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中国人には敵わない

 「あれ、乗るのかな……」。口元にマイクを付けたドライバーの声が聞こえてきた。先月、富士山の麓にある山梨の忍野村から、静岡の御殿場に向かう路線バスに乗っていると、数十メートル先のバス停に女性が2人、乗るにしてはバス停から離れた中途半端な場所に立っていた。

 ドライバーは一応バスを停めて、昇り口である後ろのドアではなく、下り口の前のドアを開けた。それに合わせて女性の1人が上がってくる。中国人旅行者だ。声は聞こえなかったが、バスに乗る様子ではない。ここはどこかというような質問をしているらしい。

 「や・ま・な・か・こ・い・り・ぐ・ち(山中湖入り口)、分かる?」

 ドライバーがゆっくり喋る声がマイクを通して聞こえてくる。昔から日本人の観光客で賑わう地域だが、外国人がわんさかやって来たのは最近。中年のドライバーが英語を話せないのは当然で、それでも頑張って意思疎通を試みている。質問している中国人だって、声は聞こえてこないが日本語や英語を話している感じではない。ドライバーは手元にある地図を引っ張り出してきて、

「ここ、ここね」

と指差している。中国人、礼を述べる素振りを見せて下りていった。その間、1分ほど。見渡す限り、不満そうな顔を見せる乗客はいなかった。

 道を聞きたいがために走っている路線バスを停めるなんて、中国人も大したもので、日本人が中国に行って同じことをできるかどうか。分からないでオロオロするだけだったら、誰でもいいから聞いてしまえばいい。

その日の忍野八海。


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