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昇りつめ、落ちていくーアウェイな青春|映画『アウェイデイズ』

みなさん、こんにちは。はじめまして。ヨコハマ・フットボール映画祭note公式マガジン第4回を担当します、スタッフの細川です。サッカーとは無縁の人生を送ってきましたが、縁あって2021年から参加しています。映画館をこよなく愛する映画ファンです。映画を通してサッカーの魅力を発見、発信していきたいと思っています。よろしくお願いします。

今回は、4/17(土)よりで横浜シネマ・ジャック&ベティで上映が始まる2009年製作のイギリス映画『アウェイデイズ』をご紹介します。

舞台は1979年、イングランド北西部に位置するマージーサイド州のバーケンヘッド。マージー川を挟んだ対岸には州の中心都市であるリヴァプールがあります。前年から続いた公共団体の労働組合による大規模なストライキによりイギリス社会が麻痺し「不満の冬」と呼ばれる時期を経て、総選挙でマーガレット・サッチャー率いる保守党が勝利した年です。

イギリス生まれのフットボールカルチャー

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当時のイングランドでは、スタジアムには「カジュアルズ」と呼ばれるならず者たちが出没していたそうです。日本では2002年の日韓ワールドカップの際に「フーリガン」というワードが一気に認知され、私でも知っていましたが、「カジュアルズ」の存在は本作で初めて知りました。
公式サイトによるとーー

カジュアルズ(=Casuals)とは?
一般的にイングランドでは毎週末にサッカースタジアムに通う労働者階級のファッションを“Football Casual”と呼ぶ。フーリガンの別称として“カジュアルズ=Casuals”という言葉を使う向きがあるが、Football Casualという言葉自体は80年代に入ってから雑誌がカテゴライズして広まった言葉であり、70年代の終わりに、何千というリヴァプールのサポーターたちがチームに帯同してヨーロッパをまわりアディダスのスニーカーを手に入れ、それを履いてロンドンのチームとの試合に行く、それを見たロンドン子たちが衝撃を受け真似ていったという大きな流れがある。リヴァプールでは自分たちを“スカリーズ=Scallys”と呼び、カジュアルズはロンドンでの呼称として広まった。まずフットボールありきで、スタジアムに入り易くするためにスポーツブランドに身を隠す様になったと言われている。
(『アウェイデイズ』公式サイトより引用)

ということで、劇中には「カジュアルズ」というワードこそ出てきませんが、その黎明期が描かれています。彼らはアディダスのスニーカー、フレッドペリー、ピーターストームなどのアウトドア、スポーツブランドで身を固めているのですが、着こなしがどこかパリッとしていて爽やかな印象です。スタジアムや路上でケンカするような若者たちなのに、着崩したりはしないんですね。紳士の国だからなのでしょうか。

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中産階級と労働者階級の邂逅

主人公のカーティは19歳で、中産階級、いわゆる「プチブル」の家庭で育ちました。アートスクールをドロップアウトしたようで、伯父さんの伝手で下級公務員として働いています。1年前に母親を亡くしたものの、立派な実家で父親と妹と一緒に暮らし、兄妹仲も良く、仕事も得て不自由などないはずなのに、どこか満たされない。収入をライブやレコード、フットボール観戦につぎ込んでも、その空虚を埋めることができずにいました。そして、スタジアムで暴れるギャングの【パック】を目撃したことで、憧れを抱くようになります。

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その時、パックの一員としてその場にいたのがエルヴィスでした。労働者階級である彼は公営住宅に住み、死を思いながら音楽を聴き、ドラッグに溺れる生活を送っていました。

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ある日、エルヴィスは顔パスでライブハウスに入っていくカーティを見かけ、声をかけます。エルヴィスにとっては、好きな音楽やアートについて語り合える友との初めての出会いでした。一方、カーティは彼と友だちになることで、パックのファミリーになれると思っていましたが、「お前みたいな善人は近づくな」と警告されてしまいます。
労働者階級の集まりであるパックとカーティは住む世界が違うのです。そして、エルヴィスも……

アウェイに生きる若者たち

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エルヴィスは、パックの粗野さや狂暴さに嫌悪感を抱き、抜け出したいと願っていました。マッチョな思考の男たちの中で、自分を偽り続けるのも限界だったのでしょう。そこに現れたカーティは、エルヴィスにとっては「ここではないどこか」へ一緒に行ってくれるはずのソウルメイトだったけれど、カーティのパックへの心酔、傾倒を止めることはできませんでした。カーティもまた「ここではないどこか」求めていて、彼にとってはパックこそがその場所であるとその時は確信していたのです。やがて、ふたりの心は哀しくすれ違っていきます。

待ちこがれてた
どんなに待っただろう
ここを出る日
逃げ出す時を

劇中、何度もカーティのモノローグとして流れるフレーズです。タイトルの“Awaydays”は、「サポーターがホームチームを応援するためにアウェイゲームでも遠征する日々」という意味のイギリスのサッカー用語で、物語も遠征で始まり、遠征で終わります。そして、それぞれの境遇、生活自体が彼らにとってはアウェイであり、お互いの世界もまたアウェイであるという意味も含んでいるように思います。

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裏の主役はポストパンクの名曲群

原作者のケヴィン・サンプソンは書き始める前から映像化を意識し、自ら映画会社にも売り込んだそうで、脚本も手掛けています。時代の空気感やファッション、独特の世界観が視覚的に伝わるのはもちろん、それらを音楽と共に堪能できるのも映画ならではの醍醐味です。JOY DIVISIONTHE CUREECHO & THE BUNNYMENなどのポストパンク、ニューウェーブの名曲が並ぶサウンド・トラックも魅力的です。
サンプソンが強力プッシュしたというULTRAVOXは、オープニングとエンディングで使用されています。カーティが走り続ける姿をカメラが追いかけるオープニングでは、“YOUNG SAVAGE”(ULTRAVOX!名義)が流れ、その疾走感は新しい世界の始まりを予感させます。一方、エンディングではカーティはカメラに向かってひたすら歩き続けます。青春の終わりを迎えた後に向かうのは、こちら側、つまり現実なのでしょうか。彼の心に寄り添うように、“JUST FOR A MOMENT” が流れます。
また、ふたりが出会うECHO & THE BUNNYMENのライブシーンでは、バーケンヘッド出身のMiles Kane率いるTHE RASCALS“ALL THAT JAZZ”をカヴァーしています。

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楽曲は使用されていないですが、カーティの部屋にはLou Reedのポスターが貼ってあったり、David Bowieのレコードを買いに行ったりします。そして、エルヴィスが「ここではないどこか」として具体的にベルリンを挙げたりと、音楽ファンにはたまらないポイントも満載です。

1979-80シーズンのフットボールリーグ

ちなみに、79-80年のシーズンでは、パックがサポートする地元のトレンメア・ローヴァーズは4部で15位でした。
最後の遠征先は、相手は臙脂と橙のボーダーのマフラーをしているので、ブラッドフォード・シティとの試合だったようです。カーティは相手クラブのサポーターを「ウールズ」と呼んで挑発します。帰りの電車で大合唱する彼らをけなす歌でも字幕は「ウールズ」になっていましたが、実際は“woollyback”と歌っています。リヴァプールでは、外部から来る人のことを“woollyback”と呼ぶそうで、元々は近郊の町の羊毛工場で働いていた人々を指していたと考えられているそうです。ブラッドフォードは世界の羊毛買いつけの中心地なので、そう呼んで揶揄したのでしょう。浮かれ振りを見るに、この日の試合はトレンメア・ローヴァーズが勝ったようですが、このシーズンはブラッドフォード・シティは5位でした。

ホームスタジアムの試合のシーンでは、アウェイのサポーターは赤と白のボーダーのマフラーとニット帽を身に付けています。クラブカラーが赤と白のクラブは複数あるので特定できませんでしたが、8月でも寒くて上着が必要でユニフォームを着ても見えないからマフラーなのかな?ハリポタみたいでかわいい!と思って見ていたのですが、まだグッズが豊富に作られていなかったのかもしれません。

カーティはフットボールが好きですが、妹のモリーのデート相手はラグビー部です。どちらもイギリス発祥のスポーツですが、フットボールが労働者のスポーツだったのに対し、中産階級はラグビーやクリケットを好むというような階級による文化の違いも見えてきます。
この文化の違いがカーティとエルヴィスのふたりを引き寄せ、そしてすれ違わせてしまうというのがなんとも切ないです。

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閉塞感を象徴するような曇り空の下、何かを求めながらもそれが何かがわからないままに迷走する若者たちは、繊細がゆえに破滅的です。極端な彼らの姿は時に滑稽にも映ってしまいますが、形は違えど大なり小なり誰もが経験するものだと思います。
背景として時代や社会の状況が垣間見え、サッカーファンにはニヤリとすようなサッカーの文化や要素が散りばめられていますが、普遍的な青春映画としても心に残る作品です。

だからアウェイはやめられない!

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アウェイといえば、ヨコハマ・フットボール映画祭2020では、『ZG80 -だからアウェイはやめられない』を上映しました。『アウェイデイズ』とは対をなすような作品で、分裂前夜のユーゴスラビアを舞台に、アウェイ遠征でクロアチアからセルビアへ乗り込むサポーターたちの騒動を描いたコメディです。こちらは配信視聴の準備をしています。近々お届けする予定なので、あわせてお楽しみください!

(2021.04.27追記)
4/27オープンの【YFFFオンラインシアター】に『ZG80 -だからアウェイはやめられない』もラインナップされています!
YFFFの過去上映作品10作品をオンラインで視聴できるので、ぜひチェックしてみてくださいね。

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