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都市としてのシンガポール ─ Singapore11

 私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第11弾。

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 シンガポールのイメージは、斬新なデザインの高層ビルが並ぶ、現代都市のそれであろう。中心地には、50階を超える高層ビルが林立し、さらに次々と建設が進んでいる。

 最近完成した海岸部のリゾート Marina Bay Sands は、56階建てのビルが3棟並列し、3棟の屋上をつなぐようにして、舟形というか、バナナを半分に切ったような床が作られている。そこには、ビルにあるホテル客用のプールがあり、ホテル客は、57階のプールにつかりつつ、地上の建物や港の風景を眺めることができる。この高層ビルの隣には、巨大なショッピングセンターがあり、その一部にはカジノがある。外国人客はパスポートを見せてそこでギャンブルを楽しむことができる。

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 高層ビルは、中心部のホテルやショッピングセンターだけではない。多数のマンションやアパートも数十階建ての高層が一般的であり、郊外はともかく中心部で広い庭付きの平屋の住宅に住むことは非常に贅沢なことのようである。

 街の道路は、よく整備されている。その多くは一方通行で、車の流れもよく制御されている。日中、街を歩くのは暑いため苦痛だが、夕方になり少し涼しくなってからの散策は気持ちがいい。治安がよいこともあり、大勢の人がジョギングをしている。日本人の目から見て、とくに気持ちよく感じるのは、樹木がよく茂り、緑が美しいことである。あちこちにある公園や豊富な街路樹が、街に潤いをもたせている。

 道路の幅は広く、自動車が円滑に通行できるように、標識等も整備されている。交通事故を避けるために、道路にはところどころに横断歩道橋が設けられている。横断歩道橋といってもかつて日本に多数見られたような、鉄製の急な階段のある景観を損ねるようなものではなく、コンクリート製の立派なものであり、側面は植物が生い茂り、美しい花が咲いているものもある。暑さと雨期のスコールを避けるために、みな屋根が付いている。

 こうした歩道橋によって、車と人の通行が分けられ安全が保たれているといえるが、反面、足の不自由な高齢者には道路の横断は相当の苦痛であろう。まだ、高齢化率が低いこともあり、バリアフリー化への関心は高くないようである。

 このようにこの国の町並みは、おおむね近代化され現代風に美しいが、他方、いずこも均一的で歴史とか文化の深みを感じさせるところは少ない。私は、20年ほど前から時折この国を訪れているが、初めてきたころには川沿いに、東南アジアの国でよく見られるようなスラム街や水上生活者が住む劣悪な住居が残っていた。かつては、東京でも似たような地域があったが、高度成長とともに消えた。当時のシンガポール政府でのヒヤリングでも、この国の内政における最重要課題が、スラムの一掃と良好な公的住宅の供給であると強調されていたことが思い出される。

 街の多くが近代的な建物に変わったとはいえ、歴史的な町並みも残っている。チャイナ・タウンや、シンガポール川の河口付近のボートキーと呼ばれる地帯は古い町並みを生かしたレストランが建ち並び、観光客が多数訪れている。この地帯は、歴史的な、貿易で栄えたシンガポールの港湾の中心であった。

 この国に1ヶ月余暮らし、美しい町並みを求めてかなり歩き回った。もちろんまだ残ってはいるが、主要なところはみたような気がする。いずこもよく整備されており、それなりに風情はあるが、正直にいって日本で歴史的な町並み保存に関心をもっていた者としては、やや物足りなさを感じる。

 それは一言でいえば、多様性に欠け、ワンパターンなのである。この国といってもシンガポール島だが、それをほぼ一周するMRTに乗って地上を走る部分の景色を眺めていると、ほぼ3つの景色しかないことに気づく。樹木が生い茂る森と、湿地帯、そして高層ビルとショッピングセンター等からなる住宅地である。赤道直下にある起伏のない土地であるから致し方ないのであろうが、山あり海あり、四季折々の風景がみられる日本と比べると、この国の国民が日本、とくに冬の北国にあこがれる気持ちが理解できる。生活の仕方として理想をいえば、両方に家を持ち、ときどき往き来できるのがベストかもしれない。(2011年02月22日)