携帯電話 ── Singapore 13
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携帯電話 ── Singapore 13

一般社団法人次世代基盤政策研究所(NFI)

 私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第13弾。

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いまや多くの人にとって携帯電話は、日常手放すことができない必需品であることはいうまでもない。日本と異なり、シンガポールでは、地下鉄の中でも多くの乗客が携帯電話でメールをみたり、誰かと話している。この国では、電車の中では「マナーモードにせよ」とか「優先席付近ではスイッチを切れ」というようなルールはなく、できるだけ多くの機会に携帯電話を利用できることが社会にとってメリットが大きいと考えられているようである。

自分の携帯電話の番号は積極的に相手に伝えるのが礼儀と考えられているのか、番号はすぐに教えてくれるし、携帯電話によって、どこにいてもいつでも連絡を取れる状態にしておくことが、むしろエチケットになっているように感じる。

とくにこちらではハンズフリーの装置が普及しているため、電車やバスの中でも、路上でも、身振り手振りを交えながら一人で大きな声で話している人がいる。事情を知らず、そばで突然笑いだされたりすると、この人は頭がおかしいのではないかと思いたくなるが、決してそうではない。

この国でも、スマートフォンが主流になりつつある点は日本と変わりはないが、私のような一時滞在者も使えるプリペイドのシンプルな電話機も多数使われている。最初の10ドル分の料金込みで、50ドルくらいで購入できるから、日本円に換算すると3500円くらいであろうか。安いものである。この電話機の取り扱い説明書には、この電話は「日本を除く」世界中の国で使えるという趣旨のことが書かれていて、ここでも日本のガラパゴス化を感じる。

何回か前に国境を超えるビジネスの話を書いたが、ビジネスは市場動向をいかに早くキャッチするかが勝負であり、儲かるとなれば、国境を無視してビジネスの拡大を図ることは、ビジネスマンとしては当たり前のことである。今、アジアでは急速な経済成長を背景として、そうしたビジネスの拡大を図ろうとする果敢なビジネスマンが多数いて、他人よりも早く情報を入手しようと必死になっている。

もちろんビジネスでは、信用が大事であり、相手と直接会って信用力と人物を確かめ、交渉取引をすることも必要だが、ひとたび信用関係ができると、あとはいかにその相手方から早く情報を手に入れ、また有利な情報を早く相手に流すかがポイントとなる。

シンガポールの国を挙げての政策は、シンガポールを、アジアにおけるこうしたビジネスのための機会と情報発信の拠点にすることであり、その点からも情報と交通インフラ、特に航空の整備に力が注がれている。

そして、今や携帯電話で世界中がつながるのであるから、ビジネスにとってこんなに便利なものはない。サラワクの田舎町にいても携帯電話さえあれば、世界中の情報を得ることができ、世界の市場でビジネスができるのである。

アジアのまだ発展途上にある国の農村部には、現在でも椰子の葉で葺いた屋根をもった小屋のような住居で生活している人が多数いる。電気も水道もなく、電柱も電線もない風景が広がるが、その中に最近建てたと思われる鉄塔をよく見かける。携帯電話用のアンテナである。そうしたところで、ショートパンツにTシャツ、ゴム草履姿のおじさんが、携帯電話を使って大きなビジネスをしていることもありうるといえよう。

もちろんそうしたスタイルで地方にいるだけではビジネスを発展させるには充分ではない。頻繁にビジネスの拠点、シンガポールに出かけていって新しい相手と会い、ビジネスチャンスを広げていくことも欠かせない。そのためには、できるだけ多くの地点から、いつでも安くシンガポールをはじめとする拠点都市に行けることが重要である。今、アジアの航空市場を大きく変えつつあるLCC(Low Cost Carrier)は、そうした需要に応えるために現れてきた航空ビジネスのモデルである。

また、いかにパスポートコントロールや通関を便利にするか、そのためにいかにITを活用するか。世界で発展をめざすアジアの国は、そうした国際情勢を見据えて、国の制度を変え、技術を導入しつつある。

この国の就労Passをもっている私も、空港のパスポートコントロールでは、無人のゲートにある機械にパスポートの写真のページを挿入し、OKが出れば次に親指の指紋認証を行うだけで、ディスプレイに「Bon Voyage Morita Akira」と書いたメッセージが出るとともにゲートがあく。入国時も同様であり、入国審査を待つ長蛇の列を尻目に、「Welcome to Singapore」というメッセージとともに開いたゲートを通って、待つことなく入国できる。

先日、シンガポールの情報システム担当の役所の人と、このような話をしたとき、日本の携帯電話の「おサイフケータイ」の機能に関心を示していた。もしかすると、近い将来、携帯電話でパスポートコントロールを通過できる日が来るのかもしれない。

日本の場合、携帯電話の利便性は認めながらも、悪用に対する規制やデメリットを減らすことを重視しすぎて、国際化時代の世界をつなぐきわめて重要なビジネスツール、通信ツールとしての側面についての認識がまだ弱いような気がする。SIMロックの問題にしても、もっと前向きの発展を指向した発想で制度を整えていかないと、確実に世界の潮流から取り残されることになるであろう。

(2011年02月28日)

一般社団法人次世代基盤政策研究所(NFI)
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