見出し画像

学校が苦手だった私が出会った、とある“学校”のこと

あるとき、長男が学校に通えなくなりました。担いででも、学校に通わせようとした私。でも、強引に連れて行っても解決するはずがありませんでした。

学校に通わせるだけで、親も子も、どうしてこんなに大変な思いをしなければならないんだろう。そもそも「学校」って何なんだろう?

そんなことを考えていたときに、インターネットの検索で出会ったのが、これまで私が経験してきた学校とは異なる「オルタナティブスクール」の存在でした。

番組の取材で通ってみると、そこにはいろいろな気づきがありました。

きっかけは子育てのもやもや

ディレクター歴もうすぐ20年になる、熊本放送局の大窪孝浩といいます。
熊本が初任地で、東京では「ダーウィンが来た!」などの自然番組や、地震や火山噴火といった自然災害の検証など、主に科学ドキュメンタリー番組を制作していました。5年前、再び熊本に戻ってからも、地震や水害をテーマとした番組を多く制作しています。

気が付けば40代半ば。中学生の長男と小学校高学年の次男、小学生になったばかりの長女、3人の子を育てています。

実は、今は毎日楽しく中学校に通っている長男ですが、小学生のとき、学校に行くのを嫌がる時期がありました。前日の夜は行く気があるようなのですが、朝になると途端にモチベーションが下がってしまいます。理由を聞いても納得できる答えはありません。

理由がないのなら、学校には行ったほうが良いのでは…。そう考えた私は、嫌がる長男を担いで学校に連れて行こうとしたこともありました。でも、強引に連れて行っても解決するはずがありません。親子関係はズタズタ。一言も口を利かない日もありました。

でも、当時の私は初めての子育てに無我夢中。子どもを学校に通わせるのが親の務めだと信じ、気負っていました。今考えると、話の通じないオヤジと思われていたことでしょう。子どもの気持ちをもっと考えるべきだったと反省しています。

そんななか、インターネット検索をしていて目に留まった「オルタナティブスクール」にとても興味が湧きました。

新たな選択肢の学校」という意味で、文部科学省の定めたカリキュラムにとらわれずに授業を行います。ただ、日本での「学校」について定めた教育基本法の要件を満たしていないので、正式には「学校」ではありません。

多様な教育の機会を認める教育機会確保法の後押しなどもあり、多くの場合、義務教育を修了した扱いになるということで、ここ数年で全国に続々と誕生しています。

…とは言いつつ、実際はどんな授業が行われているのか、子どもたちはどんな様子なのか、「正式な学校」とは言えない場所で教育ができるのか。半信半疑な気持ちもありました。

オルタナティブスクールに行ってみた!

周りの親に話を聞いてみると、新しい学校のあり方に興味を持っている人も少なくないようでした。

そこで、熊本市内にある、全国的に注目を集めるオルタナティブスクールを取材してみることにしました。30年近く中学校の教師をしていた、校長の田上善浩たのうえ よしひろさんが、理想の学校を求めて6年前に作ったそうで、小学生から中学生まで、およそ80人の子どもが通っています。

二階建てで植物に囲まれたレンガ造りの建物
民家として使われていた建物が校舎

驚いたのは、数時間かけて県外から毎日通ってくる子どもや、この学校に通うためにわざわざ熊本に引っ越してきた家族も少なくないこと。そして、子どもたちの表情が豊かで、みんな生き生き楽しそうに過ごしていることです。

友達と話しているのか、にこやかな女の子
国語の授業中、生き生きとした目で手を上げる男の子2人

先生も子どもも、ニックネームで呼び合います。子どもたちは、田上さんのことを、名前の“善浩”にちなんで「ぜんさん」と呼んでいました。
<先生-生徒>という上下関係をなくし、フラットに近い関係を目指しているそう。

まるで家族のような距離感。リラックスした子どもの姿っていいなあと思いながら取材をスタートさせました。

校舎のベランダに賭けられた数メートルの垂れ幕に、「じぶんでいい学校 WING SCHOOL」と書かれている。
キャッチフレーズは「じぶんでいい学校

取材を進めるなかでショッキングだったのは、長年公立中学校で子どもたちと接してきた校長、田上さんの言葉。

「同じ学年の子どもたちのなかで、(成長が)早い、遅いとか、ちゃんとできる、できないとか、変わってる、変わってないとか、特別視されてばかにされたり、傷つき体験を負わされたりしやすい。」

校長先生、田上さん。誰かと話している優し気な表情。

子どもの成長を後押しするはずの「学校」が、時に “傷つき体験”の場になりかねないというのです。田上さんは、“傷つき体験”があると、自信を無くし、新しいことにチャレンジする意欲がなくなってしまうと考えています。

たしかに、日本の学校では、みんなと同じことを同じようにやることが求められがち。周りに合わせることに疲れたり、合わせることができない自分に傷ついたりして、いつの間にか学校が楽しい場所でなくなってしまう子どもが少なくないといいます。

思い出してみると、私も子どものとき、学校が苦手でした。
整列行進など、みんなで一斉に同じ動きをすることに違和感がありました。周りに合わせようと頑張った時期もありましたが、疲れてしまい、自分が嫌になったこともあります。

当時は自覚していませんでしたが、私も学校でけっこう傷ついていたのかもしれません。

自分にどんどん自信が無くなっていく毎日。自分を取り戻したくて、髪を少し伸ばしてちょっと“おしゃれ”をしてみたら、先生に「風紀が乱れる」と注意されました。でも、髪の毛が耳にかかるとどう風紀の乱れにつながるのか、納得のいく説明はなく、学校にまつわる「ハテナ」は増していくばかりでした。

自分にちょっとは自信が持てるようになって楽になったのは、大人に近づいて、「無理に人に合わせるのをやめよう」と開き直ることができるようになってから。
もっと早くから、田上さんのオルタナティブスクールが掲げているような「じぶんでいい」を知っていたら、もっと楽だっただろうと思います。

今になって思うと、“マイペース”な長男は、学校で注意されることが少なくなかったのでしょう。求められることができない自分に傷ついて、自己評価を下げていたのかもしれません。

「やってみたい」を実現させる

幼少期に受けた“心の傷”は、脳にダメージを与え、子どもの発達に大きな影響を及ぼすことが最新の研究で明らかになっています。
田上さんは、過去の傷つき体験を克服でき、誰も傷つくことがない学校が大切と考え、このオルタナティブスクールを作りました。

「傷つき体験」を克服するため、力を入れているカリキュラムが、子どもたちの「やってみたい」を実現させる「プロジェクト型学習」です。
トラウマ(心の傷)は、自分で選択できない状況で起こりがちで、自分で選択したことがうまくいく成功体験を重ねることが、克服につながるというのです。

男性が珈琲豆にお湯を落としているところを興味深く見つめる子供4人。
コーヒーに興味を持った子どもたちが自主的に活動
楽しそうな女の子と、真剣な表情の女の子。
身近な野草をおいしく食べる「薬草プロジェクト」

一方「やりたくないこと」は強制しません。
基本的に午前中は教科の授業ですが、どうしても出たくなければ出なくてもいいし、苦手な給食は無理して食べる必要はありません。

これにはハッとしました。

改めて、私が子どものころに通った学校生活を思い返すと、「〇〇してはダメ」だらけだったように思います。決められたカリキュラムを進めるためには、仕方ないのかもしれませんが、子どもたちが新しいことにチャレンジする意欲を失ってしまいかねません。

その点ここでは、「〇〇したい」から物事が始まり、実現するためにどうすればよいかが話し合われていたのが印象的でした。

全体の話し合い。ベランダ側に立つ男の子に、先生がエアーマイクを向け、10人の子がそれを見ている。
机を囲む低学年の男の子3人。真ん中の子がやんちゃな顔で、手を鉄砲の形にして何かに向けている。

やりたいと言ったことを、やらないときは?

田上さんの思いを強く感じる場面が、撮影中にありました。

取材を続けるなかで気になったのが、当時4年生の2人組、本田悠鷹 ゆたかくんと村田新太くんが取り組む「映画プロジェクト」。2か月後のプロジェクト発表会に向けて、オリジナル脚本の映画を作るといいます。

映画プロジェクトについて話す2人。新太くん、大きな笑顔。
本田悠鷹 ゆたかくん 村田新太くん

私がおぼろげながら考えていたのは、2人が時にぶつかり合いながらも力を合わせて映画を完成させ、発表会を成功させる…。こんなストーリー。

でも、ほかのプロジェクトが気になって映画作りはなかなかスムーズには進んでいないようでした。のんびりと構えていた2人も焦りはじめ、発表会の3日前には、空き時間や放課後も使って映画を完成させたいと言いはじめました。

こんな紆余 うよ曲折も、番組としては想定内。
この試練を乗り越え、無事に映画が完成すれば番組のクライマックスになるなと思いながら撮影を続けていました。

A4用紙に書いてあるセリフに2人それぞれ目を落とし、セリフを読み合っている
セリフの読み合わせをする2人

ところが。次の日、新太くんが突如、撮影も発表もやめようと言いはじめたのです。

実はこの日の午後、プロジェクト学習の準備などが無い人は、映画を見ることになっていました。映画が大好きな新太くんは、どうしても一緒に映画を見たくなったようなのです。

私が経験してきた「学校」では、こういうときは先生が、「一度決めた目標はやり遂げよう!」などと、やんわり軌道修正してくれたように思います。「どうするんだろう?」と思いながら先生の反応を見ていると…、先生は「へぇー。そうなんだ…」と2人の話を聞くばかり。

このままでは、2人が目指してきた映画の発表ができないのではないか。
それこそ「傷つき体験」となりかねないのではないか。
そして、果たして番組は成立するのか。
私はハラハラしながらカメラを回していました。

結局、2人はみんなと一緒に映画を見ることとなり、自作映画の発表は延期することになりました。

後に先生に聞いたところによると、「子どもが気づく機会を奪ってはいけない」と、指導を我慢していたといいます。

廊下にいる映画プロジェクトの2人と、先生。
子どもを信じて見守る先生

私は、はじめ動揺しましたが、「発表会の成功を目標とするなら失敗かもしれないが、次につながるなら大成功」という先生の言葉にハッとしました。

親をはじめとした大人は、つい心配になって、子どもが失敗しないようにフォローしたくなってしまいます。

でも、多くの親が子どもに身に付けてほしいと願っているのは、大人になったときに幸せに暮らすことのできる力のはずです。そう考えると、目先の成功や失敗はあまり関係ありません。
新しいことにチャレンジし続けて失敗をたくさん経験することで、多少のことで傷つかない、たくましいメンタルが成長していくのでしょう。

子どもの成長に大切なのは、信じて「待つ」大人の存在。
そんなことを感じました。

取材を終えて

オルタナティブスクールという世界に一歩足を踏み入れたことで、自分の子どもとの接し方も変わりました。

例えばパソコンゲーム。
子どもが熱中しすぎる様子を見ていて、「ゲームなんて…」と敵視していた部分があったのですが、「やってみたい」という気持ちは大切にしようと思えるようになりました。今では約束した時間をしっかり守って、楽しんでいるようです。
「やってみたい」を大切にするようになってからは、子どもとぶつかる回数も激減しました。

さらに、私自身が幼いころに感じた「学校って何なんだろう」という疑問と改めて向き合うきっかけにもなりました。
実は私は紆余曲折を経たのち、20歳になって大学に進みました。選んだのは教育学部。子どものころに違和感のあった「学校」について考えたいという思いがあったからです。
(もっとも、大学では写真のサークル活動に明け暮れ、「教育」の勉強はあまり深まりませんでした。)
20年も経ってしまいましたが、今回改めて向き合うこととなり感慨深いです。

そしてディレクターとしても、とてもやりがいのある仕事でした。ここ最近は、データを読み解きながら知らない世界を描く科学番組のおもしろさに夢中で、今回のように純粋に人を追いかけた番組は10年以上ぶりだったかもしれません。
オルタナティブスクールの空間でどんどん変化していく子どもたちと向き合って、「番組作りっておもしろいな」と改めて感じることができました。

今、「学校」や「教育」を考えてみたいという思いが再燃しています。最も興味があるのは、「心の傷」が子どもの脳に及ぼす影響や、「心の傷」を克服する教育の可能性です。科学番組的なアプローチも交えて、番組を制作できるといいなと考えています。


放送/5月5日(金・祝)総合 午前6時10分~6時53分

番組告知画像。文字「待てば育つ 成長の芽を信じて」


ベージュ地に、優しく微笑みカメラを持つ著者のデジタルイラスト。文字情報「たかさん NHKディレクター」とある。さん
オルタナティブスクールの子どもが描いてくれた筆者

大窪孝浩
「ダーウィンが来た!」や「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」などで、自然・科学番組を中心に制作。趣味はたき火とカレー作り。
2005年入局。熊本局・科学環境番組部・NHKエンタープライズの自然科学番組部を経て、2018年から再び熊本局。


文字バナー「執筆者へのメッセージはこちら」