5分で読める小説 『キャラ弁』
『キャラ弁』
「キャラ弁作って」
突然の娘の一言に耳を疑った。
「キャラ弁?」
小学校1年生の娘は生まれつき目が見えない。
全盲だ。
「なんのキャラがいいの?」
一応、彼女のリクエストを訊いてみる。
「キティーちゃんのキャラ弁がいい」
「キティーちゃんね、わかった」
とは言ってみたものの、彼女はそのキャラ弁を見ることができない。
お弁当の中を手でベタベタと触るわけにもいかないのに、どうやって彼女にキティーちゃんのキャラ弁を感じて貰えばいいだろう。
そもそも彼女は「キティーちゃん」のキャラクターそのものさえ見たことがない。
ぬいぐるみを触った時、丸い顔に猫耳が2つ付いているのはわかっているはずだが、
“白い猫”や“赤いリボン”が彼女の脳内にイメージできているのかどうかは母親の私でさえ未知の領域だ。
おにぎりを猫耳風のとんがり付けて丸めたら彼女でも分かるだろうか…。
キティーちゃんのぬいぐるみといつも一緒に眠りにつく彼女は、そのふわふわとした触り心地をひどく気に入っていた。
思えばキャラ弁なんて作ったことがなかった。
目の見えない彼女の為に食べやすさや、掴みやすさだけを考えて作ってきた。
初めて作るキャラ弁の材料を前に、ふと今まで蓋をしてきた記憶が蘇った。
高校時代、母は毎日私にお弁当を作ってくれていた。
おにぎりに卵焼きや唐揚げ、トマトや野菜炒めなどを詰めたごく普通のお弁当だ。
ある日を境に学校に行かなくなって、それに伴い母の毎朝のお弁当作りもストップした。
「学校に行きたくない」
クラスメイトも先生も、学校という建物も全てが恐怖だった。
家の外に一歩も出なくなった私を見て、母はどんな気持ちだったのだろうか。
不登校が続く中、それでも出席日数を稼ぐ為に保健室登校で学校に行こうと力を振り絞った日があった。
久しぶりの学校に怯え、お昼休みにトイレの個室でお弁当箱を開けると、そこにはチューリップの形に切り取られた海苔がご飯の上に乗っていた。
私にとって初めての「キャラ弁」だった。
トイレで食べるその数十分の間、ただ母の愛だけを噛み締めて食べた。
涙で嗚咽しながら、食欲のない胃袋に無理やりご飯を押し込んだ。
あのとき、何故「ありがとう」が言えなかったのだろう…
お母さん……キャラ弁、作ってくれてありがとう…
苦痛に耐えながら久しぶりに登校した私が、少しでも笑顔になるように作ってくれたんだよね…
嬉しかったよ…すごく…
それなのに私は毎日何も悪くない母に八つ当たりばかりして、「お母さんみたいになりたくない」とまで酷い暴言を投げかけた。
10年以上も前の記憶に台所で1人、娘のお弁当箱を見て泣いた。
「遠足楽しかった?」
キャラ弁を持たせた彼女はどんなお昼休みを過ごしたのだろう。
「うん!キティーちゃん、みんなが可愛いって言ってくれた!」
そうか…
彼女は友達の目を借りてキャラ弁を見ていたのだ…
今まで彼女が感じる世界が全てだと思っていた。
彼女は周りの人の感性も手助けに世界を描いているのだ。
「よかった…」
周りを見るのが怖くて家の中でしか生きられなかった私が、娘のおかげで教わった。
自分の目で見る世界だけが全てじゃないんだよね。
たった7年しか生きていない彼女の見る世界は、私の見る世界よりも無限大だ。
もっと色んな人に出会って、色んな世界を見てほしい…
毎日少しでも楽しい時間を過ごしてもらいたい…
あの頃の母も今の私と同じような気持ちだったかな…
3年間引きこもり続けた日々の中で、どんな私もただひたすら信じてくれた母のような“お母さん”になりたい…と今でははっきり思える。
「また作るね、キャラ弁」
彼女は嬉しそうに「今度はトトロがいいな」と飛びっきりの笑顔で瞳を輝かせた。
2021年3月23日
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