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多民族社会 ── Singapore 10

 私は、2011年1月から3月までシンガポールに滞在して、アジア、とくに東南アジアの社会と行政について観察し情報収集を行った。その作業はまだ途上であったが、3月11日の東日本大震災のために、その後の観察は断念せざるを得なかった。今、当時書き綴ったコラムを読み返して、今でも、多くの方に伝える価値があると思い、このNOTEに掲載することにした。その第10弾。

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シンガポールに来て1ヶ月余経ち、この国の社会にもかなり慣れたが、当初違和感をもったのは、この国には多数の民族、人種、宗教の人たちが一緒に暮らしていることである。

公式には、中国系が8割、マレー系、インド系がそれぞれ1割、それに欧米系その他といわれているが、国民および永住権を持っている者以外に常に多数の外国人が暮らしているため、比率以上にさまざまな人種、民族の人たちの存在を感じる。

多数派の中国系の人たちのみならず、マレー系、インド系の人たちも、自分たちの社会・文化、生活様式をしっかりと守ろうとしており、顔つきや肌の色はもちろん、服装も言語も実に多様である。多民族・多人種社会では、混血や文化の融合が起こり、新たな文化や人種が生まれることも珍しくない。もちろんそれらの民族人種間の融合もないことはないだろうが、この小さな国では、むしろそれぞれがしっかりと自分たちの社会を守りつつ、共存しているように思われる。

今では観光名所になっているが、アラブ系の人たちが住むアラブ街、リトル・インディア、そしてチャイナ・タウン等各民族の人たちが多数住む地域があり、そこではそれぞれの習慣・文化に従い、新年その他の個性ある行事も維持されている。とくに宗教はそれぞれの社会のよりどころであり、街のあちこちにお寺があるとともに、ヒンドゥーの寺院やモスク、それにキリスト教会がある。

こうした多民族社会は、統治する観点に立つと、いうまでもなく民族間のバランスを取り、特定の民族に不満が蓄積しないようにすることが重要である。シンガポールでは、そのため公営住宅の割り当てやその他のさまざまな権利の配分において、各民族にクォータを定め、バランスを図っているとのことである。2月はじめの、中国系の旧正月も公的な休日は2日とか。他の宗教の新年の祝日とのバランスを配慮していることによるそうである。たしかに、各宗教すべてに長い休暇を認めていたのでは、祝日が多くなりすぎるといえよう。

他方、人種や身分による差別はなく、実力のある者は人種にかかわらず出世できる実力主義も徹底している。この国には、富の大きさによって、階層が存在しており、それは日本の格差よりもはるかに大きい。とてつもない大金持ちもいれば、一般庶民もおり、その所得と資産の格差は非常に大きいのである。

シンガポールの移民政策については、改めて述べるつもりだが、この国では、ビジネスの成功者、高度の専門職業人等、国の発展に貢献しうる人材は優遇する。自国民はともかく外国人であっても優遇し、むしろ永住権を付与して長期的な貢献を期待する。他方、建設事業等には、南アジアの国からの労働者を低い賃金で使っている。要するに、人種・民族・宗教にかかわらず、国にとって役に立つ人材は優遇する反面、そうでない人たちへのケアは少なく、低賃金で調達できる労働力は海外から調達する、という非常に合理的な、見ようによっては非情な政策を貫いているのである。

将来的に人口減少、少子高齢化が進み、労働力、とりわけ介護労働力の不足が懸念される日本では、外国人労働者の受け入れが課題となっている。前向きに取り組むべきとは思うが、日本ではシンガポールのような割り切った移民政策を取り得るだろうか。(2011年02月21日)