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九州医療センター「食改善プロジェクト」


はじめまして。九州医療センター栄養管理室です。本ブログでは、九州医療センターが病院食の課題を解決するために行う「九州医療センター病院食改善プロジェクト(通称:病院食改善プロジェクト)」について、取り組みの内容やお知らせ、今後の計画などを発信していきます。

1.九州医療センター「食生活改善プロジェクトとは」

まず最初に、「食事改善プロジェクト」の概要をご説明させていただきます。

入院患者のみなさまにお届けする病院食の課題を解決するため、九州医療センターが2022年12月に開始したプロジェクトです。

「味が薄くて美味しくない」「メニューのバラエティに乏しい」など、従来の病院食にはネガティブなイメージがつきものでした。九州医療センターでは入院患者様に丁寧にヒアリングを行い、管理栄養士・調理師が一丸となり、美味しさと栄養面を両立した病院食を患者様にお届けするため、尽力しています。

チーム単位で病院食に対する問題点を考察・改善することで、管理・調理の問題点のみならず、配膳や提供の方法など、病院食にまつわるあらゆる面での質を均一化することを目的に、長期的なプロジェクト化を目指しています。

食改善プロジェクトでは「栄養管理室」の井上栄養管理室長が指揮をとり、外部顧問として「ホテル日航福岡」中橋名誉総料理長をお招きし、調理方法やメニューに対するご指導をいただいております。

今回の記事ではプロジェクトリーダーである「栄養管理室」井上栄養管理室長、外部顧問の「ホテル日航福岡」中橋名誉総料理長の両名に、本プロジェクトにかける思いを伺いました。

2.「栄養管理室」井上栄養管理室長インタビュー

井上栄養管理室長

ー「食事改善プロジェクト」が発足した経緯について、教えてください。

私は九州医療センターに赴任してきて4年目になります。九州医療センターでは毎年、医療の質を高めるため、患者様を対象に「患者満足度調査」という調査を行っているのですが、ちょうど私が赴任してきて1年目の頃に「例年、食事の項目の満足度が低い」という話を聞きました。

「患者満足度調査」結果

そのご意見がすごくショックで、「食事の内容を改善していこう」と3年前から栄養管理室全体で少しずつ動き出していました。例えば、お正月のお料理はいつもと同じお皿でご提供するのではなく、折詰にしてみたり……。去年と同じ献立でも、盛り付けや食器を変えるだけで「今年の正月料理は美味しかった」というお声が患者様から多く寄せられ、少しずつ改善の手応えを感じていた頃に、院長である森田先生から「ホテル日航福岡の名誉料理長に、料理にまつわるご指導をいただいてはどうか」とご提案がありました。

折詰で提供されたお正月の食事のようす

ホテルと病院はまったく違う業態なので、はじめに伺ったときは「一体どんなアドバイスをいただくことになるんだろう」と不安もありましたが、中橋名誉総料理長からいただくアドバイスはどれも私たちにとって斬新なものばかりで、目から鱗が落ちる思いでした。

例えば、九州医療センターでは調理と配膳は分業なので、看護師や助手に配膳をお願いしています。シェフから「提供の際に、毎食のメニューについてスタッフが患者様に説明することで、さらに料理が美味しく感じるはず」とアドバイスをいただいた際には「患者様の満足度を上げるため、配膳の方法まで考えてくださっているんだ」と驚きました。

やはり、私たち栄養管理室のスタッフだけではできる範囲に限界があり、配膳のことにまで気を遣うのは難しい面もありましたが、こうして「食事改善プロジェクト」と銘打つことで部門を超えた横のつながりが生まれ、病院内全体が「病院食の課題」について目を向けてくださるので、プロジェクト化には大きな意義があると感じています。

ー井上さんが感じる「病院食の課題」とはどういったものでしょうか?

低温調理など、食材のうまみを最大限に引き出す調理方法で一次加工後に再加熱し、仕上げる

健康な方でも食に関する好みは十人十色なので、Aさんが「美味しい」と感じた食事でもBさんにとっては「美味しくない」ということが当然起こり得ます。病気療養中の患者様となるとさらに味覚は複雑化するので、患者様一人ひとりに合ったお食事を提供することにはいつも難しさを感じています。

病院にはさまざまな病を抱えた患者様が入院されているので、例えば消化器官を治療されている患者様なら「食事がしんどい」とおっしゃる方や、治療によって口腔内が荒れて「水を飲むのも辛い」とおっしゃる方もいらっしゃるので、そういった環境の中で、いかに食事を苦痛でないものにするか。さらには、少しでも患者様の心を彩ることができる料理の提供を心がけています。

食事の味以外にも、見た目や香りなどあらゆる要素からのアプローチを試行錯誤しています。例を挙げると、前までは「魚料理が生臭い」というご意見が多く寄せられていたので、業者の協力を得て、搬入時間の調整や魚の切り方などを改善したところ、今では「魚が美味しくなった」とご好評をいただいております。プロジェクト発足前から、栄養管理室ではそのような細かな課題を一つずつ改善していく努力を続けています。


ーこれまでに行ってきた取り組みについて、教えてください。

九州医療センターで入院される患者様の平均在院日数はだいたい12日ほどなので、2週間に一度は新しい献立が加わる構成に変えました。あとは、先ほどお話した食材の課題改善などですね。病院内での生活に窮屈さを感じている患者様にとって「食事」は気分転換の一つになり得ると思うので、小さなことにも気を配り、少しでも病院生活を快適に過ごしていただければと尽力しています。

食欲不振食の一例

あとは、食欲不振食のパターンを増やしたいと構想中です。病院内でご提供している食事には「食欲不振食(お好み食、Fit食)」とよばれるものがあります。食欲不振食とは化学療法の影響などで食思不振になったり、味覚が変化した方に向けて提供する食事のことです。

当院は総合病院なので、多岐にわたる疾患をお持ちの方がいらっしゃいます。「あたたかい食べ物を受け付けない」「だし汁の匂いがキツく感じる」など、疾患によって患者様の求める食事はまったく違います。なので、現在の食欲不振食だけで対応することに限界を感じていて……。もっと多様性のあるパターンを考えて「食事が楽しくない」と悩む患者様をゼロにするのが、私たちの最終的な目標です。

ー中橋シェフの監修により、何か変わったことはありますか?

日々、チーム内で相談しながら病院食の改善に望む「食事改善プロジェクト」のメンバー

私たち管理栄養士の仕事は、患者様の病状に応じた食事内容を考え、栄養の観点から治療をサポートすることが主ですが、その他の業務や食材の発注期限なども考慮すると、じっくり時間をかけて献立を考えることがなかなか難しいです。
時間が限られている中で栄養バランスや食材のバランス、さらには味のことも考えて食事内容を考えていると、「楽しんで仕事をする」という意識は二の次になってしまいがちなんです。

栄養管理室の若いスタッフたちもすごく頑張ってくれている分、心のゆとりが保てていないように見えるのが気がかりでした。「業務に追われている」という雰囲気を改善するためのきっかけが欲しいと考えていたところに、院長からシェフ監修の打診があったんです。

中橋シェフはお話ししやすいお人柄なので、若いスタッフたちもいろいろと熱心にシェフに相談や質問をしていて、楽しそうにしています。そんな姿を見て「シェフに来ていただけて本当によかった」と日々実感しています。

ー「食事改善プロジェクト」の未来の目標を教えてください。

このプロジェクトを始めるにあたり、シェフから「献立の作成に関わる私たちや調理師だけでなく、看護師や医師、病院で働くみんなで病院食を改善していくことが食事改善プロジェクトの意義だよ」とお話をいただいていたんです。
実際にこのプロジェクトを始動してから、先生(医師)に「別の病院ではこんな病院食の取り組みをしているみたいだよ」とお声がけをいただいたり、病院全体の意識が少しずつ変わっていっている感覚があります。

九州医療センターに限らず、病院は第一に「病気の治療」を目的とする機関なので、「食事」に関してはどうしてもおざなりにされてしまいがちなんですが、そのような環境では病院食の課題は解決できません。
病院で働くスタッフ全員が「病院食」に目を向けることで、患者様の意見もさらに吸収することができます。「プロジェクト」としてチームで活動することにより、病院全体の病院食に対する意識を向上させることがまず第一目標だと考えています。

中橋シェフが働くホテルと同じで、食事の評価は施設の評価に繋がると思うので、「食」というアプローチから九州医療センターの評価を高めることが、私たち栄養管理室の最終目標ですね。


3.「特別監修」ホテル日航福岡・中橋名誉総料理長インタビュー

九州医療センターにて病院食の特別監修を行う、ホテル日航福岡・中橋名誉総料理長


ー「食事改善プロジェクト」に携わることになった経緯について、教えてください。

私事ですが、去年の6月に次の世代にバトンを渡したくて、取締役を退任したところだったんです。九州医療センターの特別監修のお話をいただいた際は「名誉総料理長」という肩書をいただいてホテル日航福岡に勤務していました。

ちょうどその折、知人を介して「九州医療センターの病院食を監修してみないか」とお話をいただきました。私自身、病院食の調理に関わるのはまったく初めての試みだったんですが、是非一度挑戦してみようか?という気持ちで、会社に相談したところ「地域貢献にもなる素晴らしいお誘いなので、受けてはどうか」と背中を押していただき、正式に特別監修を承ることになりました。


ー中橋シェフにとって「病院食の監修」は、はじめての試みだったんですね。

日々の調理風景

はい。若い頃に一度入院したきりで、病院食を食べた経験もほとんどなく、まったくはじめての経験でした。自分で病院食について調べると、いろんな病院が新しい取り組みをされているみたいですが、やはりまだまだネガティブな意見が多いと感じます。ホテルの調理でも、アレルギーの対策や異物混入などはゲストの健康や命にかかわることなので真剣に取り組んでいますが、病院食となるともっとたくさん気をつけるべきことや、制限があります。

ただ一つ言えることは、やはり「食事」は人々の楽しみであって然るべきです。食べる楽しみを奪われるのは老若男女誰だって辛いはずですから、色々な制限がある病院食の調理でも「食べることを楽しみにしてもらえる料理」を常に心がけたいです。

ー中橋シェフが「食事改善プロジェクト」で目指していることを教えてください

病院に入院されている患者様は、いわば今までの日常とは違った「非日常」を送られているわけですよね。みなさん、早く病気を治して日常に戻りたいと感じておられるはずです。「お母さんの料理が食べたいな」とか「手料理が恋しい」とか、切実な思いがたくさんあるはずなんです。なので「食事」を通して、少しでも日常を味わっていただくのが、僕たちの使命なんじゃないかと考えています。

あとは、まだ発足したばかりのプロジェクトなので、チームの団結力を高めることが最初の課題ですね。調理師長は和食出身の方なので、洋食を作ってきた僕がアドバイスすることによって、料理の幅が広がることも期待しています。栄養士のみなさんも色々と質問などしてくれて、高い熱量を感じます。

コミュニケーションを通して、まずはチームみんながお互いの気持ちを理解しあうことが第一目標です。最終的に、チーム全体の偏差値を上げることが、特別監修役の僕の一番の使命なんじゃないかなと思っています。

ー中橋シェフが感じる「チームで取り組むことの意義」を教えてください

中橋シェフの監修により出来上がった料理は、見た目の美しさもさすがの仕上がり

僕が長年働いてきたホテルは、年齢も職種もさまざまな人たちが一丸となって働く場所です。だからこそ、連帯感がないとホテルの評価の失落に繋がります。

例えば、いくら料理が美味しくても、ドアマンの対応が悪かったりレストランのホールスタッフの接客態度に失礼があると、お客様からの評価は「いまいちなホテルだった」という残念なものになってしまう。でも、それぞれのスタッフが連携し自分の持ち場で一生懸命尽力することで、個人プレーでは生み出せない満足感をお客様にご提供することができるんです。

チームだからこそ生み出せる功績というのは、病院でも同じことが言えると思います。なので僕は、プロジェクト発足時にみなさんに「ホテルの感覚でやってみませんか?」とお話ししました。部署を超えて、病院のスタッフみんなで一丸となって「病院食」の課題を改善してみませんか、と。

料理長や厨房のスタッフが頑張るのはもちろんですが、配膳係の方や看護師の方に「季節の食材〇〇を使っていますよ」「さめないうちに召し上がって下さいね」などと優しく声をかけていただく。そこまでサービスが行き届けば、必ず患者様に満足していただけると考えています。

4.病院内すべての人が、チームで寄りそうプロジェクト

新体制になった本プロジェクトメンバー

井上栄養管理室長、中橋名誉総料理長にお話しいただいた通り、「食事改善プロジェクト」は九州医療センターに勤めるスタッフ全員が、チームで病院食の課題に向き合い、改善を目指すプロジェクトです。

病院食を美味しくするだけではなく、患者様へのお声がけや、配膳の方法を改善することで、九州医療センターに入院されている患者様の生活を少しでも彩ることを目的に、日々尽力しています。

中橋名誉総料理長が勤めるホテルのように、個人個人ではなく、「チーム」として課題の発見や改善に努めることで、より満足度の高い食事の提供を目指しています。

今後もこちらのnoteで情報発信を続けますので、ぜひチェックしてみてくださいね!


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