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その③ しっぽの先のリボン亭は今日も大忙し、ですのにゃ! ~私、大好きなあの子のために美味しい竹輪を焼くって決めたから~

【お料理ならまかせて! お姉ちゃん、甘カワ猫耳幼女を餌付けしちゃったよ!】

○しっぽの先のリボン亭・フロア
 まひろ、席に座ってうなだれている。
 可愛らしい制服を着たラナが盆を片手に現れる。
 テーブルにホットミルクのカップを置く。
ラナ「そんなに落ち込まないでにゃ」
まひろ「だって……私、猫を追いかけてたはずなのに……気づいたらこんな場所に……早くあの子を見つけないと……」
ラナ「それよりも……お姉さん、お金はあるのかにゃ?」
まひろ「……ない」
ラナ「住む場所のアテはあるのかにゃ?」
まひろ「……ない」
ラナ「猫を探すツテはあるのかにゃ?」
まひろ「……ない」
ラナ「(可哀想な者を見る目)かわいそうにゃ……」
まひろ「止めて! 憐れまないでっ!」
 まひろは顔を両手で覆う。
ラナ「行き場がないなら、ウチで住み込みで働けばいいにゃ! ちくわのお礼に、あたしが頼んであげるのにゃ!」
まひろ「住み込みって……」
 と、改めてフロアを眺めるまひろ。
まひろ「そういえば……ここ何なの?」
ラナ「(胸を張って)よくぞ聞いてくれましたにゃ! ここは食事処、しっぽの先のリボン亭、にゃ!」
まひろ「食事処? でも、お客さんなんて一人も……」
 まひろ、ガラガラの店内を見渡して、首を傾げる。
ラナ「(眉根を寄せて)ちょっと〝事情〟があるんだにゃ……」
クレオ「それはクレオが説明します」
 という声と共に、フロアへ別の少女が現れる。
 ラナよりもさらに小さな女の子。
 あどけない顔に青みがかった灰色の髪、神秘的な緑眼。
 ラナと同じような衣装をまとっている。
ラナ「おっ! クレオ、もういいのにゃ?」
クレオ「ええ、書類の整理は終わりましたから」
まひろ・M「(クレオを見て)うわっ! ラナちゃんだけじゃなく、この子もめっちゃ可愛い!」
 まひろ、クレオと目があって照れたように目を逸らす。
クレオ「あなたがまひろさんですね? ラナが迷惑をかけました」
 と、丁寧に頭を下げる。
まひろ「(慌てて)あっ……いや、ぜんぜん大丈夫だよ」
クレオ「ラナ、いつも言ってますけど、おつかいの途中で行き倒れるのは止めてください」
ラナ「しょうがないにゃ。お腹が空くと力が出ないのにゃ」
クレオ「あなたは燃費が悪すぎるんです。ちゃんとお昼ごはんは食べたでしょ!」
まひろ「あの……まあそのくらいで、ね?」
 クレオ、渋い表情を浮かべてからため息を吐く。
クレオ「まあ、お客様の前でする話でもないでしょう……それより」
 そう言って、まひろの頭を触る。
 恥ずかしがるまひろ。
クレオ「驚きました。本当に耳がない……普通の〝人〟なんですね」
まひろ「あはは……そうみたいだね」
 と苦笑しながら、まひろはクレオの猫耳を見る。
まひろ「それで……えっと?」
クレオ「ああ、申し遅れました。クレオといいます」
ラナ「(口を挟んで)この店の店長にゃ!」
まひろ「えっ!? 店長? こんなに小さいのに!?」
クレオ「(笑顔のままムッとして)小さい?」
まひろ「あっ……ご、ごめん」
ラナ「まあ、本当は店長っていうよりは、店長〝代理〟なんだにゃ」
まひろ「代理?」
クレオ「(取り繕って)店長はクレオの母なのですが、今は入院しているので、その代理です」
まひろ「(心配そうに)そんな……入院って、大丈夫なの?」
クレオ「元から体が弱い人なので……検査入院です」
まひろ「そう……」
 ラナ、場を和ませるようにして、
ラナ「そんなことより、クレオ! まひろお姉さんをこの店で雇ってあげてほしいにゃ! お姉さん、困ってるのにゃ」
クレオ「ダメです」
ラナ「そんなっ!」
クレオ「ラナを助けてくれたことにはお礼を言います。けれど、見ての通り、この店にそんな余裕はありません」
まひろ「(苦笑して)そういえば、さっき事情があるって言ってたよね?」
クレオ「そうです……母が入院してからというもの、客足がぱったりと途絶えてしまって……」
ラナ「それは仕方がないのにゃ。クレオの作る料理が不味いのがいけないのにゃ!」
クレオ「なっ!? あなただって、ホットミルクしか作れないじゃない!」
 ラナとクレオ、言い合いをする。
 愛らしい二人の喧嘩に目を細めるまひろ。
クレオ「こほん……そういうわけで、今は人を雇う余裕はないんです。申し訳ありません」
 と、頭を下げてくるクレオ。
まひろ「(慌てて)あっ……いや、謝らないでいいんだよ? ラナちゃんを助けたのだって偶然なんだし。それに私も二人にあんまり迷惑かけられないから……」
クレオ「すいません。本当はラナの恩人ですから、お力になってあげたいんです。けれど、このお店を潰すわけにはいかないんです。せめて母が戻ってくるまでは……なんとしても」
まひろ「クレオちゃん……」
ラナ「でもこのままじゃあ、そう遠くないうちに潰れちゃいそうにゃ……」
 ラナ、悲しそうに店内を見つめる。
 クレオ、何も言い返せずに俯く。
まひろ・M「ラナちゃん、クレオちゃん……なにか私に手伝ってあげられること、ないかな?」
 と、二人を見て考えるまひろ。
 そこで、ラナが元気良く声をあげた。
ラナ「そうにゃ! まひろお姉さんが持ってたちくわ! あれを看板商品に出来ないかにゃ!」
クレオ「ちくわ? 聞いたことがないですね」
ラナ「すっごく美味しい食べ物だにゃ! あれがあれば、きっと大繁盛間違いなしにゃ!」
クレオ「(まひろを見て)そうなんですか? お姉さん」
まひろ「えっ、竹輪? 確かにうちの猫も大好きだし、ケモノビトさんも好きかもしれないけど……」
クレオ「ふむ……」
 と、顎に手を添え、考え込む。
まひろ「いや……でも、ラナちゃんに全部あげちゃったから、もう残ってないよ?」
ラナ「お姉さん、ちくわ作れないのかにゃ?」
 クレオも期待を込めた瞳でまひろを見る。
まひろ「えー!? まぁ……作れないことはないと思うけど……」
ラナ「あんな美味しいものを作れるなんてすごいにゃ! クレオ、お姉さんはきっと、期待の新人にゃ! きっと料理も上手に違いないにゃ!」
クレオ「……ちくわというものは、クレオも食べてみたいです。それに……料理がお上手というのは、確かに魅力的です。今、この店には厨房担当がいないのです」
まひろ「でも、竹輪は材料がないと作れないよ?」
クレオ「そちらの方はまあ追々……料理がお上手ということは、間違いないのですか?」
まひろ「うん……まあ、得意は得意だけど……」
 クレオ、考え込む。
クレオ「でしたら、夕飯をクレオたちに作ってください。それを採用試験と致しましょう。それから、今日はどちらにせよ一緒に夕飯を摂って、泊まっていってください。ラナを助けてくれたお礼です」
まひろ「えっ……いいの?」
クレオ「はい」
 笑顔のラナ、まひろに抱きつく。
ラナ「やったにゃー! お姉さん!」
まひろ「うわっ! ちょっと、ラナちゃん! 近い……苦しい!」
 ラナに抱きつかれて赤面するまひろ。

○同・厨房
 大型のコンロが三口のガス台、業務用の大きな冷蔵庫、広々とした作業台。
 室内にはエプロンを身に着けたまひろとクレオの姿。
 まひろ、作業台に食材を並べて神妙な顔。
まひろ「クレオちゃん……」
クレオ「なんですか?」
まひろ「これ、ぜんぶ食べれるんだよね? 毒とか入ってない?」
クレオ「(ムッとして)当たり前じゃないですかバカにしてるんですか?」
まひろ「(焦って)わぁー、違うって! そうじゃなくて、あんまりにもすごい見た目だったから」
 まひろの眼前には、毒々しい色や不気味な見た目をした食材が並んでいる。
 今にも叫び出しそうな顔をしている根菜を持ったまひろは尋ねる。
まひろ「これは?」
クレオ「マンドラ大根です」
 少し卑猥な形にも見える野菜のようなものを見る、まひろ。
まひろ「じゃあ、これは?」
クレオ「マーラ茄子ですね」
 他にも珍妙な食材の数々について、まひろはクレオから説明を受ける。
まひろ「とりあえず、どれも食べれるんだよね? 爆発とかしない?」
クレオ「当たり前です!」
まひろ「(ブラウスの袖をまくりながら)……それじゃあ、さっそく作ってみるね。夕飯で食べたいものはある?」
クレオ「お任せします。それも含めて試験です」
まひろ「あはは、そうだったね」
クレオ「それでは、クレオはフロアにいるので宜しくお願いします」
まひろ「うん」
 クレオ、厨房から出て行く。
まひろ「まずは野菜の下ごしらえからかなー」
 と、流水で洗ったマンドラ大根を包丁で切断すると、
マンドラ大根「ピイギャアアアアァァァァァァァァ――――――――」
 突然、厨房内に絶叫が響き渡る。

○同・居間(夜)
 仕事を終えて普段着に着替えたラナとクレオ。
 二人が座るテーブル上には、数々の料理が並ぶ。
 歓声をあげる二人へ、エプロン姿のままニコニコと微笑みを向けるまひろ。
まひろ「えへへ……ど、どうかな?」
ラナ「すごいにゃ! ごちそうにゃ!」
クレオ「はい、すごいです……」
ラナ「何て名前の料理にゃ? どれも美味しそうだにゃ」
まひろ「んー、初めてみる食材ばかりだったから、それっぽく作っただけなんだけどね。マーラ茄子の甘辛炒め、マンドラ大根のおでん風、オーク豚の角煮、ミノ牛のシチュー、溶岩トマトと樹海バジルのパスタ、てところかな」
クレオ「お姉さん、なかなかやりますね」
ラナ「なんでクレオが偉そうなのにゃ」
まひろ「(微笑んで)それより、冷めないうちにどーぞ。召し上げれー」
ラナ「いただきますですにゃー」
クレオ「いただきます」
 思い思いに皿へホークを伸ばす二人。
 頬をぱんぱんに膨らませて、もぐもぐと咀嚼した後、嚥下する。
ラナ「(興奮して)うんまぁーい、にゃー!」
クレオ「(驚いて)これは……なかなか……」
まひろ「よかったー、まだまだおかわりあるからねー!」
 最近は、きちんとした食事をしていなかったのか、熱心に食べ進める二人。
クレオ「はむぅ……はむはむ……んぐ、んぐ」
ラナ「こっちも美味いにゃ! これもイケるにゃ!」
まひろ「ふふふ……」
 まひろ、嬉しそうに二人を見つめる。
まひろ・M「それにしても驚いたなぁ……爆発はしなかったけど、食材が叫び出すんだもんなぁ……見た目はあれだったけど、基本的にあっちの世界と同じような食材が多いみたい。これなら竹輪も作れる……のかな?」
 と、考え込むまひろ。
 クレオ、口周りをトマトソースでベチャベチャに汚して、
クレオ「試験の結果ですが……」
 クレオの口を布巾で拭いてあげるまひろ。
ラナ「これは合格しかないにゃ!」
 クレオは、ラナの台詞にこくこくと頷いて同意する。
クレオ「(微笑んで)お姉さん、これからもクレオたちのご飯、作ってくださいね」
ラナ「(元気一杯に)しっぽの先のリボン亭の厨房担当に任命、なのにゃ!」
まひろ「うん! 私なんかでよければ二人のこと、手伝わせて!」
ラナ「よーし! 明日から、しっぽの先のリボン亭の再出発、なのにゃ!」
クレオ「(ラナを見て頷く)そうね! お客さんを呼び戻しましょう!」
まひろ「うん、私もたくさん頑張るよ!」
 三人、決意を新たにして頷き合う。
クレオ「お姉さん、改めてこれから宜しくお願いします」
まひろ「うん、こちらこそ宜しくね」
 丁寧に頭を下げるクレオに謙遜するまひろ。
ラナ「あたしも宜しくお願いしますです。 けど、まひろお姉さん、ほんとよかったにゃ! これでとりあえず、ホームレスからは脱却にゃ!」
まひろ「(苦笑して)あはは……そうだねー」
クレオ「そういえば、お姉さんは迷子の猫さんを探してるんですよね?」
まひろ「うん、そうなの……急にいなくなっちゃって。今ごろどうしてるのやら……」
クレオ「(考えるようにして)それだったら、お客さんが増えれば、いろんな情報が入ってくるかもしれませんね」
ラナ「食事処は情報の宝庫にゃ! 猫さんの手がかりも掴めるにちがいないにゃ!」
 まひろ、気遣ってくれる二人に感謝して、
まひろ「うん、そうだね! あの子のことも心配だけど……今はとりあえず、手がかりが見つかるようにお店の方を頑張るよ!」
 胸元で両手を掲げ、小さくガッツポーズをする。
クレオ「はい、頑張りましょう! それでは今日から、お姉さんには住み込みで働いてもらいますが、すぐにお部屋の準備はできないので、しばらくはクレオたちと一緒に寝てくださいね」
ラナ「(嬉しそうに)みんなで川の字になって寝るにゃ!」
まひろ「えぇぇ――!」
 と、二人の言葉を聞いて驚きの声をあげる。

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