災害・感染症対策と個人情報を巡る最新論点(前編) ~内閣府指針を活かして氏名公表タイムライン策定を~
次世代基盤政策研究所上席研究員、弁護士・博士(法学)の岡本正です。「災害復興法学」を提唱し、なかでも「災害と個人情報」については重点的に国や自治体の政策支援を行い、また研究活動を行ってきました。災害や新型コロナウイルス感染症と個人情報をめぐる政策動向について、前編と後編でお届けします。
安否不明者の実名公表の指針を内閣府が発表
2021年9月16日、内閣府(防災担当)から、「災害時における安否不明者の氏名等の公表について」という通知が発信されました。災害時には、安否不明者(行方不明者となる疑いのある者)や行方不明者(該災害が原因で所在不明となり、かつ、死亡の疑いのある者)の氏名を速やかに公表し、救援救護活動をより効果的に実施するための体制整備を行うことを要請するものです。
安否不明者の実名を公表し報道することが救助効果を向上させるのはいうまでもありません。しかし、それは自治体が保有する個人情報を開示提供することになり、なかには「個人情報保護条例」の適切な運用ができずに、「個人情報だから」という理由で氏名を公表しない対応が行われてきたこともありました。近年頻発する大規模災害をふまえて、自治体のもつ個人情報(安否不明者等の情報)をどう取り扱うべきか、国が積極的な見解を示すことになったのです。なお、これらは全国知事会などが近年毎年のように国の見解を明らかにするよう提言していた分野でもあります。
内閣府の指針(1)平時からの氏名公表タイムラインを
では、内閣府が示した指針自体は、第1項から第5項までで、合計しても1頁以内となる簡潔なものです。重要部分を抜粋し政策上のポイントを解説していきます。
氏名等公表の可否や判断基準、氏名等公表及びその結果寄せられた安否情報の確認・共有に係る一連の手続き等について、市町村や関係機関と連携の上、平時から検討しておくこと。その際、旅行者等の一時滞在者についても、その家族や知人等から、所在が不明であるとして警察等に情報提供がある場合を想定し、これらの者の氏名等公表についても検討しておくこと(通知第1項一部抜粋)
最も重要なのは、「安否情報の確認・共有」に係る一連の手続き等について、「平時から検討」しておくという点です。一見すると当たり前のようにも思えますが、過去の災害でも多くの課題が生じています。たとえば、77名もの犠牲者を出した2014年8月20日の広島市土砂災害では、広島市は行方不明者28名の氏名情報を、災害発生から6日目になって公表しました。なかなか情報が開示されなかったことについて、「市は本人同意がないままでの氏名公表が市個人情報保護条例に抵触しないかを検証。『生命、健康、生活または財産を保護するために緊急かつやむをえない』場合には、同意なしに公表できるとの規定を適用した」(日本経済新聞2014年8月26日朝刊)などと報道されています。このことからもわかるように、平時から個人情報保護条例の運用や手続を定めていないと、個人情報の提供を認める要件である「緊急かつやむをえない」という条文が利用できるかどうかを検討し、かつ決断するまで、途方もない時間をかけてしまうことになるのです。
そこで、重要なのは「氏名公表タイムライン」の事前整備です。災害の規模、速報による安否不明者数、応援体制や救援体制、その他被害の実情などを事前に考慮して、様々なパターンで公表するまでの時間刻みの公表計画を作っておくのです。そして、公表する際の様式(実名公表は当然として、住所をどこまで詳細にするかなど)を定め、明確なタイムスケジュール(たとえば、災害発生から12時間以上経過したら公表するなど)を決めておく必要があります。「都度検討する」というのでは、災害対応への熟度、トップや幹部の意向、都道府県と市町村の見解の相違、などによって大きく対応が遅れてしまう可能性もあります。最低限のタイムリミットを設けた「氏名公表タイムライン」を事前整備してこそ、内閣府の指針(第1項)を全うできるのではないでしょうか。
内閣府の指針(2)情報の一元的な集約体制をつくり訓練に反映
第2項では安否情報の一元的集約の考え方が明記されています。
氏名等公表については、被災地の居住者・一時滞在者を問わず、人的被害の数について一元的に集約、調整を行う(通知第2項一部抜粋)
災害時の救援主体は、国(自衛隊など)、都道府県(警察など)、基礎自治体(消防ほか各部局)、民間団体(消防団ほか支援機関)が想定されます。それぞれが保有する被災者情報や最新の安否情報は、それぞれ別の根拠による個人情報保護のルールに服します(2021年現在)。一方で、同じ安否情報をリアルタイムで共有できなければ効果的な救援活動ができないことは明らかです。「捜索が不要な方を探していた」となれば「救護を待つ方の救援が遅れる」ことにほかなりませんので、体制整備は不可欠です。
2015年9月の台風18号に関連した一連の水害(関東・東北豪雨)では都道府県と市町村との間の情報共有不足が露呈してしまいました。これは、茨城県と常総市との間でおこったことです。茨城県(県警)が既に安否確認をほぼ終了していた15名(1名は実在しない方だった)の行方不明者情報について、市側に伝えておらず、市は1日遅れで県からの記者発表があるまで、その情報を知らされなかったというのです(読売新聞2015年9月16日)。国が「被災地の居住者・一時滞在者を問わず、人的被害の数について一元的に集約、調整を行う」ことを強調するのもこのような教訓を踏まえてのことと言えるでしょう。
そもそも災害対策基本法は「都道府県知事又は市町村長は、第一項の規定による回答(※親族や関係者から自治体に対する安否照会に対して回答すること)を適切に行い、又は当該回答の適切な実施に備えるために必要な限度で、その保有する被災者の氏名その他の被災者に関する情報を、その保有に当たって特定された利用の目的以外の目的のために内部で利用することができる。」(第85条第3項)、「都道府県知事又は市町村長は、第一項の規定による回答を適切に行い、又は当該回答の適切な実施に備えるため必要があると認めるときは、関係地方公共団体の長、消防機関、都道府県警察その他の者に対して、被災者に関する情報の提供を求めることができる。」(同4項)と定めています。
つまり、安否照会への回答の体制の構築を災害対策基本法に従って粛々と進めていれば、結果として安否情報・行方不明者情報の「一元的集約」は実現できたはずです。法が定める自治体の責務を全うし、さら現場では国、都道府県、基礎自治体、消防団などの民間支援団体との安否情報のリアルタイムの共有を実現していただきたいと思います【続く】。
★後編も是非ご覧ください
災害・感染症対策と個人情報を巡る最新論点(後編)
~新型コロナウイルス感染症自宅療養者の支援と個人情報~
(参考文献)
岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)
岡本正『災害復興法学Ⅱ』(慶應義塾大学出版会)
中村健人・岡本正『自治体職員のための災害救援法務ハンドブック』(第一法規)
岡本正・山崎栄一・板倉陽一郎『自治体の個人情報保護と共有の実務』(ぎょうせい)