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かぶりつきで味わえる、知の在り方と美意識の結晶――国立西洋美術館「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」

「写本」とは、印刷技術が発明される前の書籍のこと。羊や子牛などの動物の皮を薄く加工して作った紙に、膨大な時間と労力をかけて手書きで文字が書き写されます。写本は軽く持ち運びやすいため、中世ヨーロッパにおいてはキリスト教の教えを伝えたり、国をも超えて技術・知識が伝播したりすることに非常に役立ちました。当時の最先端の表現を用いた華やかな彩飾が施されたものもあり、一つの紙の上に知の在り方や、当時の美意識がギュッと凝縮されているのです。

そんな「写本」を間近にじっくりと観られる展示が、6月11日より国立西洋美術館で開催されています。企画展「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙。日本国内の美術館で最大級の写本コレクションを中心に約150点を一挙に展示する、国立西洋美術館初の大規模「写本」展示です!!

この記事では、文字と装飾から中世ヨーロッパの知や美意識を堪能できる、本展の魅力をレポートします!


愛と情熱で築かれた「内藤コレクション」

本展の展示品の中心は、筑波大学・茨城県立医療大学の名誉教授である、内藤裕史さん(1932年~)によって集められた「内藤コレクション」。学生時代から美術の魅力に取りつかれた内藤さんは、今から約40年前にパリの古本屋で彩飾写本に心を奪われ、以来、パリやロンドンで本から切り離された一枚ものの「写本零葉(リーフ)」を集めていきました。2015年度には人生とともに築いてきたコレクションを、一括で国立西洋美術館に寄贈されます。2020年にかけても、内藤さんのご友人である長沼昭夫さんの支援を後押しに、新たな26点がコレクションに追加されました。内藤さんの写本への想いやエピソードは、展示内でも沢山読めますのでぜひお楽しみに!

フランチェスコ・ダ・コディゴーロ(写字)、ジョルジョ・ダレマーニャ(彩飾)《「レオネッロ・デステの聖務日課書」零葉》(1441-48年)

僕は今、一介の美術愛好家、美術ファンにすぎませんし、それでいいと思っています。盲目的といえばいえる程の情熱を、美術や美術史に捧げてきた、いわば偉大なディレッタント達がいたからこそ、あの重厚なヨーロッパの美術史学は発展して来たではないか。おれのようなありかたも、あっていいではないか、と自問自答をしています。絵画はもっと天真らんまんなものだよ。というのが僕の思いですし、またそれを無邪気にたのしんでいられればそれでいいと思います。ただ途方もない遠まわりをしながらも、美術に青春をかけて来た者として、芸術と似て非なる芸術とを峻別するすんだ目を、どうかして自分のものにしたい。また、その目を曇らせたくない。という強い思いはたえずあります。絵を観る人、全ての見果てぬ夢かもしれません。

内藤裕史「僕の美術遍歴」より


当時の人々の生活や信仰を支える「写本」

本展では、写本がどのように使われていたかといった観点から、用途別に9章に分けて展示が構成されています。ここでは1~3章を元に、写本から感じたり読み解いたり、たっぷりと味わうポイントをお伝えします!

Ⅰ 聖書 Bibles

まず写本で欠かせないのは、西洋において最も重要な書籍である「聖書」。内藤コレクションにも、13世紀ごろにイングランドやフランスで作られた聖書のリーフが多く含まれます。分厚い聖書の内容をまとめて持ち運びできるよう、非常に小さな紙に小さい文字がびっしりと書かれている点が特徴です。章の冒頭の文字など、細部には手の込んだ装飾が施されています。14世紀に入ると紙が大きくなり、描かれる挿絵もサイズに変化が。インクのほか金を多用した装飾や挿絵は、繊細ながらも荘厳な趣きが感じられます。

写真右 ヤコビュス・ファン・エンクハイセン(写字)、ズヴォレ聖書の画家(彩飾)《『ズヴォレ聖書』零葉》(1474年)

Ⅱ 詩編集 Psalters

旧約聖書の一部を構成し、150篇の詩からなる「詩編」のテキストに、聖歌や祈祷文などをあわせて収録したものが「詩編集」です。詩の冒頭部分のイニシャルには細かな装飾がなされており、どこが書き出しなのか分かりやすくなっています。この装飾の度合いにも重要度のヒエラルキーがあり、見出しのように読み手の理解を助けました。美しさを増すだけでなく、デザイン性にも優れているんです。

《詩編集零葉》(1250-60年頃年)
イニシャルが良く見えるパネルにもご注目ください!

また、写本を分析すると、行数・文字のデザイン・挿絵や装飾、紙のサイズなどから、元々同じ本であったリーフ同士が見つかることも……! これらは「姉妹葉(シスターリーフ)」と呼ばれ、本展では調査で見つかった内藤コレクション、慶応義塾大学図書館、鶴見大学図書館、明治大学図書館に属していた姉妹葉8点も展示(展示替えあり)されています。一度に見比べることができる貴重な機会です!

Ⅲ 聖務日課のための写本 Breviaries

1日8回の礼拝で使う祈りのためのテキストや決まり事などが書かれた、「聖務日課のための写本」のコーナー。装飾から写本を作った人のバックグラウンドや、作られた場所を読み取ったり、ゴシック、ルネサンスなど作られた時代のエッセンスを感じ取ったりできる点も見どころです。

写真左 サン・マッテオ国立美術館のミサ聖歌集Ⅴの画家(彩飾)《聖務日課聖歌集零葉》(1330-40年頃)

「聖歌集」といった楽譜の写本は、歌う際に何人かで一緒に見る目的で、大きな紙に書かれています。余白が汚れているのは、楽譜をめくるときに何度も手で触れられていたためです。当時の人々の生活や、写本を使う際の手の動きを想像しても面白いかも……!?

4章以降では、「ミサ典礼書」や「暦」、「教会法令集」などキリスト教圏の生活に根差した内容のほか、非宗教的な内容の写本からは「身分証明書」なども展示されています。

左から、《ガブリエル・デ・ケーロの貴族身分証》(1540年)、カスティーリャ女王フアナ1世の印章


写本を観るなら、ぜひ「あなたの目」で!!

実はおちらしさん会員の皆さまをはじめ、チラシや本などの印刷物がお好きな方にこそ肉眼でぜひ観ていただきたい「写本」。印刷技術のなかった時代に手間暇を惜しまず作られた「写本」は、驚くほど豊かで煌びやかな伝達のための媒体だったのです。

ぜひ「生」でじっくりと鑑賞していただきたい写本の数々。光り輝く金色の装飾や、インクの美しい原色の彩り、そして歴史を感じる紙の風合いは、肉眼でこそ味わえるものです。細かな意匠に込められたこだわりには、驚くこと間違いなし……!!

何百年もの時を経ても色褪せない知と美意識の結晶と、目の前で対話できる贅沢な時間を過ごしてみてはいかがでしょうか?

文/清水美里(おちらしさんスタッフ)


\写本から400~500年先へ・・・/
「リトグラフ」の小企画展も同時開催中!!
企画展のチケットで鑑賞できます

「西洋版画を視る ―リトグラフ:石版からひろがるイメージ」展示風景

企画展「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」

会期:2024年6月11日(火)〜8月25日(日)
会場:国立西洋美術館 企画展示室
主催:国立西洋美術館、朝日新聞社

関連プログラム
●【スライドトーク】(当日受付)
〈内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙〉
8月16日(金) 18:00~18:30 ※手話通訳付き

●【常設展、企画展ともに観覧無料】おしゃべりOK「にぎやかサタデー」
8月3日(土)9:00~20:00

巡回展
札幌芸術の森美術館 2024年9月7日(土)~29日(日)


小企画展「西洋版画を視る ―リトグラフ:石版からひろがるイメージ」

会期:2024年6月11日(火)〜9月1日(日)
会場:国立西洋美術館 版画素描展示室(常設展示室内)
主催:国立西洋美術館


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