不便なコンビニ

3月の山道、夜の散歩。
いかにも不審者にあって攫われてしまいそうなキーワードだが、酔っ払いのわたしたち以外に誰も外を歩いている人はいなかった。
夜の山道ということで、普段のストレスを発散するように速度制限フル無視で飛ばしてくる車と何台かすれ違うたびに

“わぁお、はやぁあああい!“

と酔っ払いの声がする。
どうやら夜の散歩もお酒の力を使うと楽しくなるようだ。

山荘から歩き始めて10分。
15分ほどで着くと言っていたコンビニはまだ見えてこない。
行きに見たコンビニは、とてもじゃないけどあと5分で着く距離感にあったように思えなかった私は携帯で調べようと思いポケットから取り出す。

『圏外』
なるほど、さすがは山道。
山荘ではWi-Fi環境が整っていたから何とかなったものの、一歩外に出れば別世界。
普段の見えない電波が飛び交っている世界とは違うのだ。
私は諦めて携帯をポケットに入れる。と同時に誰かが私の肩を叩いた。

“もしや、暇ですね?暇で携帯触ったら圏外だったでしょー“

人差し指を鼻先につかんとばかり近づけてきたのは、私の後のリーダーを継ぐ葉月だった。ハイボールが大好きで、飲みの雰囲気が大好きな彼女。初めての研修会でやらかしてから猫の皮をかぶるのも面倒になったのか、表裏ない性格でみんなと話すことができるようになったため、リーダー候補として選抜された。
お酒が入っていない彼女は「そんなリーダーなんて…私できないです」と謙虚な姿勢を見せていたが、先ほども乾杯の音頭を自らとり

“次のリーダー務めさせて貰いまぁす!どうぞよろしくぅう!“

と貫禄のあるリーダー節を語っていた。
お酒が入ると人の本性が良くも悪くも出てくるらしい。
それはそれで、本人も周りも幸せならいい。彼女のお酒との付き合い方は、私は好きだ。

“し・り・と・り・しましょう!ユメも参加ねぇええ!“
“えぇえええ、しりとりとか子供染みてますよ!“
“うるさいなぁ、リーダーの言うことは絶対だからぁああ!“

少し後ろを歩いていたギャルのユメも捕まった。男3人は別の会話で何やら盛り上がっているようで、葉月はそれ以上はリーダー命令を下さないかった。ただのしりとりをしても面白くないので、という前置きを伝えた後彼女は「えっへん」と言わんばかりに偉そうに

“キュンキュンしりとり!をしたいと思います〜、はい拍手!“

いつの間にか先頭を歩く葉月の背中を見ながら、私はユメと2人で一時停止をした。お互いの本能が、この人についていくのは極めて危険だという意見で一致したのであろう。先に進んでいく葉月は後ろを振り返ることもなく、キュンキュンしりとりの説明をし始めていた。

“私、この先不安です…“
“え?何、コンビニがあるか?いや確かにあるよ、けど15分ではないよね“
“いやいや違いますよ、この後の職場の話です!“
“え、あぁ、何そっちか。いや大丈夫でしょ葉月ならなんだかんだで“
“コンビニ!逆方向でしたよ“
“え?…えぇえええ!?“
“山荘出た時に思ったんですよ、左に行くの?って“
“いやいやなんで先に言わないの!?“
“だって先輩達みんな迷わず左に進んでいったし…“

おいおいおいおい、何も考えていないと思っていたユメが実は一番考えていたとは。やはり人は見た目で判断してはいけないのだ。ギャルギャル思っててごめんね。と心の中で謝りながらも、ではコンビニにはいつ辿り着くのか?

“ちょっと、しりとり!!参加してくださいよぉ〜“

葉月がこちらに駆け寄ってくる。私とユメも歩みを始めた時、少しだけ月の光が差し込んだ。ふと携帯に目を落とす。電波が2本たった。私は地図アプリを開き近くのコンビニエンスストアを探す。確かファミリーマートだったはずだ。同じことを考えていたのかユメも慣れた手つきで携帯でマップを開いて調べ出した。葉月は何のことか若らに様子でひたすら「しりとり」「キュンキュン」と繰り返していた。すでに山荘から歩き始めて40分が経とうとしていた。

“ここから15分“
“ですね“

まるでスタート地点に戻ったみたいだ。
こんなにも歩いてきたのに葉月も男3人組もまるで気にしていない。それが唯一の救いかもしれないが。ここまできたんだし、戻るより進んだ方が早い。アイスを食べたくてコンビニに向かったのに、そんな気持ちよりもとりあえずコンビニにつきたいという思いの方が強かった。あんなに飲んだお酒達に含まれていたアルコールは汗となって流れていき、どんどん目が冴えてきた。

コンビニエンスストア。
英語でconvenienceは「便利な」という意味で、コンビニエンスストアとは直訳すると「便利なお店」ということ。大阪では徒歩にして5分間隔でコンビニがあると言っても過言ではない。それくらい近くにあり、何か買いたいなと思った時にでも行ける距離感。それが「コンビニ」なのだ。なんて『不便なコンビニ』なのだろう。いや、むしろ不便な時点でコンビニではないか。

“あなたとコンビにファミリーマート!はい、ユメ『と』からだよ!“

葉月のキュンキュンしりとりは始まっていた。
ユメは乱暴に携帯をポケットに入れると葉月の手をひっぱり叫んだ。

“『と』っとと行くぞ、ついて来い!!!“

さすが高校一年生。まだまだ体力はあるということか。
葉月からのしりとりのバトンパスも見事に返しながら、最後の坂道を駆け上がっていく。走る姿に面白さを感じたのか、後ろの男3人組も

“あ、あれコンビニ見えた感じ?“
“お、いいねいいね、今日食べすぎたし最後坂道ダッシュと行きますか!“
“じゃぁビリがみんなの分奢りで、ね!聖さん!“

肩に手を置かれたかと思ったら、次の瞬間には全員の背中しか見えなくなった。私よりも10も年下の若者達に置いていかれる。根っからの負けず嫌い精神の私が、謎の戦いに参戦しない理由はない。

“『い』くらでも奢ってやるよぉ!“

その後血みどろの戦いになって、結局大人しく個別会計をしたのはここだけのお話。

片道1時間、往復2時間のコンビニ旅は、とてつもない疲労感と共に、新たなチームの結束力を作り上げるものになった。あまり話したこともない、苦手なタイプだと思っていた相手との距離感もコンビニに近付くにつれて無くなっていった。

人はどうしたって視覚から入る情報に惑わされる。それは自分自身の今までの環境を維持しようとする安全的本能ではあるが、それが邪魔して「偽物」を「本物」として受け止めてしまっている時もある。

何の情報も入らないアナログ的な繋がりの中で「目」と「目」で、「心」と「心」で会話をする時に相手の本当の姿が見えてきっと“キュンキュン“する言葉を伝えられるようになるのだろう。

Image time 03.28
Image human @yume_k
Image space ファミリーマート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?