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たった1人に翻弄される美術展|練馬区立美術館『生誕100年 朝倉摂展』に足を運ぶ 前編

こんにちは。おちらしさんスタッフの岸見です!

 おちらしさんを楽しんでいただいている皆さんの手元にお届けするべく、今日も会社ではたくさんの舞台チラシや美術展チラシが全国各地から届いています。毎日新しいチラシが届くわけですが、その中でも「おぉ…」と思わず口からこぼれたのがこのチラシです。

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2022年8月14日(日)までただいま練馬区立美術館にて開催中の『生誕100年 朝倉摂展』のチラシ。

 前回のおちらしさん美術6月号に入っていたA4サイズのこのチラシ『生誕100年 朝倉摂展』。なんと上部分が屋根の形のようにカットされています…!

 この展示の主役である朝倉摂さん、彼女は日本画家としてだけではなく、舞台美術家としても活躍された方なんです…!チラシを見てみると今回の展示では日本画のほか、舞台美術の模型やデザイン画も展示されているとのこと。これは絶対面白いに違いありません…!早速練馬区立美術館に行ってみました!

 今回の記事ではわたくしおちらしさんスタッフの岸見が『生誕100年 朝倉摂展』を担当されている練馬区立美術館学芸員の真子(まなこ)さんとのお話を交えながら、前編ではただいま開催中の『生誕100年 朝倉摂展』の魅力を、そして後編では練馬区立美術館の魅力について語ります!

※この記事の写真は練馬区立美術館の許可のもと撮影・掲載しております。

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練馬区立美術館の入り口前。展示ごとに衣替えされています。
絵の中の女性と目が合い、これから本物の作品を見れると思うと楽しみで気分が舞い上がります。

チラシの秘密に迫る

岸見:まず早速お聞きしたいのが、このチラシについてなのですが、どういった流れでこのようなデザインになったのでしょうか?

真子さん:練馬区立美術館も最近特殊な形のチラシは作っていなかったのですが、今回は巡回展となっております。
1回目の神奈川県立近代美術館のチラシは角度が違い、真ん中に頂点が集まる形になっていまして…。

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左が神奈川県立近代美術館葉山館。右が練馬区立美術館。
薄紫と水色、それぞれ作品の色調に合わせてチラシの色も異なっています。

岸見:これは面白いですね!開催館ごとに形が違うとは…!

真子さん:「フック、引っ掛かりがほしい」ということでこの様な形になり、会場ごとで形の異なるチラシになりました。
 神奈川近代美術館さんでは初期の作品1942年「更紗の部屋」をメインビジュアルとして、安定感のある形として真ん中に角が来るデザインに。
練馬区立美術館では、1950年の「群像」をメインビジュアルとし、少し角度を変えてこのようなカットを入れました。

岸見:まさに私も見事にこのチラシに引っ掛かったうちの一人ですね。おそらく私以外にも引き付けられた方がたくさんいるのではないでしょうか。
 次の会場の福島県立美術館さんはどんなデザインになるのか楽しみですね!

たった1人の作家が持つ表現の広大さ

 改めてご紹介しますが、朝倉摂さん(1922-2014)は、戦前より日本画家と活躍するほか、舞台美術や挿絵などさまざまな分野を手掛けた作家です。

 今回の展示ではそんな彼女のアートワークスを展示した作家展となります。   
 1章では「画家としての出発ーリアルの自覚」として初期のモダンな作品がみられ、2章の「日本画と前衛ーリアルの探求」では1950年代から社会派へと転向し、キュビスムからシュルレアリスムの影響を受けながら絵画表現が大胆に変容していく様子がみられます。
 一方、3章「舞台美術の世界ーイメージは発見」では1960年代あたりから活動を始めた舞台美術家としての側面を紹介。
 そして最後に4章「挿絵の仕事ー余白を造形すること」では3章と同時期に行っていた絵本など挿絵の仕事などが展示されています。

 チラシをきっかけに「舞台美術作品を間近で見てみたい!」という気持ちから実際に見に行ってみたのですが、想像以上に作品が充実していて、かつ彼女の手がけた分野そして表現の広大さに圧倒された2時間でした。
 ここからは真子さんとお話ししながら、そんな彼女の魅力について深堀していきます。

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展示の入り口。舞台や映画のポスターが来館者をお迎えし、展示が始まります。
どんな作品が待っているんだろうとわくわくします!

岸見:『生誕100年 朝倉摂展』を見て思ったのですが、たった一人なのにとても幅広い表現をされる方ですよね。日本画だけでも画風が大きく変わりますし、舞台美術や挿絵などジャンルもさまざまで。

真子さん:先日も見に来た方からは「最後まで見ていると最初に見た作品がどんなだったか忘れちゃう」って言われました。それだけ表現が豊かな人なんですよね。

岸見:たしかにもう1周したくなります!最初に戻ってみて確認してみたくなるというか…。

真子さん:当初は日本画をメインにする予定だったので、舞台美術などを多く取り上げるつもりはなかったんですが、実際に資料を見たら面白くて、紹介したい展示作品も増え…。今回のようなボリュームのある展示になりました。

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3章の舞台美術の空間。左側にある舞台模型は
俯瞰で見たり、まじまじ見たりと色んな角度から堪能できます。
細かいところまでよくチェックしてみてください!

真子さん:一つのことをやり遂げた作家もすごいですが、実はその人たちでもさまざまなことをしてこその積み重ねがあるんです。一人の作家としてもそういった面を見せる展覧会がここ数年で増えているのではないでしょうか。

岸見:やはり色んな面や意外な面もあると見ている人も作家の魅力に引き付けられますね。

真子さん:それに朝倉摂さんはたくさん入口があるので、舞台美術を知っている人から来たり、挿絵や日本画からも見たくて来る人がいます。その時見ているうちに「そういえばこの作品観たことあった!」というような発見もありますね。
 いろんな入口から入っていろんな出口へ出る。そういうのが多くて面白いと思います。

岸見:意外なところで結び付くと、作家に対してぐっと距離が近くなりますね。
 あと、第1章と第2章でも同じ日本画なのに全く印象が違うところも面白かったです!

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こちらが第1章。朝倉摂さんの初期の作品群。
日常生活の一場面を切り取り、柔らかい色彩やタッチで表現されています。
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そしてこちらが第2章の展示空間。
第1章と見比べると色彩は暗くなり、緊張感のある空間に。
生で見ていても同じ人が描いたとは思えないほどの変化です。

真子さん:世の中の時勢も関係していると思うのですが、摂さんが新しいものをどんどんインプットし、アウトプットしていくいい時期だと思います。取り入れたものを消化をしていくことがとても上手な方ですね。

岸見:それが舞台美術や挿絵にもつながっていくわけですね。

展示空間に注目

岸見:展示を見ていて同じ部屋の中でも章と章の切れ目があるのが気になりました。2章のシュルレアリスムな日本画と3章の舞台美術の模型や写真が同じ空間に展示されていて…。彼女の手がけてきた異なる分野が一つの空間に共存しているのがとても面白いですね。

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左側が第2章の終わりで右側が第3章の始まり。
絵画から舞台へと同じ空間で大きく分野が変化しますが、
それでも朝倉摂さんの制作過程としてつながっているようにも見えました。

真子さん:そう見てもらえてうれしいです!一つ一つの仕事が分かれてしまうのではなくて、続いているのを見せたいと思い、あのような空間になっています
 それと実は最初に部屋を分けようと思ったら、舞台美術の方が思った以上に多すぎて、ちょっとはみ出てしまったのというのもあります。

岸見:手がけた舞台美術も約1600…でしたっけ?すごいですよね…!

真子さん:でもよく考えてみたらそうして続けていく感じにしたほうが、摂さんの制作の過程がわかりやすいと思いああいう形にしました。部屋と部屋で分かれてプツンと切れてしまうのはよくないので、渡り廊下は舞台美術の写真を貼ったりして…。

岸見:細かいところにも展示の工夫が凝らされているんですね…!それに、同じ部屋でも一瞬立ち止まって振り返ってみると、部屋の端と端で置かれている作品の変化が見比べられて面白いなと思いました!

朝倉摂は役者?演出家?

岸見:1章は表情がしっかりあり、視線や表情で人物を表現しているのですが、一方2章は画風もあってか表情ではなく身体の動き・ポーズで抱えている感情を表しているよう見えました。
 まるで一人の役者として演技をしているみたいだなと思いました。

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第2章の展示空間。右側の2枚は籠を背負う人や荷物を運搬する人の姿などが描かれ
過酷な環境下での労働している姿が伝わってきます。

真子さん:2章序盤では戦後の労働者を描く作品が多いのですが、「舞台っぽい」と言っている人もいますね。この時期は社会の状況の方へと興味が加わってくるので、やはり「状況」というものに興味が移っていかれたのではないでしょうか。
 だから一人一人の表情というよりも画面の中の状況に注目していって、それが舞台美術につながっていくのかもしれません

岸見:たしかに2章の日本画から3章の舞台美術へ別分野に変化しても、しっくりと来ますね。
 展示の順で見ると、彼女の今までの積み重ねが舞台美術に表れていると感じました。

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壁には舞台写真が展示され、下のガラスケースにはレイアウトが。
蜷川さんや唐十郎さんの舞台も多く手掛けていて、
私が過去映像で観たことのある演劇作品もあり「あっこの人だったんだ!」と驚きました。

岸見:演劇は映像や写真で残るとしても、生の芸術なので忘れやすいもの。なので観客が舞台を一画面のように記憶やイメージとしてずっと覚えられるというのは舞台美術の功績ではないでしょうか。
 舞台美術を考えるときは演出家の指示もあるとは思うのですが、朝倉摂さん自身も一人の演出家のように見えました

真子さん:舞台美術の仕事では初期の小劇場では劇団員と一緒に作るところもやったり、演出家と意見をすり合わせたりなど、いろんな人たちと流動的に取り組む仕事なんだなあと調べていて感じました。そう言った中でも、演出に一役買っていることから演出家のような面もあるのではないかと思います。

岸見:今回の展示の中でところどころに朝倉摂さんの言葉が取り上げられているのですが、挿絵仕事を紹介する4章でも実際にこんな言葉が抜粋されていますね。

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「小説家のね、書いてある文章あるでしょ。書いていない部分がある。白い余白。芝居やる時もそうなんだけど、それをなんとなく造形しようといつも思ってるわけ」

展覧会「セツノグラフィ・朝倉摂ステージワーク`86」会期中のトークショー
「朝倉摂とトークフレンズ」記録映像より ゲスト:篠田正浩 1986年4月11日 より

岸見:読むとやはり演出家らしいような言葉ですね。

真子さん:もしかしたらお題があるほうが自分のイマジネーションが膨らむタイプなのかもなあと少し思ったりします。

岸見:展示の中でこれらの言葉はどうピックアップされたのですか?

真子さん:これは練馬区立美術館のみ行っていることですが、日本画・舞台美術・挿絵についてそれぞれ彼女がどう捉えていたかを伝えるためにピックアップしました。

岸見:彼女自身の各分野に対しての視点がよくわかる言葉ですが、それと同時に別分野へも通じているように感じ取れますね。

朝倉摂の姿をどう捉える

岸見:今回『生誕100年 朝倉摂展』を担当された真子さんにとって朝倉摂さんはどんな人だと思いますか?

真子さん:引き出しが多く、アウトプットする術もきちんと持っている方ですね。日本画を描いていた頃から社会の中で自分がどういう仕事ができるのかを常に考えていたと思います。
 「過去を振り返るのは大嫌い」というのが口癖だったそうなんですが、未来を見通すのとは違って「今」を見ている人なんだと思います。過去の積み重ねがあるのはもちろんですが、「今どうするか」を常に更新している方だと思います。

岸見:確かにどの章を見ていても「古い」とは全く感じないなあと思いました。やはり「今」という意識で書いていたからこそ、一つ一つの作品がしっかり濃く感じられるのではないでしょうか。

彼女に翻弄される『生誕100年 朝倉摂展』

展示室の出口にある朝倉摂さんの年譜と写真。
こんな可愛らしい笑顔の人がさっき見ていた作品群をたった一人で描いていたんだ…
という気持ちで会場を後にしました。

 日本画、舞台美術、挿絵。朝倉摂さんが手がけた作品一つずつが濃く、鑑賞する側が彼女の変化に大きく翻弄されるような展示空間。
 2時間みっちり堪能した展示の最後には彼女の姿が飾られています。
 これまで見た作品を思い返し、ぐっと彼女への心の距離が縮んだような感覚になりました。

 これまで触れたポイント以外にも朝倉摂さんの魅力がいっぱい詰まった『生誕100年 朝倉摂展』。2022年8月14日(日)まで練馬区立美術館にて開催中なのでぜひ足を運んでみてください!

そして学芸員の真子さんのお話はまだまだ後編へと続きます。
後編は練馬区立美術館の"美術館"としての魅力について語ります!


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