名ばかりの研修会

"あー、アイス食べたい〜"

喉の奥でアルコールが逆流しかけるのを何とか水で抑え込んだ後、何だか急に甘いものが食べたくなった。3月28日と29日の狭間で肌寒さを感じたのか、目の前でアルバイトの葵衣は毛布を羽織った。

'今日から一泊二日で研修会だ!'
'よっしゃー飲み明かすぞー!'

そんな名ばかりの研修会はたったの開始30分くらいで終わり、その後はバーベキューやらジャグジーやら、一気飲みやら。どんちゃん騒ぎ、祭り状態だった。毎年2回ある恒例行事に6回目の参加となる私は、その風景を横目に一人日本酒を飲んでいた。食べ物でなく、雰囲気で酒が飲めるとは、私も歳を重ねたものだ。

水鉄砲の戦いに負けたアルバイトが1人2人と部屋の中に戻ってきては、私の手元を見て"え、日本酒ですか?"と驚く。確かにそうだろう。まだ時刻はお昼12時前。しっぽり飲むには早すぎた。だがもう遊ぶエネルギーは尽きたのである。

横に座ったアルバイトたちは可愛らしく甘いお酒ともジュースとも分からないドリンクを作り出し、楽しそうにはしゃいでいる。どうやら今回も名ばかりの'研修会'はうまく行っているようだ。それにしてもウチのアルバイトたちはコミュニケーション能力が高い。柔軟性もあるし、溶け込む力も強い。親バカ気分で、まだ外で遊び続ける姿を見つめる。

"いや、もうダメですよ"

水鉄砲で遊び続ける先輩アルバイトの誘いも断り、ひたすらOBに肉を焼かせて食べるだけのギャルはもう一人の社員と恋バナ状態だった。

早くも脱落者たちはそれぞれのテリトリーで死ぬように寝始めていた。水鉄砲で濡らされた仕返しに蛇口にホースを繋いで、大量放水。濡れた体を温めるために外に設置されたジャグジーに飛び込む若者たち。一度入ったら外気が寒すぎて出てこられない。そんな蟻地獄のようなところに密集していた。

"呼んでますよー、誰ですかー"
"おいおいズブズブだなー"
"いやいや昼から日本酒ていってんなー"
"おいおいそっちはワインだろーが"

蟻地獄からはみ出されたずぶ濡れの蟻たちが一匹、いや、一人二人と帰ってくる。持参のバスタオルで体を拭いては、ソファーに倒れ込む。そしてそのまま、永眠。

"今年度もお疲れ"

上半身裸で寝転ぶ体に膝掛け用の毛布をかけて、また先に戻る。そろそろ外にいるみんなも遊び疲れてお腹が空いたらしく、部屋に戻ってきてはキッチンに立ち始めた。私は日本酒からジンに飲み物を変えた。

そのあともずっとギャルの恋愛話は解決されないまま、次第に社員の恋愛事情に話は変わっていった。私の周りで起きている人数は一人二人と減っていき、片手ほどになった時、私はバーベキュー会場で一人携帯と睨めっこするOBの隣に座った。

"眉間に皺、残るよー"
"えー、いやですー"

OBというから、男ではあるが、私よりも女子力の高い彼は皺になりかけていた眉間を少し撫でながら、それでも視線は携帯の画面に注がれていた。

"今のバイト先、4月で終わりなんです"
"卒業して次のバイト?"
"いやー、閉店なんですよ"
"あら"

世間で感染力の強いウイルスが出回るたびに、飲食店は苦しみ続けている。私たちの職場もそうだが、彼のいま働くお店も同じ。特にお酒が出ないとなると痛手だろう。私たちの職場は個人事業で1店舗だから被害も最小限だが、彼のバイト先は3店舗を同じエリアに持つ。なかなか共倒れというのは辛いものだ。働いてすぐにバイトリーダーとしての力を認められた彼は、お店に思い入れがあるからだろう、どうにかできないかを相談しているらしい。

"同じ歳でも考えることは違うか"
"なんかいいました?"
"いや、すごいなぁって褒めたんだよ"
"えー、凄くないですよ、何ともできないし"
"諦めますか。"
"どうしますか?こういう時"
"わたしだったら?"
"そうです"

んー。と首を傾げながら視界を斜め45度に傾ける。少し目の前の世界が歪む。やばい、飲みすぎた。だけど誰かから頼られると不思議とこんな時でも頭が冴えるものだ。私ならどうするか。私はその店を続けたいと思うだろうか?続けるためにどうやって足掻くだろう?

陽が落ち暗くなり始めたので、私たちはBBQ会場に散らかった食器を片付けて洗いながら立ち話をすることにした。彼の店がどうしてそんな状態になっているか?どんなことが本当の悩みなのか?話の中で本音を探す。どうやら彼は店が終わることをどうにかしたいのではなく、店が閉まることが決まってからのチームとしての統一のない空気感に耐えられないのだ。

どうせ締めるのだからと手を抜くバイト。
この1ヶ月で結果を出せば継続させられるのではないか!とチャレンジする彼。
その温度差はまさしく水鉄砲とジャグジーだ。ちょうど良い温度だった少し前の雰囲気に戻ることは難しい。新しく心地よい温度を作り出さなくては。

洗い終わるとすっかり夜。だが良い大人たちはみんな眠りに落ち、起きている最年長は私になった。飲みすぎて体が熱い。頭を使ったからなおさらだ。

"お酒、もうないんですけどー"

恋愛話相手がいなくなって酒を飲んでいたギャルが冷蔵庫を開けて叫ぶ。えー、ありえないんですけどー。おやつもないんですけどー。まだ高校一年生のギャルが酒を飲むんじゃないよ。と心の中で突っ込みながらも、酒が無くなった緊急事態を感じたのは同じだ。

"あー、アイス食べたい〜"

ちょっと眠気もあったからか、同じテンションで声を発する。ギャルが私の両肩に手を置き後ろに立つ。

"ですよねー、ポテチも欲しいですよねー"
"いや、アイス食べてぇー"
"ですですー、酒も足りてませんしねー"
"ピノ食いてぇー"
"ねー、ほんと、ねーーー"

話をあえてずらしてることに気づいていても食らいついてくる免疫力。さすが18歳。10も離れると耐える力も変わるらしい。素直に羨ましい、尊敬に値する。そんなことを思っていると、椅子に座って寝ていた何人かが目を覚ましコンビニ行くなら連れてってくださいと言わんばかりの目で私を見てくる。そうか、引率するならいまの責任者私か。

"行くか、アイス買いに"
"酒もな!"
"おっけ、支度しろー。"
"やったぁーーーー!"

こうして夜の散歩が始まった。
ここに来るまでに見たコンビニを目指すイメージで何分かかるかだけ調べてもらう。ギャルが慣れた手つきで調べて"15分"とピースサイン。そんなに近かったか。こりゃさっさといって帰ってきて、また飲み直すとしよう。いや、アイスだ、アイス。危うく目的を忘れて向かうところだった。

玄関を出てきた道を思い出し、私は右に一歩足を踏み出す。結局引率人数6人、男3女3という合コンみたいな割合で夜の散歩に出かけた。

image time 2022.03.28
image human @ryuki.i
image space とある山荘

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