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「一隅を照らす」シリーズ#1・・・この曲の「ここだけ」を聴いてみよう!〜シリーズ1〜


新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回はある楽曲の「一部分」にのみスポットライトを当てたコラム「一隅を照らす」シリーズ第一弾。今回はドボルザークの交響曲第9番「新世界より」のシンバルに注目!曲の中にたった一箇所しか登場しない、シンバルのミステリーを中心に、ドボルザークの「趣味」についても少しだけ触れています。

エピソードI・《新世界》のシンバル

打楽器。その一打が楽曲に強烈な印象を与えることは少なくない。そのため「場面の転換」や「空気を一変させる」際に使用されることが多くある。

先日サントリーホールで開催され、新日本フィルが選考演奏会に出演した「第31回芥川也寸志サントリー作曲賞」。歴史ある作曲賞にその名を冠する作曲家、芥川也寸志の出世作に《交響管絃楽のための音楽》という作品がある。この作品は全2楽章形式の楽曲で、その第2楽章はシンバルの強打で始まる。実際の楽譜はシンバルの一打の後に金管楽器(トランペットとトロンボーン)が一度聴いたら忘れることのできないメロディを演奏するのだが、初演のラジオ生放送の際に「珍事」が起こった。1楽章の終盤で、金管楽器群はミュート(弱音器)を楽器に装着して演奏、間隔を空けずに開始される2楽章の冒頭ではミュートを外して演奏する指示があるのだが、何たることか奏者が弱音器を取り外すのに手間取ってしまった。つまりシンバルの強打の後に彼らが出ることができなかったのだ。その時の指揮者は近衛秀麿、日本指揮界の重鎮である。近衛はもう一度やり直しシンバルをもう一打、それでも出られない。近衛はもう一度シンバルに出を指示し三回目を強打した。そこでやっと準備の整った金管楽器が楽譜通りに演奏を始めた。「初演」であったので楽譜を見たことがある人でない限りは「シンバルが3発鳴ってから金管が出る曲」だと認識するに違いない。後日、演奏を聞いていた芥川の師である伊福部昭は、芥川に対して「あのシンバルは1回の方が良くないかね!」と言ったそうで、芥川はその答えに窮したという逸話がある。シンバルのみならず、打楽器の演奏効果や存在感について物語るものでもあろう。

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芥川也寸志


話題をシンバルに戻そう。打楽器は後期ロマン派以降の近現代の作品においては多用され「出番」も多い。しかしそれ以前の打楽器の出番は「楽器の王」と言われるティンパニを除いては極端に少なかった。シンバルが全曲中、たった一回しか出番がない曲もいくつかある。ブルックナーの《交響曲第7番》も「ノヴァーク版」(ブルックナーの交響曲には同じ曲でも複数の版がある)ではシンバルがたった一回だけ登場する。静かに始まった曲の盛り上がりが最高潮に達した際に、気持ちよくシンバルを打ち鳴らす。まさに「晴れ舞台」といった感じである。スコアには書かれてはいないが、チャイコフスキーの《交響曲第5番》の4楽章にも、1回だけシンバルを加える演奏が、過去の巨匠の演奏においては存在した。「ここが見せ場だ!最高潮!」というところには必ずシンバルが登場する

シンバルが一回しか出てこない「超有名人気交響曲」がもう1曲ある。ドボルザーク(「ドヴォルジャーク」など複数の表記を見ることができるが、ここでは「ドボルザーク」表記で統一)の《交響曲第9番「新世界より」》だ。「新世界」においてシンバルは、第4楽章に一箇所しか出番がない。これはクラシック愛好家の間では「常識」であろう。だが、この一発のためにずっと打楽器奏者は待機しているわけではない。実は3楽章にあるトライアングルと4楽章のシンバルは同じ奏者が担当することが多いので、シンバル一発でギャラをもらえるというものではないのである。また、このシンバルが前述のブルックナーのように気持ちよくシンバルを打ち鳴らすわけではなく、「メゾ・フォルテ」というなんとも「煮え切らない」ダイナミクスの指示がある。そして煮え切らないこの音を最後にこの曲においての出番が終わるのだ。


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ドボルザーク


実はこのシンバル、ドボルザークの当初の計画にはなく、自筆譜でもスコアのティンパニと弦楽器の間にそのスペースを見つけて書き込まれている。「神の啓示」でも受けたのだろうか?その真意はいまだ不明である。また、その自筆譜はお世辞にも美しい筆跡とはいえないもので、その自筆譜から出版譜にする際に第3者による「書き換え」や「写し間違い」をした部分が多数あり、長年の懸案となっている。近年、自筆譜のファクシミリや自筆譜をもとにした楽譜が出版され話題となったのだが、この「シンバルの一打」にも「ある容疑」がかかっているのである。その容疑は「3拍目ではなく4拍目なのではないか?」というもの。長年、3拍目にあるものばかりを聴いてきているし、しかも「楽譜にそう書いてある」のだから、ちょっと違和感を感じても「そういうもの」だと思っていた。確かに自筆譜を見てみると、音符の前に休符がない(厳密にいえば、明らかにドボルザーク以外の人物の筆跡で書かれている休符がある)事もあり、それが何拍目であるのかははっきり規定できないのだが、位置的には3拍目というよりは4拍目に見える(下の画像参照)。


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「新世界」の自筆譜より、囲み部分がシンバル
ヴァイオリンの4拍目の上にシンバルのための音符が記入されている


実際に試してみた。まずは1拍目・・・これは完全に違う。フルートとファーストヴァイオリンを完全に邪魔してしまう。では2拍目はどうか?・・・これは完全に打楽器が間違ったように聞こえるだけである。では楽譜通りの3拍目・・・確かに1、2拍目よりは違和感はない。ただ4拍子という拍子のど真ん中にあるので、これがどの動きと関連づけられるのか曖昧だ。なんとなく「漂っている」感じにもなる。では話題の4拍目・・・今まで耳馴染んできたものがあるためか一瞬違和感はあるのだが、4拍目のシンバルが、その次の小節のファゴットの動きを効果的に「引き出して」いるように感じる。専門的な用語を使うと「掛留」のような役割を担うようにも感じるのである。また、その前の小節まで伴奏パートが2、4拍目に音を演奏する形があったり、旋律のラインの2、4拍目にアクセント(その音を強調するという指示記号)がある。それらの動きとの関係性も4拍目であるならば説明がつく。


新世界

「新世界」4楽章の従来出版されている楽譜
(Piatti Solo. とある部分がシンバルである)


とはいえ「なんらかの違和感」をドボルザークが想定していたのであれば3拍目という可能性もあるし、シンバルに「特別な役割」を与えようという意図であったとみることもできる。これについては今後も議論は尽きないだろうが、個人的には「4拍目説」に大いなる関心を寄せている。最近の演奏はこの「4拍目」演奏が増えてきている印象だ。しかし旧来の「3拍目」の演奏がいまだ多いのも現状であろう。この部分の取り扱いについては指揮者の解釈、判断に委ねられる。新日本フィルでも今後、「新世界」を異なる指揮者で聴くことのできる機会が用意されている。「新世界」がプログラミングされている演奏会に足を運んだ際には、是非とも4楽章のシンバルにご注目いただきたい。そして、それを聴いた時、聴衆の皆さんはどのようにお感じになるのだろうか?実演家としては大きな関心事だ。

鉄道ファン、いわゆる「鉄オタ」として知られている、人気管楽器奏者がテレビ番組内で「新世界のシンバルは、蒸気機関車のブレーキ音ではないか」という自説を紹介していた。確かにそのように聞こえるような気もする。ドボルザークは「鉄道マニア」であったことは有名だ。模型を作り、駅で汽車を眺め、鉄道マンたちと鉄道談義をし、汽車の車体番号を記録していたそうである。また音を聞くだけで機関車の車種を当てることができた・・・などという話を聞いたことがある。大好きな機関車のいろいろな音を「楽音」に変換したというのもあり得る話である。

「新世界」にはシンバル以外にも、機関車を想起させるような箇所がいくつかある。これはドボルザークが明言はしていないので真偽の程は定かではないし、個人的な印象であることを先に申し述べておきたい。

まず第1楽章の第一主題。このリズムは「シュッシュ・ポッポ、シュッシュ・ポッポ」と列車が疾走するように聴こえないでもない。


1楽章

「新世界」第1楽章の木管楽器群
(上からフルート、オーボエ、ファゴット)


次に3楽章、3拍子のリズムも機関車の走る音の律動に感じられる。

3楽章冒頭

「新世界」3楽章の前半部分の弦楽器パート


そして4楽章の冒頭はまるで蒸気機関車が駅を発車して徐々に加速していくような音楽に聴こえはしないだろうか。


4楽章

「新世界」第4楽章冒頭部分


最後に、これは個人的な印象なのだが3楽章の最後の部分、ヴィオラが演奏する音型がある。6連符、5連符、4連符、3連符とテンポはそのままで徐々に速度を落とすような感じになる部分である。この部分もまた機関車が徐々に減速し、停車していくさまを描写しているように感じる。


3楽章ラスト

「新世界」第3楽章、最終部分のヴィオラの音型


音楽家は連符に言葉を当てはめるといったことをよくするが、この部分はまるで山手線の駅名のようである。「タカダノババ、イケブクロ、オオツカ、スガモ」・・・決して目白のことは忘れたわけではない。目白にお住まいのかた、通勤通学されているかた、何卒ご容赦願いたい。

(文・岡田友弘)


【今後、新日フィルで「新世界」が聴くことができる演奏会】

2021年9月5日(日)中野ZEROホール「フレッシュ名曲コンサート」(指揮・和田一樹)


2021年11月21日(日)かつしかシンフォニーヒルズ「かつしかシンフォニーヒルズ リニューアル記念 横山 奏×横山幸雄×新日本フィル」(指揮・横山奏)


2022年3月25日(金)、26日(土)すみだトリフォニーホール「すみだクラシックへの扉 #05」(指揮・リオ・クオクマン)


※その他の曲目、出演者、チケット情報は「新日本フィルハーモニー交響楽団」の公式ウェブサイトをご覧ください


岡田友弘.jpg 写真:井村重人

岡田友弘(おかだ・ともひろ)
1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆も行っている。日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッスン&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中。
ホームページ=https://tomohitookada1011.wixsite.com/tomohirookada1974
Twitter=@okajan2018new


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新日本フィルハーモニー交響楽団 NOTE班
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