日本の夏、大食いの夏

これは大食いに挑戦した一人の男の物語だ。

注意
この記事はフィクションです。
この男はホットドッグを一口食べて全部残します。

我々の取材に緊張した面持ちの河田氏

男の名前は河田直樹(28)
我々はこの男から大食いに挑戦するから取材をしてほしいとの依頼を受けた。聞けば、大食いに挑戦するのは初めてだという。我々はこの男に取材する価値があるか、喫茶店で一度会ってみることにした。

———今日は来ていただいてありがとうございます。
ぼくの方こそ取材してほしいなんて依頼を受けてもらってありがとうね。
いや、少しびっくりしていたんだよね。本当に取材してもらえるのかなって。

———いえ、まだ正式に取材すると決めた訳では。
そっか、急にこんな実績も何もない素人が、大食いの大会に出るから取材してほしいって言っても困るよね。

———なので、少しお話しを聞かせていただけたらと。
なるほどね。全然なんでも聞いちゃってよ。

———なぜ今回大食いにチャレンジを?
昔から強みですって言えるものがなかったんだよね。それ彼女にポロッとなんかの拍子に喋ったら、「人にはみんな何かしら才能があるんだよ」って言われてね。

———その才能が大食いだと?
変な話なんだけどさ、その才能があるよって言われた瞬間にさ、急にね、自分には100年に1人の大食いの才能が眠ってるって。そう思って。

———なるほど?
あっ、こいつ変な奴かもって思ってるでしょ?

———そんなことは…
まぁ確かに自分でも変な話をしてるなぁって思うからいいんだ。

———それで何故、取材を依頼されたのですか?
今まで何にも才能がないと思ってた大食い素人の男が大会に優勝するんだからさ。誰かに取材してもらわないと、もったいないじゃない?

緊張がほぐれてきた河田氏

———なるほど
あのさ、こういった会話だけして取材するか決めてっていうのもあれだしさ。よければトレーニングしてるところも見にこない?

———いいんですか?
うん、そういった部分込みでどれだけぼくが熱を込めてるのかってわかってもらえたら嬉しいしね。

我々は彼という人物をより知るために、彼のトレーニングに同行させてもらうことにした。指定された公園で待機しているとランニングしながら河田氏がやってきた。

ランニングで公園にやってきた河田氏

———トレーニングにお邪魔させていただいて、ありがとうございます。
いや、いいんだ。こういうトレーニングもしっかりとみてもらうかなって。

———どんなメニューに取り組まれているのでしょうか?
まずはメンタルを鍛えるトレーニングを最初に行うんだ。

———メンタルを鍛える?
そう。ホットドッグ大食いって何との戦いだと思う?

息を整える河田氏

———自分でしょうか?
確かにそういう考えもあるよね。あとは、まわりとの戦いだっていう人もいるかな。でもね、ぼくの考えは少し違うんだ。ぼくの戦うべき相手は自分でも、周りでもない。「ホットドッグ」だってね。

———戦う相手は「ホットドッグ」ですか?
うん、だからぼくはこのトレーニングでホットドッグに負けるかって対抗心を燃やすんだ。そうするとこの後の筋トレにも力が入るしね。

ホットドッグのフリー素材を睨みつける河田氏
ホットドッグのフリー素材にメンチを切る河田氏

———これは精神統一の意味合いもあるんですね。
これのおかげで、次の筋トレで自分の限界を超えられるんだ。

そういいながら、河田氏はトレーニングチューブを取り出し、次のトレーニングの準備に取りかかった。

外れないよう入念に結ぶ河田氏

こうやって使うんだよ

軽く動きを見せてくれる河田氏

———これは何をしてるところなんでしょうか?
これでね、腕の筋肉を鍛えるんだ。ホットドッグを口に持っていくための筋肉があるのとないのとじゃあ大違いだと思うんだ。

———普通は噛む筋肉を鍛えるイメージがありますよね?
そうだね。ぼくもそれは大切だとは思うけど。食べるってさ。口だけですることじゃないんじゃないかな。食事は全身でって考えてるから、こういったトレーニングも欠かせないんだ。

これをね

こうやるんだ

河田氏はこのトレーニングを1セット100回で3セット繰り返す。
最後のほうは常に二の腕が痙攣しており、それだけつらいトレーニングなのだということが我々にも伝わった。

これを、

こう!

3セットを終え、疲労困憊の河田氏

3セット終えた河田氏の気迫に我々はすぐに質問をすことができなかった。
———大丈夫ですか?
ごめんね。今年は特に暑くていつも以上にトレーニングがキツく感じるよ。

———どれぐらいの期間、こんなきついトレーニングをされているのですか?
そうだね、約3年になるかな。平日は会社が終わってからトレーニングしてるんだよ。

———3年もですか?
やっぱり才能だけじゃダメなんだよ。ぼくには人より大きな才能があるからさ、その分、それに見合った努力しないと、嘘になっちゃうからね。

我々は彼のことを侮っていたことをようやく理解した。彼に本当に大食いの才能があるかはわからない。けれどもこれだけの熱量を見せられたのだ。この男は大会できっと成し遂げるに違いない。ジャーナリストとしてその瞬間を見逃すわけにはいかない。

体が冷える前に今度は顎の力を鍛えるトレーニングにうつるといい、別のチューブを取り出した。

———今度はどんなトレーニングを?
次は一番大切な噛む力を鍛えるトレーニングだね。
ちょっと待っててね。

この状態で口を開くんだ

こう!

こう!

咽び鳴く獣のようだと取材に同行したカメラマンが言った。

彼はこのトレーニングも1セット100回とし3セット行った。
終了後すぐに我々は、彼に是非とも取材させてほしいと相談した。
———是非とも河田さんの挑戦を取材させてください。
いいの?

———熱のこもったトレーニングを見させていただいたきましたから。
ありがとうね。それじゃ、しっかりとしたのは予選当日から始めようか。そのときの興奮から伝説を始めていきたいしね。

その日、トレーニングを終えた河田氏は再びランニングで公園を後にした。

予選当日に再会する約束し、立ち去る河田氏

我々は帰社してすぐに編集長に特集ページを組むよう直談判し、次月号に30ページの確約を取り付けた。予選には我々は伝説の目撃者になるのだと考えると心が震える。1ヶ月後の予選が今から楽しみであった。


予選当日

予選当日の空
余裕の笑みを浮かべる河田氏

———予選当日ですが、いかがですか?
不思議なくらいに緊張していないんだよね。今までやってきたことが絶対に実るってわかってるからなのかな?

———ということは?
うん。実際に量を食べるっていうトレーニングはしてないから、どれくらい食べられるかはわからないだけど、始まるんじゃないかな、伝説が。

———予想でいいのでどれくらい食べられそうですか?
そうだなぁ。最初の10分で90個は食べられるんじゃあないかな。

我々は驚いた。それはホットドッグの世界大会10分間76個を大幅に上回る量であった。普通はそんなことを言えば笑い話になるのであろうが、この男はそれを成し遂げそうな雰囲気をまとっていた。
———それでは、また後で
うん、しっかりとカメラにおさめてね 笑

始まる直前、リラックス状態の河田氏

予選が始まる直前、各選手は緊張した面持ちで目の前のホットドッグを見つめていたが、河田氏だけは違った。観客席で見ていた我々を素早く見つけ、軽くこちらに手を振る。

会場に張り詰めた空気が充満する。
全員が開始の合図にいち早く体を合わせようと耳を澄ませていた。






始め!!!

掛け声と共にピストルの空砲が響いた。

いただきます

んぐっ

うん、うん

うん

あぁ〜

うん

ごく、ごく

ふぅ

いやぁ

あんま

ちがうかな

こっちもさ

大丈夫だから

ごく、

ごく、ごく

ふぅ〜

はい

ごちそうさまでした

〜完〜


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