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30年貫いた有機の道に、若き人材が続く理由とは|有機農業集団「無の会」に迫る【前編】

「農業の基本は教えるけど、あとは自分でやってみろってのがうちのやり方なんだ」

福島県会津美里町にある農業法人「自然農法 無の会」の代表、児島徳夫さん(73)がからからと笑った。

「最初は全部教えてくれると思ってたんです。本当に教えてくれない」と、同会のプロデューサーを務める宇野宏泰さん(29)が冗談まじりに応じると、メンバーの岡本照正さん(32)、上野拓也さん(29)、大島武生さん(24)も同意するように笑った。

「全部教えちゃうと、自分で考えなくなるじゃないか」

無の会は、約15haにおよぶ農地で米や野菜、果樹の有機栽培に取り組む、福島県内でも最大規模の有機農家だ。化学肥料や農薬を一切使わず、自家製の堆肥で土づくりからこだわった無の会のお米や野菜は、食べた人を強く惹きつける。

事実、若手のメンバー全員が県外からの移住者だ。

「若い人には思うようにやってみて欲しい。何かあったら、全ての責任は俺が負う」

児島さんが語る言葉の一つ一つには、次世代に託す希望が宿る。

従事者の平均年齢が約68歳(農水省「農業労働力に関する統計」より)とも言われる農業界にあって、これだけの若い力が集まる無の会。その理由は一体、どこにあるのだろうか。

30年貫いた有機農業の道

無の会の礎を築いてきたのが、代表の児島徳夫さんだ。

無の会の創設者、児島さん

もともと農業のプロではなかった児島さん。しかし、バブル最盛期の当時、全国に広がっていた大規模リゾート開発への反対運動などに参加するにつれ、このままでは人間の社会活動がいずれ行き詰まることを直感し、人と自然が調和した生き方を模索するようになる。

その中で始めたのが、「無農薬・無化学肥料での稲作」だった。

稲作を始めた当初は、本職である英語教師との兼業。朝4時から7時まで農作業を行い、夕方まで教鞭をとって、帰宅してからまた農場に足を運ぶ生活が10年続いた。

また、農薬や化学肥料を使った栽培が最盛期だった時代である。当然、周囲の児島さんを見る目は冷たかった。しかし、「豊かな自然を次世代につなぐ」という児島さんの信念は揺るがなかった。

児島さんは逆風をものともせず、現在まで30年間、有機農業を貫いてきた。有機農業のノウハウが蓄積されてきたことで、農業法人「自然農法 無の会」を2005年に発足。栽培面積もどんどん拡大し、県内でも屈指の有機農家と言われるまでに事業を成長させた。

そして今、児島さんが貫いてきた有機農業の道に、次代を担う若い人材たちが続こうとしている。

組織研究から有機農業へ

無の会のメンバーの中でも、ひときわ異色の経歴を持つのが宇野宏泰さんだ。自身も米作りに励む傍ら、無の会の事業プロデュースや教育プロジェクト「KOTOWARI」の立ち上げなどにも携わる。

無の会のプロデューサーを務める宇野さん

東京都・中野区の出身。アメリカの大学を卒業後、「正しい知識で世の中の問題を解決したい」と、都内で経営学の研究職に就いた。「知識経営」の生みの親として知られる経営学の権威、野中郁次郎教授に師事して研究に没頭し、学問の海へ潜り続けた。

しかし、「世の中をよくしたい」と言いながらも、どこかステータスや名声を追い求めていた自分に矛盾を感じるようになり、今一度、人生を問い直そうと独立。宇野さんの生き方を求める旅は、これまでのキャリアの一切をかなぐり捨て、「無」になるところからスタートした。

「よろず屋」として様々な出会いを重ねる中で、次第に人の健康や自然環境、そしてそれらと密接に関わる農業への思いを深めていった。特に、土壌を改善しながら自然環境の回復につなげることをめざす「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」の考え方や、福岡正信著『わら一本の革命』にある人間と自然との向き合い方がこれからの未来に必要と考え、全国の有機農家をめぐる旅にも出かけた。

そんな宇野さんが無の会を訪れたのは、2020年11月。ちょうど、全国の有機農家を巡る旅が終わりに差し掛かった頃だった。

人と自然を元気にする有機農業

無の会のコシヒカリ。大粒で香り高く、艶やか

「初めて無の会のお米を食べた時、衝撃を受けたんです」

それは今まで食べてきたお米とはどこか違う。美味しいということに加えて、身体に活力がみなぎってくるような味だった。

また、無の会のお米は、無農薬・無化学肥料でありながら、慣行栽培に劣らない収量も実現している。さらに、児島さんと対話を重ねるにつれ、健全な作物を育てるための土づくりから始まる無の会の有機農業は、宇野さんが志したリジェネラティブ農業の現実的な実践であることも知った。

人と自然、両方を再生し、次代につなげようとする農業の姿が無の会にはある——。宇野さんがこの地で有機農業の道を歩もうと決めるまで、そう時間はかからなかった。

次代を照らす光に

児島さんに続く、(左から)上野さん、大島さん、宇野さん

多くの若い人材を惹きつける無の会の有機農業。大学を休学中に無の会を訪れ、そのまま住み込みで修行を始めた岡本照正さんや、宇野さんの高校の同級生で、都内のIT企業を退職して無の会に加わった上野拓也さん、京都大学在籍中から無の会でフィールドワークを行う大島武生さんなど、無の会のメンバーは実に個性的だ。

「気候変動や食糧問題など、人間社会を取り巻く問題は山積し、昔のやり方や価値観が通用しなくなってきています。そんな中で、自身がどのようにして生きるべきか、という悩みを抱えた若者が多いんです」

無の会を訪れる若者について、宇野さんはこう語る。無の会は、若者たちが有機農業という営みを通して、人生や世の中のあり方を問い直す場にもなっているのだ。

児島さんが守り、若き人材たちが受け継ぐ信念と実践は、次の時代の行先を煌々と照らしている。

▼後編へ続く


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