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【創作短編】とかげとかげ


 長い髪をかきあげた、その下の、透けるほど白い、女の、肌の上に、毒々しく彫られた黒蜥蜴のイレズミが、網膜に焦げ付いてでもしまったかのように、あの夜以来おれのまわりには黒い蜥蜴の形をした影が、いつも付き纏っている……


 開いたnoteの画面[ページ]の上を。棚に詰まった本とCDの間を。鏡に映ったおれの背後の壁を。

 おれがどこか他所に気を取られている隙に、それはすぐそばを通り抜けていく。目を向ければもう、巧妙に何処かへ姿を隠し、探そうとするほど見つからない。が、気を抜くと、ほら、また。

 外出しようと上着を取ったら、そのポケットからすり抜けて素早く物陰へ入ってしまった。

 陰に入られたなら、もう見分ける事は不可能だ。何故なら、そいつは蜥蜴の形をしてはいるが、実体のない「影」なのだから。


 家を出る。良く晴れた日で、マンションの前庭には乾いた地面の上で本物のトカゲたちが日光浴をしている。おれが歩いて行くと、彼達は驚いて一斉に、最寄りの茂みの中へと逃げ込んだ。

 その本物のトカゲたちに紛れて、ひとつ不自然なほど真っ黒な影が、一緒に走り去って行くのをおれは見た。


 最終電車に乗っている。車窓には都会の、変わり映えしない眩い夜景が延々と映し出されている。ぼんやりそれを眺めていると、ちらちら輝く窓のガラスの、おれの正面の一部分だけが、決して光に透かされない。良く見ればそれが蜥蜴の形をしている事は、どうやらおれが酒に酔ったせいではないらしい。


 誰か他人と話をしている。そいつの後ろをさっと横切って、影は通りすがりの女の鞄へすべり込む。我知らず女の後姿を目で追っていると、勘違いした友人に、からかわれるのはいつもの事だ。


 また別の日、今度は車に乗っている。雨の午後。女を送り届けたあとで、その残り香の充ちた車内で、おれはしばらく運転席に佇んでいる。

 煙草に火を点け、雨の音を聴く。ダッシュボードには、フロントガラスに付着した雨の雫が映っており、大小さまざまの透明な水玉が、モノクロに、不安定に描き出されている。

 雨滴は筋となって流れ落ち、ひとつは別のひとつと繋がって、歪に輪郭をゆがませる。それがおもしろくて眺めていた。いつまでも流れ落ちてしまわない水滴があった。それは塊となってまた新たな雨粒を呼んでは、互いに結合しあい、いつしか蜥蜴の形になっている。

 おれは影から目を転じてフロントガラスを見た。蜥蜴の形をしていたそれはさっと流れ去って、後には淋しい雨の裏通りが、ガラスの向こうに見えている。…………


××××××××××××


 こうして蜥蜴はいつでもどこでも、おれのいる場所へ現れた。そして徐々に大胆になっていった。おれに捕まる心配が無いと解ると、いっそう所構わず、いっそうすぐ近くまで寄ってきて、そして、…………そこで何をしているのか?

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