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もしフットボールが∫|ψ(x)|2dx=1で表されたら(試論)

短編「メッシかマラドーナか」の作中議論のベースになったのが下記雑文である。
筆者の妄想はここから始まった….
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もしフットボールが∫|ψ(x)|2dx=1で表されたら(試論)

序論
本稿は「フットボールが数式∫|ψ(x)|2dx=1で表される」と仮定した場合の思考実験である。

宇宙を数式で表す物理学のように、もしフットボール・ゲームを数式で表すことができたら、グラフ化(可視化)することによりフットボールの理解も容易になり、フットボールにおける新しい視点を獲得することができるかもしれない。また、従来定義できなかった戦術用語を定量的に定義できるかもしれない。

定式化のための最初の一歩は、オランダにおけるサッカーの定義から始めよう。
オランダでは、「サッカーとは、1つのボール、2つのゴール、2つのチーム、フィールド、相対する方向、ルール」を持つ「ゲーム」であり、、「ゲームの目的は相手よりも1点でも多く得点して勝つこと」と定義している。(出典:雑誌「footballista」2016年4月号所収 特集 戦術パラダイムシフトより引用。原典:Bert Van Lingen「hetjeugdvoetballeerproces」」)

つまりサッカーをゲームとして定義し、「得点」して「勝つ」ことと定義している。では得点することとは何のことか。ボールを相手ゴールに納めることである。言い換えれば、ゲームの最終目的は「ボールを相手ゴールに運ぶこと」に尽きる。ゲーム開始時はボールはセンターラインの真ん中に置かれ、最後はボールは2つあるゴールのどちらかに収まる。このサイクルが90分という試合時間のなかで繰り返されるゲームがフットボールである。

次に、1サイクルのなかでボールの動きを考えてみる。2つのチームをそれぞれA,Bとする。Aチームの視点で考えると、まず相手ゴールを目指し、ボールをドリブルかパスで前に、つまり相手ゴールに少しでも近づく場所に運ぶ。動機は、ボールを相手ゴールに置く確率が少しでも高くなるようにするためであるし、高い確率がどこの場所(サイドや相手ゴール前のスペース)にあるか経験的に知っているから。対してBチームは守備の布陣をひき、Aチームの動きを防ぐとともにAチームからボールを奪い、逆にAチームのゴールに殺到することに全力を尽くす。この間のボールの軌跡は一定ではない。ボールはA,B両チームの相手ゴールに向かう強度のなかでアトランダムに動いていくように見える。

仮説:ボールの位置の確率

このボールの位置を確率から考えてみよう。
- 選手はボールをどこに運ぶか。
- 少しでもよいポジション、得点の確率が高い場所、選手を選ぶ。
- ボールは常に確率の低い場所から高い場所を目指す。
- ボールには人が寄るから密集が生まれ、ボールは前に進めなくなり、同じ場所であっても時間が経つと確率は低くなる。
- 人の多いところは確率が低い。
- 人が集まれば集まるほど確率は低くなるなか、これを突破してボールをスペースに運べば一気に確率は高くなる。

つまりボールの軌跡は、AチームとBチームの強度と軋轢が生む確率平面の場を進んでいるのではないか。ボールの位置を確率的にとらえる。これを、電子の位置を確率的にとらえる「量子力学の波動関数」のアナロジーとして考える。

量子力学の波動関数では、以下数式で電子の位置を確率的に表す。

|ψ(x)|2

(x)は時間を表し、ψは時間とともに変わる電子の位置を確率的に表すための関数であり、複素数の2乗から算出される。この式を積分すれば、すべての位置の確率の総計になるため、おのずと1となる。

∫|ψ(x)|2dx=1

この式をサッカーのボールの軌跡を記述するアナロジーであると仮説を立てると、以下のように考えることができる。

- この式はボールの位置を確率的に記述している。
- ある時刻tでボールがフィールドの位置rでの領域dr(=dxdydz)に存在する確率がであることを示している。
- それをフィールド全体の空間で積分すると確率の総和は1になる。つまりボールは常にフィールドのどこかに位置していることを意味している。(実際は、ボールがコート外に出る場合もあるのでおのずと本式の境界条件も定まるが、それはまた後述する)。

ψはゲームをしている2チームのそれぞれの、ボールを前に運ぶ推進力およびそれを阻む守備力、つまり実体として定量化できない「インテンシティ」を意味する。電子の場合の、「実体のない複素数」と同じである。この両チームのインテンシティであるψを2乗することによって式が表される。

■ 波動関数の境界条件と近似

ψが波動関数ならば、ψは連続関数でなければならない。波動関数は不連続では、通常の波動関数の満たすべき境界条件を満たさないからである。では、ボールの軌跡を波動と考えた場合、それは連続の動きと言い切れるだろうか。答えは否、である。

よくよくサッカーを観戦すれば、ボールの動きが止まる、つまりはプレー自体が止まることが印象以上に頻発していることがわかる。ボールの停止=プレーの停止のケースは、ボールアウト、ファール、レフリーボール、GKキャッチであるが、試みに最近の試合におけるプレイタイムを調べてみた。

サンプルは、2017年12月の、プレミアリーグからマンチェスターU/マンチェスターC戦とイタリアセリエAからナポリ/ユベントス戦である。

table1


先行研究 注)を踏まえ、ボールがプレーオンのサイクルをシーンと名付ける。
注)「統計物理の眼で見るサッカー」成塚拓真、山崎義弘(日本物理学会誌 Vol.72 No10, 2017)

table1からわかることは、1つの試合でシーンは100前後に分割され、1シーンは長くても2,3分ということである。シーンが関数を求める単位であるとすれば、自ずとフォーカスすべきシーンは特定されよう。

table1で調べた試合のシーンを抽出して、グラフを試みる。

縦軸を確率、横軸を時間としたいところだが、確率の定量化は困難なので、ゴールからの距離≒確率の近似とする。センターラインを確率ゼロとし、ボールの位置が相手ゴールに近ければ+方向に、自陣ゴールに近ければ-方向にプロットしてみる。各頂点は選手のタッチ数である。

このグラフを波動関数のグラフに近似してみる。このグラフが本論考で定式化を試みた関数ψを可視化したものである。

■ 期待される可視化

実際のゲームから数字を抽出しグラフ化する前に、可視化できると予測されるグラフをイメージしてみたのが、図:イメージ1 である。(関数は仮定で入力。あくまでイメージである。)

イメージ1

前提条件:- パススピードが常に一定。
     -1シーンにおける関数のグラフ (ゲームの開始から終了まで、ではない)
波の軌跡 :ボールの軌跡
波の波長 :ボールを前(あるいは後ろ)に運ぶ行為(攻撃)の繰り返し。波の振幅 :ボールを前(あるいは後ろ)に運ぶ距離。

もしグラフがイメージ通りであれば、以下が読み取れるのではないか。

1)トランジション
現代サッカーの重要なキーワードのひとつである。攻撃から守備へ、守備から攻撃へ転じる転回点は、波の頂点で表される。
 ・ポジティブ(攻撃に転じる)点は、山の頂点。
 ・ネガティブ(守備に転じる)点は、谷の頂点。

攻守が転じた後に短時間で対応ができたら、波の谷はすぐに頂点となり、守攻が入れ替わる。これを繰り返すことは、波が小刻みに生まれる=波の振幅や波長は短くなる。位相を短くすることが、ゴールへの早道となる。

波の波長を短くする具体的な手法としてはショートカウンターがあげられる。
トランジションの項で述べたが、攻撃から守備に変わるネガティブトランジションの後、すぐに相手からボールを取り返すことができれば、攻撃も連続的に行うことができ、ゴールに近い位置から攻撃を開始することもでき、有効である。
ペップ=グアルディオラの言う「5秒ルール=ボールを取られたら取り返すまでの目標値)の設定」の可視化の裏付けである。

イメージ2

時間軸からサッカーをみることは重要で、日本ではよく「タメをつくるプレイ=FWを走らせる、最適な配置につかせるための時間を稼ぐ」がよく言われるが、相手チームに最適な配置をつくる時間を与えない、相手チームから「時間を盗む」プレイを意識することも重要である。個人がダイレクトでパスするダイレクトプレー、オートマティックな連携から生まれるコンビネーションプレーなどが挙げられよう。

2)ポゼッション

短時間で得点するには、1シーンの時間軸を短くすることを意味する。そのためには、波の位置をY軸のプラス方向(上方向)に持っていけば良い。積分は常に1なので、X軸を短くすればおのずと波を上に持っていくことになる。常に得点する確率の高い場所=相手ゴールに近い場所にボールを運ぶことが最良の策となる。

方法は、よく知られているように、ボールは常に高い位置(相手ゴールに近い位置)でボールをキープすることである。ポゼッションは高い位置でないとゴールに結びつかない、低い位置でポゼッションしてもゴールする確率は低いまま時間が過ぎていく、ということが可視化される。

イメージ3

3)オープンな攻撃

波動関数としてゲームを見ると、解説者の用語を定義できる。

一例として「 オープンな展開」を挙げよう。疲れによって、前線と守備陣の距離が長くなり、パスの展開が長くなる状態、つまりは 波動がシンプルに反復している状態を指すといえよう。

両チームのインテンシティは弱くなるため、波の振幅、波長は長くなる。

イメージ4

■可視化できない項目、定量化できない項目

1)チームのプレイモデル

波動関数は多項式に分解できる。つまり波は足し算ができる。Aチームの波動関数とBチームの波動関数のたし算の結果、波動関数は決定される。

だが、この関数は試合ごとに決まる。
グラフの曲線はボールのゴール確率を表すが、この確率はAチームとBチームの軋轢によって生まれたボールの軌跡であることを忘れてはならない。
そしてこの関数から、各A,Bチームへの個々の波動関数に分けられる指標はない。

2)個人技
波動関数の因数分解ができれば、個々の選手の関数が導出できるかもしれない、ひいては個人の選手の定量評価ができるかもしれない。メッシが上か、ロナウドが上か?あるいは時を超えてメッシが上か、マラドーナが上か、というファンが何度も試みている永遠の問いに答えがだせるかもしれない、という期待があったからでる。

試みたがうまくいかない。そこでグラフをよりミクロにみてみることも考える。

- グラフの頂点(=タッチ数)をミクロに見る。
- 個人のタッチ=個人の関数の集合体をチームの関数と見なす。
このときθを急激に上げる一連のプレイを個人のバリューと考える。
あるいは、グラフのなかからルーティーンパターンとでも呼べる、ゴールへの方程式が読み取れるか。今後の課題である。

■ケーススタディ
今後はケーススタディを通じてゲームの棋譜を集め、本論考の是非を問うていくものである。

■試論の結論
本論考の目的は、数式を仮定し、サッカーの見方をもう一度見直し、新たな進化へのヒントを得ることにある。本数式を導出するための数値データやロジックが不十分であることは承知している。今後、ケーススタディ、サンプル数を継続収集は不可欠である。

だが、さらにその上で本論を進めていくなかで決定的な課題が明確になった。

- オフザボールの動ききの分析ができていない、
 ボールに絡まない、すべての要素(選手の配置、動き、集散。さらにその陰画であるスペースの在り方)を分析できない、

- 結果として、最先端の「ポジショナルサッカー」に続く理論的な導出、道筋をカバーできない。

- GKを評価できない、(GKは仮定した関数式の特異点にあたるため)
ボールばかりを追って選手の動きをみないものは競技初心者、観戦初心者によくみられる傾向である。

ゴール確率から求めたボールの軌跡を追う作業は、結果的に「ボールの一筆書き」の分析に終始し、冒頭の初心者の見方を徹底させただけになってしまったかもしれない。ボールばかり追ってはいけないというのはプレーヤーにも観客にもあてはまる最初の作法。
しかし、ボールの波動関数は

- 両チームの、ボールを運ぶインテンシティとそれを阻もうとする逆のインテンシティのせめぎあい、2つの波の合算で生まれるもの。これは囲碁や将棋と同じ。棋譜の美しさを生むのは対局者次第。相手あってこそ美しいフットボールが生まれる。

- チームの波は個々人の波の総体である、という認識。あるいは「フットボールのゲーム自体がそうした個々の波の集積の織物、重層的な構造をもつ成果物」という認識は重要であろう。

- さらに言えば、観客がチームに与えるものも無視し得ない。そのすべての集積がフットボールの試合に結実される。

本稿で述べたこと、指摘したことは、それら自明のことを、ひとつの数式から導出されることを示したにすぎないのかもしれない。

しかしながら、一番決定的(致命的)なことは、冒頭で掲げた数式は、関数ψを、波動関数として満足させるための条件式であって、本論考で突き詰めるべきはψで表現される関数そのもののなのである。つまり、本論考は単なる条件式をもってサッカーの本質の周辺をうろうろしているだけで、本質的な記述をするはずのψ関数に行き着いていない、ということなのだ。

タイトルに「試論」と銘打った由縁である。
いくつかの瑕疵があることは充分承知している。

それでも冒頭の数式が有用であると奇特にも理解を示していただける読者諸氏はお気づきのことであろうが、本論考で仮定した冒頭の数式の適用は、サッカーに限定されない。ボールをある場所に収めるため複数のチームが競争するゲーム、例えばラグビー、バスケットボール、ハンドボール、バレーボールにも適用可能のはずである。

読者諸氏のご意見、ご批判、ご教示をいただけたら筆者としては望外の幸せである。

(了)


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