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“定住から解放される”「Living Anywhere」時代のモビリティ、ウェルビーイング、移動の価値とは?──NewHere Mobility Meetup Vol.3レポート

ロフトワークがJR東日本・モビリティ変革コンソーシアムと共催する「NewHere Project」。これからの暮らしを豊かにする移動体験を考え、社会課題の解決に向き合うためのユーザー視点のアイデアを公募。ユーザーリサーチやアイデアのブラッシュアップを繰り返し、社会実装を試みるプロジェクトだ。

NewHere Projectが、「モビリティ」を軸としたコミュニティ醸成を行なうべく立ち上げたイベントシリーズ「Mobility Meetup」の第3回が開催された。これまではMaaSを軸にした移動体験や、都市における人間の移動性ついての議論を深めてきたが、今回のテーマは「Living Anywhere時代のモビリティ」だ。

場所や仕事など、あらゆる制約にしばられることなく好きな場所で暮らす生き方「Living Anywhere」の概念が実装に近づきつつある。そんななかで、一拠点にこだわらず移動を続ける「アドレスホッパー」というライフスタイルや、定住から解放されていく人間のための新しいサービスやインフラの実証実験が始まりつつある状況は、イベントシリーズの軸でもある「人間の移動性(=モビリティ)」の高まりを如実に物語っている。

しかし、「好きな場所で暮らす」は「好きなことで生きていく」ほど曖昧で、いざ実践への一歩を踏み出すことは難しくもある。今回は一般社団法人Livinganywhere 副事務局長の小池克典氏、 Address Hopper Inc. 代表の市橋正太郎氏をゲストに迎え、人間にとっての『移動』の意味を問いながら、今後変化しうる都市の一極集中と地方の関係性についての議論が展開された。

移動の価値は、ローカルとのつながりのなかで何かを生み出すこと

株式会社LIFULLでLiving Anywhereをともに実践することを目的としたコミュニティ「LivingAnywhere Commons」を運営し、一般社団法人LivingAnywhereの副事務局長を務める小池は、「都市部の大多数が“多拠点居住”“アドレスホッパー”の様な一つの場に留まらないライフスタイルが主流になるかというと、絶対にならない」と開口一番断言する。

その真意は、「Living Anywhere」をあらゆる人々が実践するのではなく、そうした暮らしかたを実践する人間が一定数いることが社会で当たり前のように認知されること。当時は懐疑的な見方が強かったものの、現在では社会的な認知が広がったシェアハウスのように、「Living Anywhere」への捉え方も今後数年で変化していくと小池は予測する。

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「欧米ではデジタルノマドが約8000万人存在すると言われており、彼/彼女らのためのサービスがどんどん生まれています。今度も、日本を含めて一定の市場が生まれていくのは間違いないかと考えています」

日本においても、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響でリモートワークの必要性が高まったことは、予期せずとはいえ変化のきっかけかもしれない。しかし小池の「今回の参加者のなかで、在宅勤務を許可された方はいますか?」という質問に対し、許可されたのはわずか数人であったことが実情を物語っている。

「これを機に、僕もいま『オフィスって意味あるんだっけ?』と、移動する意味を改めて問うています。僕の周りにはCOVID-19の影響でもリモートワークに慣れている人が多かったので臨機黄変に対応出来たという方が多かったのですが、まだまだ選べる社会にはなっていない。移動型の暮らしをしていると誤解をされやすいのですが、移動することそのものが正しいのではありません。選択肢を自由に選べることが正しと考えています」

そう語る小池が率いる「LivingAnywhere Commons」は、場所の制約に縛られないライフスタイルの実現と地域の関係人口を生み出すことを目的とした定額多拠点サービスだ。使われていない企業の保養所などの遊休施設や廃校を利用し、ワークスペースと長期滞在を可能にしたレジデンススペースからなる複合施設を全国に展開している。

月額25000円ですべての拠点を使えるため、住居コストを下げ暮らしの自由度を高めることが可能だ。「全国に6000校ある廃校のうち8割が放置されており、その数は年間500校も増えていると言われています。都市部の一極集中が進むほど、こうした地方の不動産価値は下がり、そこに移動の流動性を生みだすチャンスがあります」と小池は指摘する。

また小池は、場所に意味をもたせるには「ロケーション(行きやすさ・自然環境)」×「ハード(建物の魅力・快適さ)」×「ソフト(人・地域に根付いたプロジェクト)」の3つの要素を考える必要があると語り、「ロケーションが弱く不動産価値の低くなりがちな地方は、代わりに地域に根付いた、ここでしかできないプロジェクト(ソフト)を実践していく必要があります」と語った。

小池が「実践」を強調するのは、「移動」は単なる旅ではなく、ローカルとの繋がりのなかで何かをつくり出してこそ移動の価値が出てくると考えているからだ。「LivingAnywhere Commons」の拠点に、地域に精通したコミュニティマネージャーを配置しているのもそのためだ。

「移動の価値を考えたときに、Workation(仕事+休暇)は個人的にはしっくりこないんです。Work+Collaboration、Work+Co Creationなどを実践することで、多拠点『Co Living』の場所づくりを促進できると考えています」

「アドレスホッパーにも多様性がある」

スタートアップ企業への転職をきっかけに固定の家を持たずに、移動して生活する”アドレスホッピング”を実践する市橋は、2018年にアドレスホッパーのコミュニティを立ち上げ、2019年3月からアドレスホッピングの生き方を伝えるために、Address Hopper Inc.を創業した。

「Community Dive」「Not Travel, but Living」「Connect」「Unplan」を哲学に据えるAddress Hopper Inc.は、移動型ライフスタイル雑誌『Hopping Magazine』や地域没入型体験ツアー「LOCAL DIVE」、アドレスホッパーが起点となり信頼に基づいて地域の食など、いい物を届ける「Hoppers' Choice」を手がける。

市橋は、日本ではすでに17万人が多拠点生活を実践しており、10年後には1000万人まで増える見込みだと語る。さらに世界では2035年までにその数が10億人にまでのぼる見通しだという。その背景にはインターネットと移動手段の低コスト化、所有に対する考え方の変化、ツールの変化(スマホやアプリケーションなどのサービス)があると指摘する。

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また、市橋はアドレスホッパーにも多様性があることを強調し、誰もが気になるアドレスホッパーたちの働き方の例を提示した。

「デジタルノマド・多拠点生活・バンライフなど様々ですし、移動のしかたも違います。僕は1週間単位の移動頻度が心地良いですし、1ヶ月くらい腰を据えるアドレスホッパーもいます。

働き方も様々で、僕は仕事がマーケティングなので、デザイナーなどと比べて手を動かすことも少なく移動生活はしやすい。逆に固定の場所が必要な職業の方は移動頻度の高さが負担になる場合もあるので、仕事によっては移動頻度のコントロールが必要です。」

「Living Anywhere」とウェルビーイングの関係性

それぞれのプレゼンテーションに続き、編集者・岡田弘太郎をモデレーターに加え、小池と市橋によるトークセッションが行われた。

まず「Living Anywhere」時代のMaaSのあり方について議論が展開され、市橋はフィンランドのサービス「Whim」を挙げ、これから求められるサービスを模索した。

「Whimは毎月定額で電車やバス、タクシー、シェアサイクルなど複数の交通手段から最適な移動ルートを自動検索し、ユーザーがスマホアプリを提示するだけで一括決済できるサービスです。日本ではANAのサブスクリプションサービスなども実証実験が開始されましたが、飛行機だけでなく、あらゆる移動手段が統合されているサービスができるといいなと思います」

一方で小池は、「WALKCAR」に期待を寄せ、特に地方でのマイクロモビリティの可能性を指摘する。

「COCOA MOTORSが展開する携帯できる車『WALKCAR』は、カバンに入れて携帯できる電気自動車です。地方は、駅を中心とした設計になっていないため廃線化が進み、多くの公共バスが赤字により路線が減るなど、移動手段の選択肢が少なくなっています。『WALKCAR』そのものはまだ普及していませんが、移動手段の多い都市部よりも地方のほうがマイクロモビリティの可能性大きいと感じます」

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市橋は1960年代後半に起こったヒッピームーブメントと比較し、「Living Anywhere」の価値観が浸透するには、「移動生活」と社会が接続されることの重要性について言及した。

「当時、ヒッピーたちは社会との接点に欠けていて、経済的に孤立した結果、彼/彼女らは社会のアウトサイダーのような存在になってしまいました。バックパッカーなども社会と分断されてしまいがちで、自分の存在意義に疑問をもつ方も多い。大事なのは、「働く」という社会との接点をもったまま、移動や旅をすることです。

移住や移動はうまくいくときもあれば、そうでないときもあります。コミュニティに合わない場合もあるので、コミュニティを複数もつことがセーフティネットになる。だからこそ、表面的な旅行でなく、コミュニティにダイブし繋がりをつくり、生産活動に参加する必要があります。そのため、テクノロジーを使っていかに選択肢を広げる仕組みつくるかが非常に重要になってきます」

小池もこれに同意し、「Living Anywhere」とウェルビーイングの関係性についても言及する。ウェルビーイングとは、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを指す概念であり、小池が所属するLIFULLはウェルビーイングに関する学術研究の助成や普及を目指す「LIFULL財団」を2018年11月に設立。その研究を進めている。

参照しているのは、過去のロックフェラー財団のある取り組みだ。同財団では、健康の指標化(BMI)を後押し、結果としてヘルスケア産業が生まれた。「ウェルビーイング」あるいは「幸福」という目に見えないものを指標化することで「Living Anywhere」時代における新たなる産業を生み出せるかもしれない。「『Living Anywhere』とウェルビーイングは、密接に関係しています。社会とつながり他者に受け入れてもらうことは、流動化が進む時代において、人々のウェルビーイングに寄与するのではないかと思います」

「住む」という態度の表明

暮らしの流動性が高まることで、人間のアイデンティティの感じ方にも変化が起きるかもしれない。定住しない人間には、「地元」のようなよりどころは存在するのか。市橋は、自身が出会った1歳と3歳の女の子を連れて世界を旅しながら暮らす家族を例に出し、「地元」についての見解を示す。

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「アドレスホッパーを続けていると、お気に入りの土地ができます。そこでの帰属意識が少しずつ形成され「地元」のような感覚が生まれるのと考えています。帰属意識が分散し、それが複数になるだけ。地元の定義は変わるけれども、地元という感覚はなくならないと思います」

また小池は「場所・所属に対するアイデンティティはなくなり、プロジェクト化していく。つまり、『サウナが好き』など自分を構成するハッシュタグや熱量のある価値観がベースになるのではないか」と語る。

地域とアドレスホッパーを繋ぐものが何かしらの熱量であったとき、市橋が語るように単なる旅ではなく、地域に住み、生産活動に参加するコミュニティダイブの考え方は非常に重要になる。

「アドレスホッパー(住む)という態度を表明することで地域からの受け入れられ方も変わるんです。移動先でホステルオーナーに運営のアドバイスを求められり、地域の祭りに必要なグッズデザインやプロモーションを依頼されたり、繋がった漁師の活動をSNSで共有したり。こうした大小ある課題や相談ごと、生産活動を少しでも回収することで、地域に深くダイブし、繋がり、移動の価値が高まるんだと思います。住民は旅人に相談はしないでしょう?」

「Living Anywhere」を実践する登壇者たちの言葉を鑑みるに、「どこでも暮らす」というのは単なるしがらみから解放された自由気ままな旅なのではなく、訪れた先々のコミュニティに深く潜り、繋がりを生み、自身と社会を接続させる選択肢を増やしていくことだ。それこそが「Living Anywhere」時代の豊かさを形づくるものであり、その移動を支えるモビリティやテクノロジーはそのきっかけを生み出す重要なツールになっていくだろう。

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