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武満徹…この曲から聴いてみよう!〜初めての方へおすすめの作品

新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。指揮者の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は2024年1月定期演奏会で取り上げられた《系図》の作曲家であり、新日本フィルでもこれまで多くの作品が演奏されてきた武満徹のおはなし。一般的には少し苦手意識や抵抗感があるかもしれない「現代音楽」の作曲家、武満徹のオススメの作品を、親しみやすい楽曲から紹介しています。きっとみなさんにも武満徹の音楽を楽しんでもらえるはずです。

武満徹…タケミツトオルと読む。この人は日本の現代クラシック音楽を代表する作曲家だ。海外でも高く評価され、海外の作曲賞を数多く受賞し、また世界各地のオーケストラや音楽家が彼の作品を委嘱した。とにかくスゴイ人…それが僕の武満徹の印象だった。

武満徹

その名を知ったのは、中学生の頃だった。クラシック音楽や指揮者に興味を持っている僕に気づき、担任であり、音楽教師、また合唱指導者として合唱部を全国大会に何度も導いていた先生が僕に貸してくれた雑誌「音楽の友」12月号。メイン特集は「カラヤンと指揮者の世界」。指揮者に関する情報が満載の特集で、表紙はヴァイオリニストの千住真理子さんだった。美麗な千住さんの写真とともに、その記憶は今でも鮮明だ。

その中に、現代音楽の演奏会のレビューが掲載されていて、そこに小編成の楽団を指揮する武満さんの写真があった。写真には「武満の指揮姿は珍しい」という一文が添えられていた。あまり指揮などはしない人なんだな…と思った記憶がある。その時はまだ武満徹という名前を知らなかったので、僕は「タケミツトオル」ではなく「ブマンテツ」と読んでいた。実はしばらくの間、僕は武満徹を「ブマンテツ」さんだと思っていたのだ。30年の時を経て初めてその事を告白する。

その後しばらくして、音楽の資料集の中に武満徹作品についての言及を見つけた。それは「ノヴェンバー・ステップス」というタイトルの作品で、写真にはオーケストラとともに着物姿の琵琶奏者と尺八奏者の男性が演奏している姿があった。邦楽器と西洋楽器のコラボは新鮮でとても驚いた。今思い返せば,それは尺八など邦楽の授業に関連した資料だったのだろう。

尺八
螺鈿紫檀五絃琵琶(正倉院宝物、宮内庁ホームページより)

俄然興味を惹かれた僕は、その「ノヴェンバー・ステップス」を聴きたくなりCDを買い求めた。第二の衝撃がここで僕を襲った。

「ガチガチの超ゲンダイオンガクじゃないか…」

一般的な心地よいハーモニーもなければ、コード進行もない。メロディーと思しきものもない。激しいというよりは、大編成の曲なのに静かに漂うような…まるで茶室か枯山水の庭に流れるような空気感。それが武満徹の音楽との最初の出会いだった。中学生の僕には、あまり響かない、どちらかと言うと「苦手」な部類の音楽だったので、それ以来武満徹は苦手な作曲家、距離の遠い存在となった。それでも雑誌やテレビなどマスコミ、評論家はその音楽を絶賛している。絶賛しているのだから、得意不得意に関係なく「スゴイ人」なんだろうな…それが率直な僕の武満徹評となった。僕が彼の音楽に魅力を感じるようになるのは、それからかなり後年の話である。

時は過ぎ、東京の初台という場所に東京オペラシティという施設ができた。僕が大学4年生ころのことだ。そこのコンサートホールは「タケミツ・メモリアル」という名を冠していた。このホールの監修を晩年の武満徹がしたというのがその命名の由来だ。

東京オペラシティ・コンサートホール(東京オペラシティウェブサイトより)

そこのオープン記念のイベントが多数開かれようとしている時期から、実は僕はそこの財団でアルバイトをしていた。大学の大先輩であり、当時そこのプロデューサーをしていたK先輩から声をかけてもらって、はじめはオープニング公演シリーズのパンフレットの出演者名の変更シールを延々と貼り続ける…という内容。その作業をする中で、そのパンフレットに書かれていた武満徹作品の名前を覚えてしまったことはある意味で大きな経験だったし、武満徹を少し身近に感じることができた。

それ以来、良くアルバイトのお声がけをいただいて、主催公演のプレスリリースの発送や招待状発送などの業務をやらせてもらった。そのなかでもたくさんの武満徹作品やその周辺の音楽家の名前などをその音楽と共に知ることができた。

またこの財団では「武満徹作曲賞」という作曲コンクールを主催している。毎年「コンポージアム」という毎年1人の作曲家をテーマにしたコンサートシリーズを開催しているなかで、そのテーマ作家ひとりが審査員となる世界的にも珍しいコンクールがある。そのなかのさまざまな仕事もやらせてもらったが、中でも応募作品のなかの落選作品を手紙とともに応募者に返送する仕事があり、国内外に返送する一切の業務を僕がやっていた時期があった。おかげで海外の住所に荷物を送る方法や、国内の郵便発送とか別納郵便の仕組みなどを知ることができた。100以上のスコアを返送する業務は大変だったが、一時期の困窮を救ってくれたのは、間接的ではあるが武満徹なのではないかと思っている。

ここでの経験や出会いは今の自分のかなりの部分を形成していることは確かだ。僕は多分、プレスリリースの発送業務に関して日本で1番のスキルがある指揮者なのではないか?と思う。チラシを三つ折りにして封筒に封入する業務があったのだが、その三つ折りを正確に、しかも早くやることができた。しばらくして事務所にチラシなどを三つ折りする機械が導入され、僕の三つ折り業務は激減したのだが,一時期事務所内ではその三つ折り機を「岡田2号」と言っていたそうだ。今もきっとその機械は、アートギャラリーの奥の倉庫でひっそりと稼働していることだろう。

全く武満徹の音楽についての言及のない思い出話となってしまったが、少年時代の僕のように、武満徹がなんとなく苦手な人は多いかもしれない。その理由は武満徹作品をオーケストラ作品から聴き始めたり、名前の知られている作品から聴いたというのが大きな要因なのではないだろうか。

果たして武満徹は、難解な音楽ばかりを書いた「難解な人」なのだろうか?武満徹に初めて会った時の印象を小澤征爾さんが「宇宙人みたいな人」と思ったとインタビュー記事で語っていたが、本当に武満徹は僕たちの人智を超えた宇宙人なのか?

答えは「NO」だ。

これから、僕のなかで武満徹のイメージが変わっていったジャンルや作品をいくつか紹介していきたい。きっとこれまでよりも武満徹を身近に感じられるようになるはずだ。紹介するジャンルは2つ、「うた」と「ギター」のための作品。まずはギター作品から紹介していこう。

《ギターのための12のうた》

武満徹にはギターソロの作品が多くある。武満自身ギターという楽器が好きだったという話もある。この作品は、世界各地の愛唱歌(フォークソングや童謡、ポピュラー音楽など)をソロギターに編曲した作品。誰もが知っている12曲が編曲されている。

そのなかで、僕がオススメしたいのは、まずビートルズのヒットナンバーである4曲「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」「ミッシェル」そして「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」。言わずと知れた名曲。これならメロディーも知っているし、何より美しい響きのアレンジになっている。

また「ロンドンデリーの歌」「虹の彼方に」「サマータイム」「早春賦」などのお馴染みの曲も編曲されている。また、良く教会の結婚式で歌われる讃美歌「いつくしみふかき」が原曲の「星の世界」もオシャレなアレンジに仕上がっている。

これらの編曲はオシャレで透明感ある響きにウットリする作品ばかりだが,実はギターの演奏技術はかなり高度なものを求められているそうで、楽譜を見ても一筋縄では行かなそうな楽譜である。なのに,実際に聴こえてくる音楽はそれを感じさせない幸福感と癒しがある。武満徹の音楽の魅力ひとつだ。

《混声合唱のための「うた」》

この作品は、武満徹が作曲した数多くの「うた」を無伴奏(アカペラ)合唱に編曲したもの。以下の作品が収められている。

・小さな空(作詞:武満徹)
・うたうだけ(作詞:谷川俊太郎)
・小さな部屋で(作詞:川路明)
・恋のかくれんぼ(作詞:谷川俊太郎)
・見えないこども(作詞:谷川俊太郎)
・明日ハ晴レカナ、曇リカナ(作詞:武満徹)
・さくら(日本古謡)
・翼(作詞:武満徹)
・島へ(作詞:井沢満)
・○と△の歌(作詞:武満徹)
・さようなら(作詞:秋山邦晴)
・死んだ男の残したものは(作詞:谷川俊太郎)

「うた」に「詩」はつきもの。武満の盟友でもあった詩人の谷川俊太郎の書いた詩は、言葉の選択,リズム、内容とどれをとっても申し分ないし、武満徹の曲も見事にその世界観を描いている。僕が特にオススメするのは「死んだ男の残したものは」だ。徐々に高揚する感情。男,女、こどもという対比と展開の綿密さ。そして強いメッセージ。この曲は多くの人の心の奥底にある感情に訴えかけ、心を動かされるはずだ。

武満自身の作詞の「うた」もオススメ。僕は武満の書いた歌詞にどことなく「懐かしさ」を感じる。そして同時に「今日までは暗かったかもしれないけど、明日は明るいよ」という前向きなメッセージを感じる歌が多い。

子供の頃の懐かしい日々を思い出す「小さな空」、明日という日を夢見る「翼」は、しみじみとした美しい曲。また「明日ハ晴レカナ、曇リカナ」はアップテンポな曲の中に、クヨクヨしないで明日がどんな日になるのか楽しみに待とう!というメッセージを感じる曲だ。「明日は雨かな…?」とはならない歌詞にしみじみとしてしまう。

そのなかでも、僕は「○と△のうた」を推したい。

歌詞の内容は実際に聞いてのお楽しみということで、詳述はしないが、とにかく楽しい音楽。ある意味では単に状況説明だけの歌詞だが、それがたまらない。とはいえ歌詞の言わんとしているのは「地球は小さな星なんだから!」ということ。この歌を歌っていると、楽しい気持ちになり、小さい事などうでも良くなる。これこそ音楽の効果なのかもしれない。

この作品を知ったのは今から20年以上前のこと。まさにオペラシティで行われた、あるオーケストラの副指揮者のオーディション後に、オーディションで意気投合した数人と新宿で徹夜で飲み明かした時だ。一緒に飲んでいた女性指揮者のひとりが突如この歌を歌い出したのがきっかけだった。指揮者が複数で、この歌を歌いながら下らない話や将来への想い、音楽のことなどを語り合った。この曲はそんな思い出の風景とともに僕のなかにかけがえのない体験として残っている。その時のメンバーは同い年が中心で、現在は各地のオーケストラを指揮し、大学で教鞭を執り、某楽団の重要ポストを勤めているO君やKさんたちである。

これらの武満作品を聴いたら、きっとこれまでの武満徹のイメージが変わるはずだ。こんな美しくてたのしい曲を作曲する人だとわかれば、他の曲に対するイメージは変化していくに違いない。内容を全て理解しなくてもいい、その人が感じる心象風景をその音楽に感じてもらえたらそれで良いと思う。

武満徹は文章も上手く,たくさんの著書がある。それを読んだりするなかで彼の音楽を少しずつ聴いていくのも良いだろう。文才のある人だけに、武満の作品には詩的なタイトルのものが多い。「ジャケ買い」ならぬ「タイトル聴き」をしてみるのもオススメだ。僕の好きなタイトルは、「鳥は星形の庭に降りる」「精霊の庭」「夢の引用」「遠い呼び声の彼方へ!」「虹に向かって、パルマ」などなど。これ以外にも興味をそそるタイトルがたくさんある。

人は、いつ、どんなタイミングで開眼するかは未知数だ。ある日突然「武満徹の音楽」に共感し、五臓六腑に染み渡る瞬間が、みなさんにもきっと訪れるはずだ。その「まだ見ぬ春」を楽しみに待って欲しいと僕は願っている。

(文・岡田友弘)

執筆者プロフィール

岡田友弘

1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻入学。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆や、指揮法教室の主宰としての活動も開始した。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッス&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中。また5月より新日フィル定期演奏会の直前に開催される「オンラインレクチャー」のナビゲーターも努めるなど活動の幅を広げている。それらの活動に加え、指揮法や音楽理論、楽典などのレッスンを初心者から上級者まで、生徒のレベルや希望に合わせておこない、全国各地から受講生が集まっている。

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