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下痢の呼称変更について

「ちょっと早く出てよ」
「今、出るって」

20歳くらいの頃、1人で暮らしていた京都の家には、当時の恋人がよく泊まりに来ていた。もはやすっかり甘い関係は通り越し、共同生活者というか、パートナーというか、朝、お互いを起こし合う同士というか、思い返せばそんな関係だったと思う。

ぼくは、基本的にお腹の調子が良い方ではない。朝だけで、バナナを食べて一回、珈琲を飲んで一回、煙草を吸って一回。だいたい3回程度、トイレに行って用を足す。別にこれは、お腹が痛いという訳ではなく、単に便通が良いという状態だ。だとすれば、お腹の調子は良い方なのかもしれないのだが。

ということで、ぼくは毎朝当たり前のようにトイレに篭る。籠らざるをえないというわけだ。

「ちょっと早く出てよ」
「今、出るって」
「朝から何回行くのよ」
「3回くらい」
「今何回目?」
「2回目」
「(チッ)」

朝から言い合いになることも多かったが、過ごす朝の数が増えるにつれて、段々とぼくの性質は理解されていった。生理的な問題だ。とやかく言われる筋合いはない。いつしか、早朝のトイレはぼくのものになった。

「毎日よくそんなに出るよね」
「だから痩せてるのかな」
「固形で出るの?」
「いや、毎回液状」
「液状って。下痢ってことよね」
「そう」
「下痢って言いなよ」
「なんか汚い感じがしてちょっと」

下痢。げり。ゲリ。どの字面でもなんとなく汚い感じがする。響きも少し苦手で、なんだか口に出したくないのである。これだけ毎日下痢なのに、下痢と向き合えない。下痢には少し申し訳ないのだが。

「なるほど」
「なんかかわいい感じの言葉だったらね」
「なるほど」
「パピーとかどう?」
「いいね。パピー。」

あっさりと決まった。以来、ぼくらの間では、下痢のことを「パピー」と呼んでいた。あれだけ言い出しにくかった言葉も、「パピー」ならすんなりと言えた。「ちょっとパピーしてくる」「またパピリたいかも」「今日はパピーじゃなかった」忙しい朝の二人の関係も、「パピー」のおかげで良好になった気がした。

あれから10年以上が経過した。ぼくは相変わらず、毎朝「パピー」に勤しむ日々を送っている。当時の恋人は、今も「パピー」を覚えているだろうか。子供の「パピー」のお世話をしているだろうか。

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