候条件から、早い段階で過疎が進んでいた可能性は否定できないように思える。

道中で目に入る景色から、ちょっとした謎解きのようなことを楽しむのも旅の醍醐味だ。


道の駅すず塩田村

能登半島の名産品の一つといえば塩なのだが、これらの塩は現代的製法ではなく、昔からの方法を用いて塩田により製塩している。
そんな塩田に関する資料館や体験施設を兼ね備えているのが、この道の駅すず塩田村だ。

施設は道路を挟んで海岸側に立地しており、施設側にある駐車場は駐車台数が少ないため第二駐車場が道路を挟んで反対側に整備されていた。

第二駐車場
気いつけさしけというのは能登地方の方言なのだろう

連続テレビ小説というから、NHKの朝ドラなのだろう。
私はその手のドラマは一切見ないので全く知らなかった。

時間の関係で資料館の見学はしていない
塩づくり体験は小学生の自由研究などにいいかもしれない
塩田は施設と隣接している

八世乃洞門

引き続き奥能登絶景海道を西進していたところ、工事のために片側交互通行となっている箇所で停められてしまった。

ロックシェッド発見!

片側交互通行になっているのはトンネルのようで、ふとぼんやりと海側に目をやると、明らかに旧道と思しきロックシェッドが視界に入ってきたのだ。旧道までの道も小綺麗に整備されており、これは一目見ずにはいられないと思いトンネル手前の駐車場に車を停めることにしたのだった。

駐車場

なお、この駐車場は真浦ポケットパークという簡易な休憩施設だった。
ポケットパークそのものについて調べたところ、バイパス道路を建設した際に生じる旧道部分を一部利用して設置されるものだという。

今回で言えば国道249号八世乃はせの洞門に対するバイパス道路である八世乃洞門新トンネルの開通により、旧道と化した八世乃洞門の前後の旧道部分がポケットパークとして整備されたというわけだ。

旧道との位置関係。ポケットパークは前後に設けられている。

歩いていると、八世乃洞門付近の道路の変遷のほか、観光名所となる場所についても紹介している案内板を発見した。
役目を終えて塞がれてしまった旧道というのは、深い藪などに覆われて状態に置かれていることが多い。

しかし、この八世乃洞門についてはそうではなかった。
二代目のルートにあたる八世乃洞門も含めて、海岸沿いを歩く明治以前のルートから今に至るまでの三世代のルートについて解説されていたのだ。

その後、帰宅してから同トンネルについて今一度調べてみると、石川県が作成している広報誌の「広報いしかわ」に次のような記載があることを発見した。

新トンネルの完成は、能登半島地震からの復旧工事の総仕上げとも言えます。
「持続可能な能登の再生と創造」のシンボルとして、人・ものの交流促進に貢献するものと期待されます。

広報いしかわNo.1575(平成21年11月4日)より

この記述から、新トンネルの完成がいかに石川県(特に奥能登地域)にとって意義が大きいものであったかが窺える。

駐車場から少し歩くと洞門の入り口が見えてくる。
この手のトンネルは落石や落雪防止のために出入口の前後にロックシェッド(スノーシェッド)が設置されていることが多い。

農業用モノレールと思しきものが洞門の手前に設置されていた。
これは山の斜面にある果樹園などに多く設置されている設備で、静岡などではみかん畑などに見られるものだ。

しかし、地図を確認しても周囲には果樹園はなく、広葉樹林か針葉樹林しか見当たらなかった。
もしかしたら林業もしくは山林を管理するための用途で用いられているものなのかもしれない。

国土地理院地図をスクショしたものを筆者が加工した

ラブライバーとしては、これを観るたびにラブライブ!サンシャイン!!の第2期第3話で、主人公らがみかん畑に設置された農業用モノレールに搭乗して爆走した話を思い出してしまう。
ちょっと何言ってるかわからない人は、ぜひこの機会にラブライブ!サンシャイン!!を観て欲しい。

さて、これが八世乃洞門だ。
右に見える小路は海岸沿いを行く徒歩道で、明治以前の道へ続いていく。

ロックシェッド内にトンネルの坑門があるのだが、コンクリートブロックと金網で厳重に封鎖されていた。
トンネルの坑門のコンクリートよりも手前のロックシェッドのコンクリートの方が綺麗なので、おそらくロックシェッドは後付で設置されたのだろう。

この手のトンネルには多いのだが、坑門上部に設置されていたであろう扁額がロックシェッドにより覆い隠されてしまっており、その存在を確認することができないのが残念だ。

洞門脇から先は明治以前の道が波の花道遊歩道として整備されている。
時間の関係で通行はしなかったが、天険と呼ばれた親不知に因み「能登の親不知」と呼ばれた難所であったというから、景色の良さはなかなかのものだろう。
再訪した折には歩いてみたいものだ。

垂水の滝

波の花道遊歩道を少し進むと、名所である垂水の滝が見えてくる。
この滝は山から直接海に注ぐという珍しい滝で、冬場は強風で水が舞い上がり滝壺に水が落ちてこないこともあるという。


道の駅を巡る過程で興味深い場所が多く、今回はたった二ヶ所までしか書き進められなかった。
それだけ充実していた旅だったのだと思い返しながら、続きは次の記事へ書くとしよう。

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