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病院で叫びはじめた人のはなし

私の人生の中で、なかなか印象に残っている出来事です。
ふと思い出したので書いてみようと思います。

これは何年か前、私が総合病院の人間ドックを行う部署で働いていたときのことです。

その日はポジションの持ち回りのために、バックヤードで健診結果の作成をしていました。
バックヤードといっても、人間ドックをやっている空間とは区切られているだけで、扉を閉めたりはしていない場所です。
そのため、人間ドックの受付辺りの声は、なんとなく聞こえるような場所で作業をしていました。

午前10時くらいだったか、人間ドック受信者さんはみんな受付を終え、広い空間で順番に検査を受けている時間帯でした。
最初の受付は済んでいるし、お会計はまだという、比較的受付周り静かな時間に、急に女の人の叫び声が聞こえてきたんですよね。

70代くらいの女性が、何やら大きな声で話していました。
検査着を着ていないので、人間ドックの受診者さんではないことが見てわかります。
その女の人が、私の同僚に何やら話しかけているのですが、だんだんヒートアップして、しまいには叫んでいるかのようでした。

バックヤードで作業をしていた私は、ヒートアップしてきてようやく異常な感じに気がつきました。
何を話しているかわからなかったのですが、急に聞こえてきたのは、

「私の旦那はこの病院に殺されたんだ!」

こんな内容の話でした。

他に人間ドックを受けている、お客さんともいえる人たちが近くにいますので、こんな不穏な話は聞かせたくないものです。
対応していた同僚はなんとか落ち着かせようと声をかけるのですが、反対にどんどんヒートアップしていって、声がとまりません。

他の受診者さんたちも異常に気付き、叫ぶ女性の方を気にしはじめていました。

困った私たちは、勤務歴が長いパートさんにすすめられて、病院内にある、相談室のような部署に電話をかけました。
そして少しすると、その相談室の人がゆったりと歩いてきてくれました。

来てくれたのは、大柄の男性と、定年間近かなという年齢の、小柄な女性だったと思います。
叫んでいる女性に声をかけ、穏やかにどこかへと案内してくれました。

辺な空気は残っているものの、それまで響いていた叫び声はなくなり、時間が経つにつれ、いつも通りの人間ドックを受ける空間が戻っていったのです。

その後相談室の小柄な女性が報告にきてくれて、やっと話の詳細がわかりました。
どうやら叫んでいた女性は、数ヶ月前にそこで人間ドックを受けたようです。
結果は異常なしだったようで、それなのに数ヶ月後に亡くなってしまったんだとか。
原因は膵臓がんだったらしいから、人間ドックで見つからないのは仕方ないと。
進行が早いため、見つかったらそれこそ数ヶ月で亡くなってしまうのは普通のことなんだとか。

相談室の人曰く、その女性は、大事な旦那さんが急に亡くなって、そのことを誰かに聞いてみたかったみたいよと穏やかに言っていました。
こんなことが起きるまで、病院内に相談室があることすら知らなかったのですが、その働きはとってもありがたいものでした。

最近私は調剤薬局の事務員をしており、大きめな店舗にいるため、患者さんの話を聞くことがほとんどありません。
患者さんと世間話をするのが仕事の中で1番楽しかったため、残念でなりません。
患者さんの話を聞く専門の仕事ってあるのかなと考えていたところ、この一連の出来事を思い出したのです。

患者さんの話を聞く専門のお仕事は、病院の他の仕事に比べると、とてもゆったりとした部署で羨ましいなと思う部分もありました。
でも反対に、場合によってはめちゃくちゃヘビーな内容を聞かなくてはいけなかったり、嫌な感じに個性的な患者さんにも対応する必要がある部署だったので、なかなか簡単にできる仕事ではなさそうです。

さらにこの話には続きがあります。
叫んでいた女性は、後日私たちの所に再度やってきました。
何を言い出すのだろうかと身構えていたら、先日はごめんなさいと。
仕事の邪魔をしてごめんなさいと言いにきてくれたのです。

冷静さを取り戻してくれてよかったと思ったものの、誤った女性は近くにあった、人間ドック受診者さん用のお菓子に目を止め「このお菓子、もらってもいいのかしら?」と。

普通に考えて、謝りに来て、お菓子ちょーだいなんて変じゃない??
そう職場のみんなは頭に疑問符が浮かびました。
どういう思考でそれぞれの行動を起こしたのかよくわかりませんでした。
もしかしたら、その女性は少しボケのようなものがはじまっていたのかもしれません。
感情の赴くままに行動をしている感じから、その可能性は感じます。

何にせよ、健康を確認する人間ドックの場で「この人たちに殺されたのよー!」なんて、なかなかひどい言いようです。
あまりにショッキングなワードだったので、さすがに忘れることは出来ない事件でした。
病院にはいろいろな人がいますので、面白い話はいくつかあります。
また思い出したら記録するかもしれません。

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