見出し画像

スーパードンソキングアクション - 『犯罪都市 THE ROUNDUP』

まずは何も言わず、この画像をご覧いただきたい。

おわかりいただけただろうか

これは根源的な恐怖と安心を同時に感じさせる、世にも奇妙なシーンだ。もし自分が右の男に味方する立場だとすればこの上なく安堵できるだろう。だが、もし左の男が自分だったらと思うと震えが止まらなくなる。これは両極端な感覚が同じ空間で共存する異様な光景であり、シュールな面白さが醸し出されている。

腕組みしてにこやかに立つだけで恐怖と安心を生み出す。世界広しといえど、そんなユーモアが可能な役者はごく少数しかいない。いまや押しも押されぬ韓国の大スター、マブリー(マ兄貴)ことマ・ドンソクはそれができる希少な俳優である。そして、『犯罪都市 THE ROUNDUP』はそんな彼のポテンシャルを純粋に追求した映画だ。

だから、この映画は"サスペンス"でもなければ"クライム"でもない。"マ・ドンソク"という一つのジャンルである。

マブリーが負けるわけねえだろ

韓国・衿川(クムチョン)署強力班に犯罪者の引き渡しのためにベトナム行きの任務が命じられる。向かったのは、強引な捜査で世間の目を集めがちな型破り刑事マ・ソクト(マ・ドンソク)と頼りない班長チョン・イルマン(チェ・グィファ)。そこで明らかになったのは、冷酷な凶悪犯罪者カン・ヘサン(ソン・ソック)の存在とカンが起こした誘拐事件だった。マ・ソクトは持ち前の正義感から現地警察の制止を振り切って強引に捜査を開始するが・・・
その先に想像を絶する死闘が待っていた。

公式サイトより

先に断っておくが、"想像を絶する死闘"を強いられるのはヴィラン側である。なぜなら、犯罪都市シリーズは前作から変わらず一つの哲学を貫いているからだ。すなわち、"マ・ソクト刑事=マ・ドンソクは決して敗北しない"という鉄の掟。それは決して潔癖な勧善懲悪などではなく、むしろ人情と義侠の精神に基づくシンプルな正義論といっていい。傷つける者がいるなら、懲らしめる。ただそれだけだ。

この複雑な現代社会では正義ほど胡散臭いものはない。けれど、愚直なまでに正義を背負い続けるマブリーの力強い姿を一目見ると、そんな惰弱で冷笑的な発想はあっさりと吹き飛んでしまう。それは作中でも徹底されていて、最初は慇懃な態度をしていた領事館の小役人が途中から「ソクトさん……いや兄貴」と言ったりする。

民草の困るところ、マ・ソクトあり。みんなの兄貴分にして、市民の守護者。あまりにも太い二の腕、すさまじく厚い胸板、どこまでも広がる大きな背中。凡人には決して辿り着けない極大質量をその身に宿しながらも人懐っこく笑い、ジョークを飛ばす。こっそり婚活していたりSUVとUSBの違いが分からなかったりと、あざとい抜け感もある。その一方で、正義や道徳についてかったるい持論を語ったりせず、悪党はどこまでも追いかけてブッ飛ばすのみという気骨溢れる仕事ぶり。

ルックスから細かな演技に至るまであらゆる要素がマ・ソクトの主人公パワーを丁寧に補強している。その結果、惚れないでいるほうが難しい最高の好人物が出来上がったというわけだ。

最狂が牙を剝く(そしてシバかれる)

マブリーの圧倒的魅力に負けじと、ヴィランも相当キレたやつがやってくる。ソン・ソック演じるカン・ヘサンは、外国に来た韓国人を誘拐して身ぐるみを剥いだうえで身代金を要求し、その上で結局殺すという外道を超えた外道だ。胸元に彫られた『不倶戴天』のタトゥーもシャレになっていない。

目が笑ってない

この男は劇中の多くの場面でニヤニヤと薄い笑みを浮かべているが、その目は全く笑っておらず、むしろどこか爬虫類的な無感情さがある。人としてなにかが決定的に欠けているのだ。そして服を脱げば雄々しい筋肉があらわになる。なるほどこれはマブリーに喧嘩を売れる肉体派ヴィランだ……まあ、人に害なす時点でどうあがいてもシバかれる運命なのだが。

カン・ヘサンは大雑把にいって狂人型の悪党だが、ナイフペロペロ系のナメた仕草とかトロッコ問題を強要するようなしょうもない真似はしない。狂ってはいるが、彼は彼で金のためにマジで動いているだけなのだ。映画の中盤でマ刑事と直接対決したときには、人外のフィジカルを目の前にして殺すのを諦め、逃げの一手に出るという実利的な狡猾さも見られた。行動原理が金の一点に集約されていることもあって、ギリギリ理解の及ぶ現実的な範囲で最もイカれたヤバい奴という良い塩梅のワルになっている。

魅力的な悪役にも色々あるけれど、カン・ヘサンは俺が今年見た映画の悪役の中でも上位に食い込むキャラクターだ。非人間的な薄ら笑いと、人をザクザク切り刻む異常性。そうした邪悪さをしっかり描いたうえで、マ刑事の鉄拳でコテンパンに制裁される爽快な様子が披露されるからだ。これまでの悪行三昧へのささやかな罰としてはちょっとやりすぎなくらい──具体的にいうと、バスのフロントガラスを突き破って吹っ飛ぶくらい──痛い目にあってもらう。マブリーの上腕二頭筋がもたらすこのカタルシスは、そんじょそこらの映画では味わえない特別な代物だ。

脇を固める楽しい奴ら

犯罪都市シリーズはマ・ドンソクのかっこかわいいところにフォーカスした映画だが、だからといって強力班の刑事を始めとする助演陣が空気というわけではない。むしろチョイ役ですら結構キャラが立っていて、妙なインパクトを残していく。実話ベースの世界観に怪物刑事マ・ソクトがうまく馴染んでいるのは、脇役もエキセントリックなおかげなのかもしれない。

『ROUNDUP』では、こうしたサブキャラたちにフォーカスする場面が増えた。

苦労人の顔

前作では刑事ドラマにありがちな現場無視の小言上司という感じだったチョン班長も、今作ではベトナムまで着いてきて相当な漢ぶりを見せてくれる。劇中でかなり痛い目を見るのでさすがに弱音を吐くかと思いきや、「おいソクト、絶対にヤツを捕まえるぞ」と満身創痍で発破をかけるのだ。俺はこのシーンを見て、真の男の隣に立つのはやはり真の男なのだと静かに納得した。チョン班長はもはや冴えないコメディリリーフではない。ソクトの剛腕捜査にツッコミを入れ、共に戦い、ときに励ますしたたかなバディという、ある意味すごく美味しい立ち位置を手に入れたのだ。『ROUNDUP』を観た今、チョン班長のスピンオフドラマを作ったらきっと面白いものになると俺は確信している。

小峠と生瀬勝久を足して二で割ったようなイス

また、前作ではソクトに昼飯を横取りされたり金玉を鷲掴みにされていたチャン・イスも引き続き登場する。イスは今作でも引き続き昼飯を横取りされたり金玉を鷲掴みにされたりする。彼はやくざ者なのだが刑事のマブリーには全然頭が上がらず、うだつも上がらない。なにかとムチャぶりをされては泣きを見る、おもしろ可哀想なやつだ。伝わる人にしか伝わらない例えだが、イスには『鋼の錬金術師』に出てくるヨキや『TRICK』の矢部謙三のような小物ならではの魅力がある。チョン班長の穴を埋めるようにコメディリリーフの役割をほぼ一身に背負っているので、しばらく観ているとイスが映った瞬間に条件反射的に笑えるようになってくる。

このように、今作ではサブキャラの見せ場が増えた。強力班やイスの活躍を描くことで、犯罪都市という世界観自体に奥行きが出たように思える。一方でマ・ドンソクが映る時間は相対的に減ってしまったが、これは決してマイナスではない。満を持して彼が登場することで、"マ・ドンソクが映る=本当にヤバいことが始まる"という流れがかえって強く印象付けられるようになったからだ。露出が減るほど存在感が強まるこの法則を、業界用語で"マブリーのパラドックス"と呼ぶ。

マ・ドンソク本位制

本作はマ・ドンソク本位制を採用しており、悪党の格は基本的に"マ・ドンソクの一撃に耐えられるかどうか"で決定される。もちろんほとんどのチンピラはビンタ一発で失神KOするが、ごく一部のタフガイは果敢に立ち上がる。つまり、マブリーの一撃に耐えた時点でそいつは自動的に強キャラに格上げされる。そして、物語のキーパーソンであることが示唆されるというわけだ。マ・ドンソク本位制は言葉による冗長な説明を省いてキャラの強さを表現できる、スマートでエレガントなメソッドである。

もちろん、こんな型破りな手法を可能にしているのはマ・ドンソクという役者の存在あってのことだ。そこいらのヒョロい俳優が同じことをやったら失笑モノだろう。だが、マ・ドンソクなら成立する。冒頭でも述べたようにマブリー自身がジャンルであり、アイコンであり、スターだからだ。『犯罪都市』シリーズの制作陣は、それを誰よりもよく知悉している。なにしろ『ROUNDUP』の共同プロデューサーはマ・ドンソク本人なのだから。

ジャンルと一体化できる俳優はそう多くはない。歴史的に見ても、ブルース・リーやチャック・ノリス、セガール、トム・クルーズといった選ばれしレジェンドのみに許された、大胆で不敵な所業だ。マ・ドンソクがアジア系でしかも比較的遅咲きの俳優であることを考えると、ここまでのスター性を勝ち取ったのはまさしく努力と才能が生んだ奇跡というほかない。

……かつて、あるアイコニックな俳優のアクションを指して、人はこう呼んだ。『スーパーヴァンダミングアクション』と。ならば、マ・ドンソクのアクションもまた、それになぞらえて呼ぶことができる。

そう、『スーパードンソキングアクション』と。


この記事が参加している募集

#映画感想文

68,047件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?