危険を感知する神経(2018年3月Nature掲載論文)

こんにちは、ケンです。

最近、所属が変わったことに伴い、研究テーマもガラッと変わりました。

もともと脊髄における感覚情報処理機構が自分の学位論文のテーマだったのですが、今度は脳をメインターゲットに感覚および情動の研究を行うことになります。そのため、最近は脳のお勉強に時間を割くようになりました。

まずは体性感覚と関連深い脳領域(腕傍核、偏桃体、前帯状回、青斑核など)に関するところから手を付けていって、そこから少しずつ領域を広げていこうと思っています。

今日紹介するのは少し古い論文ですが、ワシントン大学のグループが2018年に報告した「Encoding of danger by parabrachial CGRP neurons(腕傍核CGRP神経による危険の符号化)」というタイトルの論文です。

腕傍核(PBN)は痛みの領域では馴染みがある脳領域で、脊髄の投射神経のほとんど全てが外側PBNに軸索を投射しています。実際、肢や尾などの末梢に痛み刺激を与えると、外側PBNが非常によく活性化します。しかしながら、とても興味深いことに外側PBNはにおい(天敵臭)や音、味などの様々な刺激で活性化することも報告されています。今回著者たちはPBNの中でも特に外側のPBN(extra lateral parabrachial nucleus)に存在するCGRP陽性神経に着目してin vivo Ca2+ imagingを行った解析を行いました。

外側PBNは脳のとても深い箇所にあるため、生きたままの動物で活動をモニターすることはこれまで非常に困難でしたが、比較的最近開発された超小型蛍光顕微鏡UCLA miniscopeを用いることで、自由行動下の動物で神経活動をリアルタイムに観察することが可能になりました。

マウスの前・後の両肢および尾をそれぞれ刺激したところ、ほとんど全てのPBN-CGRP神経が活性化することがわかりました。どこからの侵害刺激なのかということをPBN-CGRP神経は区別していないのでしょう。

また、驚いたことに、痛みではなくかゆみの刺激(クロロキンによるかゆみ)を与えたときにも同様にPBN-CGRP神経が活性化を示すことがわかりました。さらに、PBN-CGRP神経にテタヌストキシンを発現させて、開口放出ができないようにすると、かゆみ行動が減少することも示されました。この実験により、PBN-CGRP神経は特定の感覚に応じて活性化するというよりも、活性化することで適切な防御反応を引き起こすような役割を担っていることが示唆されます。

続いて、PBNは摂食行動にも関与することが知られているため、摂食時の活動を観察します。すると、食べ物を目の前にすると、PBN-CGRP神経の活動は抑制されることがわかりました。ベースラインよりも蛍光輝度が減弱しているのは、マウスの動き(自由行動下なので)によるノイズやアーチファクトではなく、確かな変化であることが本文中にわざわざ明記されており、神経活動の抑制が起こっていることに著者たちが確信をもっていることがわかります。

食べ慣れたものと未知の食べものに出会ったときは、PBN-CGRP神経の活動は違っていて、新規の食べ物に出会ったときは活性化が起こるようです。

また、PBN-CGRP神経の機能をテタヌストキシンで抑制すると、未知の食べ物をよく食べるようになります。これらの実験から、やはりPBN-CGRP神経は危険(痛み、かゆみ、未知の食べ物)を感知する神経で、生存のための適切な防御反応をとるようにする脳領域であることが強く示唆されました。

使っている技術は、in vivo imaging, テタヌストキシンによる神経機能の阻害、各種行動実験と、わりと少ないけれど、いろいろな刺激を用いることで普遍的なPBN-CGRP神経の役割を浮かび上がらせているのが、自分の発想にはないやり口で、大変勉強になりました。

自分だったら、かゆみで行動見えた時点で、PBNからどこに投射しているのかとか、PBN-CGRPの中でも特に重要なサブタイプは、とか神経回路特定だったり受容体特定の方に発想がいってしまって、かゆみという限定的な分野での波及効果しか持たないような小さな仕事にしてしまうだろうな。。。

一流の人の仕事からは学ぶことが多いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?