専属モデル 「ジロー」
ジローに出会ったのは残暑厳しい9月初旬のある日、一目惚れであった。
照りつけるアスファルトの上、二三歩彼の横を通り過ぎたがすぐに引き返し、まじまじとその容姿を見つめてしまった。
抜群のプロモーション、嫌みのない色艶、文句のつけようが無かった。
実はその時すでに彼には先約がいたのだが、強引にそのライバルを振り払い、彼を奪い取って足早に帰宅した。
凛々しい瞳、逞しい胸、すらりとシャープな手足、見れば見るほどうっとりしてしまうが、やはり先約が開けた穴がどうにも気になる。
一歩先にジローに近づいていたライバルが、その穴にまだ潜んでいるように思えてならない。
注意深く慎重にジローを揺すってみると、案の定ポロポロポロと黒い影が転がり出てきた。
この小さな穴の中に、かくも必死にしがみついていたライバルの、その根性を讃えながら丁重に戸外へ追い出したが、今思えばこのライバルが穴から中身を綺麗に持ち去ってくれたおかげで数年たった現在もジローの状態はすこぶる良好なのかもしれない。
その後何度か仕事のモデルをお願いするうち、いつの間にか『ジロー』という名がついていた。
どうして『ジロー』なのかは解らないが「タロー」や「サブロー」ではしっくりこない。
やはり『ジロー』なのである。
地下室の仕事場の棚の上、チョコレートが入ってた丸い筒型の小さな透明ケースの中でジローは今日も出番を待っている。
◆体長 五十八ミリ
◆昆虫 カメムシ目(半翅目) ヨコバイ亜目(同翅亜目) セミ科
◆学名 Graptopsaltria nigrofuscata
◆職業 モデル
●ジローがモデルを務めた作品 ①〜 マホガニーの根付 〜
■ 根付『つれづれなるままに』 2013 マホガニー ■
3.5 × 3.7 cm ~個人蔵~
吉田兼好の「徒然草」の冒頭
“ つれづれなるままに ひぐらしすずりにむかひて
こころにうかぶよしなしごとを そこはかとなくかきつくれば・・・”
「ひぐらし」の言葉を→ 蝉の「蜩(ひぐらし)」にかけ、兼好法師ならぬ「蝉」が文机の前に座り、筆を片手に何かを書きつけようとしている様子を根付に仕立てています。
↑机上には、巻紙と茄子形の文鎮に桃形の水滴、そして硯と墨の文房四宝等が。
↑机の下には蝉が座っている円座や、積み重なる書物、そして巻物。
円座の中央の穴が“紐通し穴”です。
●ジローがモデルを務めた作品② 〜 篆刻 〜
■篆刻『蝉型蔵書印』 2007 木(一位)■
象嵌あり(貝)、天然染料染め 印影サイズ (4.3 × 2.6 cm)
篆刻部分…湖蝶 作 、彫刻部分…陽佳 作 ~個人蔵~
※注:↑ 湖蝶(こちょう)は私の書・篆刻の雅号になります。
●ジローがモデルを務めた作品③ 〜 ミニ提げものセット 〜
■組物『 雛提物揃 蝉に竜笛 』2012 ■
(ひなさげものそろえ せみにりゅうてき)
~ 高円宮コレクション ~
・根付「蝉」… 象牙 2.4 × 1.1 cm
・緒締… 珊瑚玉
・提げもの…「見立煙草入(みたてたばこいれ)」… 縞黒檀 3.7 × 2.4 cm
( 前飾り象嵌『龍笛(りゅうてき)』… 象牙 )
↑ 全長 2.4cmの小さな小さな蝉の根付です。
●ジローがモデルを務めた作品④ 〜 俳句根付 〜
■根付 『 芭蕉三句 』2008 黄楊 ■
〜飛騨高山光ミュージアム所蔵〜
*「第一回現代木彫根付公募展」最優秀賞受賞作品
↓ 以下の三つの芭蕉の俳句を、一つの根付に凝縮させた作品となっております
□ 閑さや 岩にしみ入 蝉の声
□ 古池や 蛙飛び込む 水の音
□ 夜竊に虫は月下の栗を穿つ(よるひそかに むしはげっかのくりをうがつ)
↑蛙のお尻の下には、今まさに穴を穿っている虫がいる「栗」が…
●追伸●
現在は、「ジロー」(アブラゼミ)の後輩として、ミンミンゼミの「サブロー」も専属モデルとして所属しております。
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