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神さまはぼくたちにクレヨンをくれた

生まれる前、神さまはぼくたちにクレヨンをくれた。
箱に入った12色のクレヨンだ。
「生まれたら、このクレヨンで絵を描いてください」
神さまはぼくたちに言った。

生まれて最初に入った教室には、たくさんの生徒と厳しい先生がいた。
先生はぼくたちに言った。
「神さまからもらったクレヨンで、画用紙に絵を描いてください。お手本はこの絵です」

お手本には太陽と空とブランコと花が描いてあった。12色ぜんぶの色が使われている。

ぼくたちは言われたとおり、お手本と同じ絵を描こうとしたけれど、お手本とまったく同じ絵は、ぼくは描けなかった。
お手本の太陽は赤いけれど、ぼくは赤いクレヨンをもらってない。
代わりに、オレンジのクレヨンが入っていた。
となりの子は、緑のクレヨンがなくて深緑のクレヨンが入っていた。
茶色のクレヨンがなくて、黄土色のクレヨンが入っていたり、青のクレヨンがなくて、エメラルドグリーンのクレヨンが入っている子もいた。色は似ているけれど、少し違う色だ。
みんなクレヨンを12本持っていたけれどお手本とまったく同じ12色を持っている子はほとんどいなくて、1本2本の色違いは当たり前、中には5本も6本もお手本と色が違う子もいた。

ぼくは太陽をオレンジのクレヨンで描いて先生に出した。
そしたら、先生はぼくをじろりとにらんで、言った。
「どうして太陽が赤くないのですか。ちゃんと赤いクレヨンで描きなさい」
「でも、ぼくは赤いクレヨンをもらってないんです」
「そんなわけありません。神さまはみなさん全員に、全部同じ12色のクレヨンをくださっています。嘘はいけません」
「嘘じゃありません」
「いいえ、あなたは嘘つきです!」
先生はそう言ってぼくを怒った。
「ちゃんと、正しい絵を描きなさい」
先生は目を三角にしてぼくを返した。
ぼくの次に先生に出した子は、青い空を水色で塗っていて、やっぱり嘘つきと怒られて返された。
先生はみんな同じ12色クレヨンを配られているんだから、全員同じ絵が描けなくちゃおかしいんだ、と言って、お手本と同じ絵を描けない子を怒った。
みんな同じ12色のクレヨンなんてもらってないのに、むちゃくちゃだ。
でも先生はそれに気付いていない。
だからお手本と同じ絵を描けない子は、本当は描けるのにわざと描かない悪い子だ、と怒る。
ぼくたちはつらい。
絵を描くのが楽しくない。
だんだん、絵を描く子は少なくなっていった。
途中でクレヨンを放り出して遊びだしたり、画用紙を破る子もいた。
ぼくも画用紙を破ろうかと思ったけど、その時、教室の後ろにドアがあることに気付いた。
ぼくはクレヨンと絵を描いた画用紙を持ってそのドアを開けた。

そこは別の教室だった。
別のにこにこした先生がいて、前と同じようにたくさんの生徒がいたけれど、遊んでいる子はひとりもいなかった。
みんな楽しそうに、画用紙に絵を描いている。

ぼくはそこにいた先生に、ぼくの絵を見せた。
先生はにっこり笑った。
「きれいなオレンジの太陽ですね。空と、ブランコと、お花も上手に描けています。でも、お手本と同じものしか描いてありませんね。ほかに描きたいものはないんですか?」
ぼくはびっくりした。
「お手本と同じに描かなくていいんですか?」
先生は不思議そうな顔をした。
「お手本はあくまでもお手本で、そっくり同じに描かなくていいんですよ。そもそも、みんなもらっているクレヨンの色がそれぞれ違うのに、まったく同じ絵は描けないでしょう?」
先生は教室を見回して、
「あの子はブランコじゃなくてすべり台とシーソーを描きました。空に飛行機を飛ばした子もいます。空に太陽じゃなく星を描いて夜空にした子もいますし、お手本と全然違う、ジャングルや湖を描いた子もいます」
先生はぼくの目を見て、やさしく笑った。
「神さまは絵を描いてくださいとは言ったけど、お手本どおりの絵を描けとは言ってないでしょう?」
先生はそれから、少し真剣な目になって、ぼくの瞳をのぞきこんだ。
「でも、お願いです」
先生の顔は、なんだか少し悲しそう。
「絵を描くことを途中で辞めたり、画用紙を破ったりしないで。絵を最後まで描いて、完成させてくださいね」
ぼくは頷いた。
なんでも描いていいんなら、描きたいものはいっぱいある。
こちらの教室では、楽しく過ごせそうだ。

2022.1.5初稿
2022.1.6改稿

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