災害・感染症対策と個人情報を巡る最新論点(後編) ~新型コロナウイルス感染症自宅療養者の支援と個人情報~
次世代基盤政策研究所上席研究員、弁護士・博士(法学)の岡本正です。「災害復興法学」を提唱し、なかでも「災害と個人情報」については重点的に国や自治体の政策支援を行い、また研究活動を行ってきました。災害や新型コロナウイルス感染症と個人情報をめぐる政策動向について、前編と後編でお届けします。後編は「災害時における安否不明者の氏名等の公表について」の公表を受けての解説の続きと新型コロナウイルス感染症を巡る情報共有の話です。
内閣府指針(3)氏名公表の根拠はすでに存在している
2021年現在の個人情報保護法制では、自治体が保有する個人情報(今回で言えば安否不明者の氏名などの情報)を開示するかどうかは、個人情報保護条例の例外規定の解釈次第となり、基礎自治体の判断にゆだねられています。国でもその点を念のため確認しています。
氏名等公表は、人の生命又は身体の保護のため緊急の必要があるときの個人情報の提供と考えられることから、それを踏まえて個人情報保護条例に定める個人情報の利用及び提供制限の例外規定の適用を検討されたい(通知第3項一部抜粋)
国の通知が示すように個人情報保護条例では、本人同意なくして個人情報の外部提供や目的外利用ができる場合として「人の生命又は身体の保護のため緊急の必要があるとき」とか「生命身体の保護のため緊急かつやむを得ない場合」などの趣旨の条文があります。しかし、実際にこの条文の適用を経験したことがある自治体は僅かのはずです。災害がおきたから、人命救助だから、と思っても、初めて条文に向き合った担当者が、直ちに事実を把握し、条文へあてはめ評価をし、個人情報の開示にまで踏み切るハードルは、やはり高いと思われます。したがって、どういう場合に「緊急」と言えるのか、「やむを得ない場合」と言えるのか、については、冒頭に提言した「氏名公表タイムライン」とあわせて事前の訓練や整備が不可欠になると考えています。
なお、2021年5月19日公布の「デジタル社会形成整備法」による個人情報保護法改正により、自治体の個人情報保護条例は改正個人情報保護法に統一されることになります(2023年春以降施行)。その場合には改正法69条第2項4号が定める「本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき」や「その他保有個人情報を提供することについて特別の理由があるとき。」という条文が、災害時の安否不明情報などの公表根拠になると思われます。そうすると、何をもって「明らかに本人の利益になるとき」や「特別の理由があるとき」なのかを適切に解釈しなければならないことになります。
内閣府指針(4)公表に際しての留意点
人命救助には、早期の安否不明者等の氏名公表が不可欠ですが、留意点もあります。
配偶者からの暴力(DV)やストーカー行為の被害者等の所在情報を秘匿する必要がある者が不利益を被らないよう、都道府県関係部局及び域内市町村と平時から公表時の取扱いについてあらかじめ決めておくなど十分な調整を図るとともに、公表に当たっては、あらかじめ、関係市町村に確認する(指針第4項目一部抜粋)
2021年7月3日の熱海市での土砂災害をうけ、静岡県と熱海市は、7月5日の夜、64名の安否不明者の名簿をウェブサイトに公表し、記者発表しました。詳細な経緯は、内閣府通知の別紙「静岡県熱海市で発生した土石流災害における安否不明者の氏名等公表にかかる経緯」で明らかになっており、参照していただきたいと思います。このとき熱海市では、「氏名公表をめぐり、県は7日、DV(家庭内暴力)被害者に関わる情報の有無などを調べて公表したことを明らかにした。」(朝日新聞2021年7月8日)という対応を行いました。内閣府の指針公表を待たず、すでに複数自治体がこのような方針を打ち出しているところですが(例えば北海道、朝日新聞2021年8月31日「災害時氏名公表可に」参照)、開示に当たっての配慮が明確化されたことで、氏名公表へのハードルは下がってきたのではないかと思われるところです。
内閣府指針(5)公表できるところから順次
安否不明者の氏名公表は、早ければ早いほどよいことは言うまでもありません。
氏名等公表の可否の判断に時間を要する対象者がいる場合には、それ以外の公表可能な対象者から段階的に公表することも考えられる(通知第5項一部抜粋)
都道府県だけが発表主体や公表主体になる必要はありません。基礎自治体において把握している情報があり、独自に保有する情報をもとに安否不明者の氏名公表に踏み切ることはむしろ推奨されなければなりません。たとえば、内閣府指針に先立って対応方針を発表した北海道では「公表や報道対応は道が担い、市町村は家族らの同意確認や道への報告を行う。ただ、市町村や警察が独自に公表することは妨げない」としています(朝日新聞2021年8月31日)。
新型コロナウイルス感染症の自宅療養者情報に関する報道を受けて
「コロナ自宅療養者 34都府県「市町村に伝えず」個人情報保護 壁に」との読売新聞の報道(2021年9月3日)は衝撃でした。これは、自前の保健所を持たない市町村で、対応を都道府県広域保健所に感染者情報の集約を委ねている自治体が、自宅療養者を把握できず支援に苦慮しているという実態を浮き彫りにしたものです。記事は「都道府県設置の広域保健所が担当する新型コロナウイルス感染症の自宅療養者をめぐり、全国34都府県で、療養者氏名などの個人情報が管内の市町村に提供されていない」「提供しない理由として県側の多くは「個人情報の保護」を挙げるが、自前の保健所がない市町村では、どこに療養者がいるか分からず、健康状態の確認や生活面での支援が難航している。」と報道しました。
47都道府県すべての個人情報保護条例では、緊急性があれば、本人の同意なくして個人情報を外部提供することができるとの趣旨の条文があります。本人同意だけにこだわって氏名提供をはじめ必要な情報の共有を滞らせてはならないはずです。
事態の深刻さを受けて、厚生労働省は、2021年9月6日に「感染症法第44 条の3第6項の規定による都道府県と市町村の連携について(自宅療養者等に係る個人情報の提供等に関する取扱いについて)」と題する通知を公表しています。そこには「都道府県から市町村への自宅療養者等の個人情報の提供については、各都道府県がそれぞれの個人情報保護条例に照らしてその可否を判断することとなりますが、連携規定に基づき市町村が自宅療養者等の食料品、生活必需品等の提供などの生活支援を行うために必要な市町村への個人情報の提供は、一般的には、人の生命又は身体の保護のため、緊急の必要があるときの個人情報の提供と考えられることから、それを踏まえて個人情報保護条例に定める個人情報の利用及び提供制限の例外規定の適用の検討をお願いいたします。」と明記されています。個人情報の取扱いについて硬直的な解釈にならないよう、国がナショナルミニマムとなる見解を示し、自治体へ政策改善を促しました。なお、本通知後は、各都道府県で情報提供をするための施策改善が始まっています。
個人情報の利活用に対する正確な理解を
「個人情報とは何か?」「災害と個人情報の論点は?」「地域の福祉や健康維持活動と個人情報の関係は?」「孤立防止や見守活動と個人情報の関係は?」「災害時や災害対策としても避難行動要支援者名簿情報の活用は?」など、災害や福祉の場面では、特に個人情報の正確な理解が政策法務に不可欠です。正しい理解が、市民の命や健康を守ることに直結するのです。私自身も災害時の個人情報などに関する政策研修や法務支援を手掛けてきましたが、ますますその重要性は高まるのではないかと感じています【完】。
★前編もご覧ください
災害・感染症対策と個人情報を巡る最新論点(前編)
~内閣府指針を活かして氏名公表タイムライン策定を~
(参考文献)
岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)
岡本正『災害復興法学Ⅱ』(慶應義塾大学出版会)
中村健人・岡本正『自治体職員のための災害救援法務ハンドブック』(第一法規)
岡本正・山崎栄一・板倉陽一郎『自治体の個人情報保護と共有の実務』(ぎょうせい)