もう一つの脳 ── スマートフォン
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もう一つの脳 ── スマートフォン

一般社団法人次世代基盤政策研究所(NFI)

 現在の生活ではスマートフォン(スマホ)なしでは、生活できない。常に持ち歩き、ことあるたびに頻繁に見るし、移動中の車内はもちろん、会議中もときおり画面に目をやる。夜寝るときも、充電しつつ枕元に置き、夜中に目が覚めては画面を覗く。朝目が覚めたときは、ベッドの中でまず、夜中に届いた情報を調べる。トイレに入っているときも、両手があくので、つい画面を確認する。

 スマホの画面から得られる情報には、もちろん仕事上のメールや友人、家族からのLINEもあるが、フォローしているFaceBookやYouTube 、Twitterなどの書き込み、最も新しいニュースや、最近でいえばコロナの感染情報など。そして、スマホが、これまでのどのようなデバイスよりも便利なのは、それらを見ていてさらに情報が知りたいとき、ググれば簡単に、ことばの意味や人物の履歴、さらに背景情報やそのテーマについて書かれた論文、記事等もすぐに見つかることである。

 仕事の上で参照しなければならない資料やデータを全部を持ち歩くことはとてもできないが、クラウドに保存しておけば、必要なときにいつでも取り出して参照することができる。スマホとは、ネットワークとは、プラットフォームとは、何と便利な道具なのだ。

 さらにいえば、今ではスマホをもっていれば、財布も要らない。買い物をするときに、財布にいくら現金が残っているか気にする必要はない。家計簿アプリを使えば、上手にお金の管理もできる。また、交通機関のチケットや、入場券、まもなくワクチン・パスポート(接種証明)としても利用できるだろう。いずれも記憶や手帖など、紙と現金によって行おうとすれば、手間がかかるし、ミスも防げない。自分の脳による情報管理には限界があるのだ。

 歳をとってくると、どうしても記憶力が低下してくるし、それでなくても長く生きているとその間に大量の情報が溜まってくる。捨ててしまえばよいのかもしれないが、仕事がらみの記録などは、簡単に捨てるわけにはいかない。でも、それを紙で保存しようとすると、よほど広い家に整理して保管することができればともかく、そうではない忙しい一般人には、整理をする時間的余裕もなければ、それを整然と検索できるような形で保存しておく物理的スペースもない。実際には、多くの場合、本棚の空いているところに詰め込むか、段ボールの箱に入れて山積みとなる。

 もちろん脳内には、こういう情報があったはずだ、この文書に書かれていたはずだ、という記憶は残っているが、それでは必要なときに役に立たない。その記憶も次第に脳の性能劣化に伴って目減りしてくるし、何よりも昔若かりしときの記憶は比較的残っていても、近年の記憶は残っていないか、ボンヤリとしか思い出せない。そのボンヤリとした記憶に基づいて、話したり書いたりすることは、とくに専門的な話のときは、とても危ない。

 それよりも、そもそもかつては意識せずに思い出せた人の名前、絶対に忘れないと自信があった憧れの美人女優の名前までも思い出せなくなって絶望的な気分になるのは、老い始めのころの辛い経験である。それが頻繁になり、その人もこの人も顔は思い出せても名前が出てこない状態になると、老いたことにも慣れてしまう。そして、それが当たり前というか、そもそもその女優の名前を覚えていたこと、憧れていたことも忘れるようになると、ボケが始まっているといえよう。

 脳がそのような劣化を示し始めた年代のみならず、若い人も、現在の情報過多の時代には、自分の脳の能力を補う人工脳としてのスマホを手放すことができない。最早わが脳の半分はスマホの中にあると、尊敬する友人が言っていたが、まさにその通りであり、常に身から離さず、絶えず画面を触って、人工脳の中においてある、あるいは人工脳に入ってくる情報にアクセスすることによって、現代人の私たちは、知的活動をしているといってよい。

 その意味で今やスマホは分身、より正確には分脳(?)といえようか。だが、このような人工脳をもつことによって、私たちの知的活動は、本来の脳の活躍以上にいろいろなことができるようになった。欲しい情報へのアクセスが非常に楽になったことに加えて、近頃のスマホのアプリにAIを組み込めば、本来の脳に代わっていろいろなことをしてくれるようになるだろう。

 たとえば、体重の増加が気になり、意識的にダイエットを試みてもなかなか成功しない。しかし、腕に付けたアップル・ウオッチのセンサー情報に基づいてスマホが摂取したカロリー量や運動で使ったカロリー量を計算して、食生活のアドバイスをしてくれるならば、自分で考え、自分で食事をコントロールするまでもなく、スマホのアプリの指示に従っていれば健康管理ができるであろう。必要なことは、アプリを信頼することと、それの指示に従う若干の意志の強さである。過食も貧食も、自分で管理する必要はないのだ。

 このように、自分の脳では容易にできない知的判断や行動の選択も、スマホ任せにできる時代が目の前に迫ってきている。データやAIは、スマホ本体ではなく、それと繋がっているクラウドに保存してあるから、膨大な量の情報も処理できるし、保存できる。改めて、われわれはこんなすばらしい時代に生きているのだ、と感じる。

 だが、この私たちと一体になった人工脳も完璧ではない。それが身体から離れたデバイスである以上、それを紛失したり、落として壊してしまう可能性は大いにある。それよりも、頻繁に起こりうるのがバッテリーが上がってしまうことである。そうなると、必要な情報、たとえばいつもかけている仕事先の電話番号にせよ、頻繁に確認しているメールにしても、アクセスできず、全く使えなくなってしまうのだ。正に“脳死状態”に陥りかねない。思考し評価判断する本来のCPUは生きているのだが、それらもデータがあってこそ機能する。

 もちろん、そのような可能性を想定して、情報はクラウドに置いてあり、再びスマホを復活させるか、新品に交換して、それを介してクラウドに繋ぐことができれば、事態は回復するだろうが、旅行中であるとか、忙しいときにそのような状態に陥ると、最早絶望的である。しかし、それにしても物理的にデータを紛失してしまうリスクと比較すると、はるかによい。

 今後、スマホも、アプリもますます改善され便利になっていくであろう。われわれが日常生活で欲する情報に、より少ないコストでアクセスできるようになる。そのことは、これまでの仕事において、情報の入手、解析、そして保管に多くの時間と労力を使っていたのが、その時間や労力が減り、その分知的創造に振り向けることができるということである。

 それはすばらしいことではあるが、そんなに時間を与えられて、私たちの本来の脳は知的生産ができるのであろうか。知的生産までAIに助けてもらうことになるとしたら・・・本来の脳の劣化を感じるようになった者としては、複雑な思いであるが、ますますスマホを手放すことができなくなる。何といっても、生命の次に大事な分身なのだから。
 

一般社団法人次世代基盤政策研究所(NFI)
新型コロナ感染症の蔓延をはじめ、激動する現代社会には、さまざまな問題が発生しています。 このNOTEでは、現代社会が直面している課題について、NFIのメンバーが、専門家の目でそれらのトピックについて書いた辛口のコメントを掲載いたします。