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トンレサップ湖 ── Singapore 17

 私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第17弾。

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カンボジアの中央部にトンレサップ湖というひょうたん型(現地ではバイオリン型という)の湖がある。あまり日本では知られていないようだが、東南アジア最大の湖であり、面積は乾季には2700平方㎢、日本一の琵琶湖の4倍ある。

今「乾季には」といったのは、雨季になると面積が急増し、1.1万㎢から1.6万㎢にもなり、水深も乾季の1m程度から9mにもなるという。雨季の数字は、その年この湖に流れ込む川の上流の降水量によるので、数字はさまざまであるが、いずれにせよ巨大な湖である。

ここには、水上生活者の大きな集落があり、それが今は観光地になっている。アンコールワットの町、シェムリアップから1時間弱の位置にあるので、私も行ってみた。

乾季だったので、泥水としかいいようのない水が流れる川の上流で観光船に乗り、川を下る。しばらく行くと水平線が霞んでみえるほどの巨大な湖に出る。川の途中から、水上生活者の家と思しき船がみられたが、湖に出ると、それらの船(家?)が多数、点在している。

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これらの船に住む人たちは、湖岸に近いところに住んでおり、雨季と乾季で湖岸が大きく変わるので、湖岸の変化に合わせて集落ごと移動する。そのために船で暮らしているとのことである。同様に水上で生活している人たちはブルネイにもいたが、ブルネイのWater Village は、水中の杭の上に家が建てられており、固定されていた。

湖の船で暮らしていて何を職業としているのかというと、主要な産業は、豊富なナマズやライギョなどの魚を捕る淡水漁業である。しかし、最近は、観光客が増え、彼らに土産物を売ったり、観光船を運航する観光産業にシフトする人たちが多くなってきたそうである。また、湖にはワニや蛇もおり、それらを見せたり、写真を撮らせて金を取る人たちもいる。

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観光船で集落を回り、そこで暮らす人たちの家や学校、警察、教会などの建物を見て回ったが、湖の水も泥水であり、それを炊事や洗濯のための生活用水として使っている。トイレもそのまま湖に流すので、上下水道が当たり前のわれわれからみると想像を絶する衛生状態の生活である。飲料水は、連れて行ってくれたガイドによると、もう少し水のきれいな沖の方から汲んでくるとのことであったが、沖の水質がそれほどよいとは到底思えない。

住居は水に浮かぶ船なので、もちろん電気も水道もガスもない。嵐が来ても、家さえ壊れなければ、ライフライン途絶の心配はない。家の多くは、一間か二間で、竹の支柱にトタンやバナナなどの葉を葺いただけなので、壊れてもすぐに復元できるのであろう。

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しかし、多くの家にはテレビがある。電気も引かれていないのに何を電源に、と思うが、電源は自動車用のバッテリーである。発電機を持ち、充電サービスをビジネスとしている船があった。人間の情報への欲求は、何よりも強い本能なのであろう。情報といえば、湖岸の遠くに高い鉄塔が見えた。これは携帯電話のアンテナのようである。携帯電話も、水道よりも欲しい生活用品なのであろう。

余計なお節介とは思うが、このような船で暮らす人たちは、これからどうあるべきか。同じアジアの国の国民として、文明国に住むわれわれは何をしてあげるべきか。健康のために何よりも衛生状態の改善が必要と思われる。それには、保健所・病院や衛生的な食べ物を売る商店も要るであろう。水上生活をやめ、陸に上がることを勧めたいが、何百年にもわたってこのような暮らしを続けた人たちが容易に生活スタイルを変えるか、疑問である。

まずは、病院等とともに、子供たちにしっかりとした教育を与えるための学校の設置等の支援をすべきではないかと思う。カンボジアに限らず、東南アジアの多くの国で、日本の援助でできたという学校をみたが、わが国の援助は、教員や教材等の教育システムをパッケージで援助するものではない。正確には、日本は「学校」ではなく「校舎」を援助しているにすぎない。こうしたハコモノ中心の援助のあり方も、見直していくべきである。  (2011年04月12日)