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名盤はいつまでも名盤? 書き換えられ続けるジャズ史 by 柳樂光隆

僕はここ20年ほど、ジャズを中心に音楽を聴いている。それなりの期間、それなりの量を聴いてきた中で、その音楽の価値や意味については度々考える。価値は普遍なのか、その価値は揺らがないのか、つまり、名盤はいつまでも名盤なのかのようなこと、についてだ。

ジャズという音楽に関して言えば、ジャズ史における偉大な巨人がいて、彼らが作った絶対的な名盤があり、それに沿って聴かれているというイメージを持つ人も多い。つまりルイ・アームストロングがいて、チャーリー・パーカーがいて、マイルス・デイビスがいて、ジョン・コルトレーンがいて、というような文脈に沿って聴かれていて、その後に出てきたジャズもその価値体系に従って評価されて行く、というようなイメージだ。

日本ではこれまでにおびただしい数のジャズに関する本が出版されていて、ジャズ史を扱ったものもあれば、ディスクガイドもあり、どれも膨大だ。ただ、膨大なテキストが書かれているにもかかわらず、ほとんどの本が同じような評価軸で書かれていると言っていいだろう。

ジャズ専門誌スイングジャーナルとそこで中心的な役割を果たしたジャズ評論家の油井正一によって育まれたジャズ史観とでも言うべきか。今でもたいていのジャズ本はこれに沿っていて、そこに疑問を持つものは少ない。ただ、これが成立していたのは、その歴史観や評論だけが流通していたマーケットが成立していたからだろう。要は日本のジャズ市場に関してはスイングジャーナルの影響力がそれほどまでに大きかった、ということもである。2010年に休刊するまで、少なくとも20世紀の間はそれなりの影響力を持っていたと思う。

その間にもそんなジャズ史観や価値観を揺るがす出来事は日本のジャズマーケットの外では起きていた。UKのジャズ・ダンス・ムーブメントやレアグルーヴ、そしてヒップホップにおけるサンプリングソースなど、DJが過去の音源を「踊れる」もしくは「サンプリングの素材として使える」といった価値観だけで選び、新たなヒエラルキーを作っていった。そこでは従来の評価軸や歴史的価値は無視されていたし、むしろこれまでに価値がなかったものの中から「踊れる」もしくは「サンプリングの素材として使える」ものを見つけてくるということにこそ価値が置かれていた。とはいえ、このムーブメントは多少の爪痕を残したもののジャズ史を書き換えるほどのものにはならなかった。あくまでも別ジャンルからのカウンター的なものであり、ジャズ評論そのものには一切介入しなかったというのもあるだろう。

ただ、ウェルドン・アーヴィンやロイ・エアーズのようなこれまでに埋もれていたアーティストに目を向けさせたし、このムーブメントが日本での既存のジャズ史への懐疑を芽生えさせるきっかけにもなった。とはいえ、日本ではここまでの変革に留まっていた、とも言える。

ただ、アメリカにおいてジャズ史は全く異なる状況に置かれている。なにせアメリカではジャズ史は常に書き換えられているからだ。アーティストの価値や評価も日々書き替えられている。大学などで学術的に日々研究されていて、その研究は音大の授業にも反映されるし、それはそこで学ぶ学生に伝えられ、彼らがミュージシャンになった際にはその音楽にも少なからず影響を与える。そういったことが積み重なり歴史は書き換えられていく。

例えば 、名サックス奏者のジョージ・ガゾーンがバークリー音大で講師を務め、そこで彼から学んだ生徒たちが新たな表現方法を駆使して、新たなジャズを生み出したことはジャズシーンでよく知られている。その中の筆頭が現代ジャズを代表するサックス奏者のマーク・ターナー。彼が得意とするアルティッシモと呼ばれるサックスの高音域を駆使した演奏や、レガートと呼ばれる音の移行をスムースにする演奏は、彼の登場以後のジャズサックスに大きな変化をもたらしたが、そこにはジョージ・ガゾーンのレッスンを受けていたことも大きく影響している。そして、アルティッシモやレガートなど、マーク・ターナーの中にあるガゾーンの指導の延長にあったテクニックをさかのぼるとジョー・ヘンダーソンやウォーン・マーシュやポール・デスモントといったジャズ史の中では傍流と思われていたサックス奏者が浮かび上がってくる。こういったことが歴史が書き換えるのだ。新しく生まれた音楽が過去の音楽の意味を書き換えるのだ。同じことはピアノでも起きていてフレッド・ハーシュやジャキ・バイアードの指導を受けたブラッド・メルドーやジェイソン・モランはジャズピアノの歴史を書き換えるような作品を生み出している。あらゆる局面で教育と新たな音楽が歴史を書き替えている。

また歴史が書き換わるケースは他にもある。それは社会的な要請や時代性に伴う書き換えだ。近年、アメリカのジャズではメアリー・ルー・ウィリアムスという女性ピアニストの評価がうなぎのぼりだ。そこにはいくつかの理由がある。一つは2013年に始まったアメリカでのアフロアメリカンへの人種差別の抗議に端を発する社会運動Black Lives Matter以降のアフロアメリカンによる音楽の流れ。ヒップホップやR&Bがゴスペルに光を当て始めた時に浮かび上がってきたのがゴスペルとジャズの融合を試みていた彼女の音楽だった。もう一つはフェミニズムの流れ。アフロアメリカンで、しかも女性のピアニストが極めて男性率の高いジャズの世界で活動していたことの意味が見直されている。そして、もう一つあげるとすれば、教育者としての役割。長い間、若い世代にジャズを教えてきた彼女の社会への貢献度への評価が高まっているという側面もある。それに伴い彼女の作品も再評価が進み。『アンデスの黒いキリスト』などの作品はジャズだけでなく、ピッチフォークのようなメディアなど、様々な場所で目にするようになった。

そうやって、アメリカでは日々ジャズ史は更新されていて、過去の評価は書き換えられている。それは評論家や研究者だけでなく、音楽家も含めたシーン全体のうねりの中で行われている。そして、それはジャズ・シーンを活性化させる原動力でもある。

近年、度々耳にする言葉がある。「ジャズを生んだ場所のニューオーリンズはアメリカの南部ではなくて、カリブの北部だ。」との言葉を僕は何度も取材中に聞いた。アメリカのジャズ史の中でのカリビアンたちの貢献度の高さを再検証していく動きが進んだ結果、近年こういった言説が常識になり、それがまた歴史を再編している状況がある。ソニー・ロリンズやディジー・ガレスピーがラテンに取り組んだ20世紀の作品の意味が変わってくるだろうし、その動きは、教育を変え、新たな世代のジャズミュージシャン達の作品の中に反映されている。パナマ人ピアニストのダニーロ・ペレスのジャズ界における存在感が日に日に大きくなっていることはその証明でもある。

インターネット以降、国内では日本だけで流通していたスイングジャーナル的な20世紀のジャズ史観が崩れ始めている。アメリカの批評やアーティストの言葉が入ってくるようになり、今の社会や音楽の状況に即した歴史をタイムラグなしに読めるようになったのもあるだろう。それに伴ってガラパゴスだった日本のジャズ批評も変わりつつある。ようやく新たな価値観や歴史観のジャズ本も出始めた。2010年代、日本において、変わり続ける、書き換えられ続けるジャズ史が、ようやく始まったのだ。

柳樂 光隆(Nagira Mitsutaka)
ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。1979年島根県出雲生まれ。現在進行形のジャズ・ガイド・ブック『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋・村井康司との『100年のジャズを聴く』など。雑誌、新聞、ライナーノーツなどへの寄稿、コンピレーションCDの選曲など多数。


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