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5月の窓11月の椅子◇6◇

<6>宇宙人/理玖

恵都は抜け目ないようにみえて、そして本人も抜け目ない人間だと自負している割に、ときどきとんでもなくおっちょこちょいだ。

アヲをパートナーだと紹介した後で、”妻”が現れたらそれは鴻池さんでなくてもポカンとしてしまうだろう。
でも理玖が何か言うより早く、恵都は3人の関係を説明してしまった。
サラッと手際よく、明日のピクニックのコースを伝えるように楽し気にでも要点は外さず。

それを聞いた鴻池さんの頭の中では、すごい勢いで思考が明滅し、そこには夫の顔や浮気相手の顔も入れかわり現れたのは理玖には知るすべもなく、ただポーカーゲームでカードを切る人みたいな神妙な沈黙があった。

その間、理玖の頭を過ぎるのは、友人や仕事仲間とのかつてのやりとりだった。

「結婚はナイなあ。彼女には他にも好きな人がいるから」

理玖がそう言えば、話相手が誰であろうとたいてい驚かれた。同情されたし激励やアドバイス、失笑も叱責もされた。

そんな彼女と同じ籍に入る、親友と一緒に、と言えば宇宙人をみるような視線を向けられた。
自分の当たり前が、誰かの当たり前でないのは仕方ないとして、誰も彼もに宇宙人扱いされると地球で迷子になった気がする。



コーヒーに口をつけ、ああとフウンの中間ぐらいの短い唸りを出した後、鴻池さんは、

「ポリアモリーってそういうものなんですね」と言った。

彼女の声に、恵都への友好の兆しが感じられたのに、理玖はまずほっとした。
それはどちらかといえば、真っ白いノートに知らない単語を書き込んだように聞こえた。


恵都がようやく手洗いうがいをすませ、デニムのロングスカートにラガーシャツを合わせて戻るまで、理玖は鴻池さんに問われるままに喋った。
車中での会話に似て、話すそばから流れ去っていくようなやり取だったが、その変わらない距離感にホッとするのだ。

アヲは恵都のうっかりカミングアウトも理玖の動揺もどこ吹く風で、机の一点を気にし、そわそわしていた。

「あの、ピノが……ピノが、限界です」

お皿の上で今にも溶けだしそうなアイスに注意を向けさせる。
鴻池さんは受け取ったスプーンで一口で啜った。
おいとまししますと言う彼女を引き留めて、よかったらご飯もと理玖は勧めた。

「じゃあ、凜ちゃんも呼んでいいかな?」と恵都。

「凜?」「ご飯食べに行く約束したまま、結局いけてないんだよ」「いいけど」「待って」

恵都と理玖の間にアヲが入った。

「凜呼んだらミツマルもついてくるじゃん」

鴻池さんを慮っているらしい。確かにあの二人は騒がしいかもしれないが、先客がいるのにバカ騒ぎしない程度の分別はもってるはずだと理玖は思った。

「あの鴻池さんすみません、ちょっと別の友人をー」

理玖がたずねようとしたとき、

「絵美さん、若い男の子二人呼んじゃうけどいいかな?」と恵都が聞いた。

ちゃっかり下の名前で呼んでいることに理玖は脱帽した。
「ええどうぞ」という鴻池さんもすでに恵都のペースにはまっている。
三人で迎えようとした夜だったが、結婚式もパーティも何もしなかったのだ。今日は少しにぎやかでもいいんじゃないか。理玖はそんなふうに気が変わっていた。

理玖は自分たちと、そして図らずしも養子ができてしまった松下透さえ了解済みなら誰に断ることもない、そう思った。
姉夫婦にだけ事情を話し、両親には結婚の報告のみをした。
両親の中では、嫁は恵都という女性だけであり、アヲはいない。
二人とも形は違えど大切な人生の伴侶だと、どうしても言えない。その歪さを歪さ以外のものに換えることが理玖にはできない。
歪さであるとして、抱きかかえていくしかない。

ーポリアモリーってそういうものなんですね。

そう言って鴻池さんは理玖の歪さを撫でてくれた。
誰かに上書きされる言葉をその度ぬぐってきた理玖の、理玖がその手を懸命に動かす必要のない人として彼女はそこにいた。

台所に立つ理玖の視線の先に鴻池さんがいて隣に恵都がいて、恵都の放り出したスマホを定位置に片付けるアヲがいる。
理玖が受け持つ個人クラスの生徒の男性の「ぜひ奥さんもつれて」という言葉をふいに思い出した。
パートナーを連れて訪問する。
状況としてはだいぶ違うのに、その言葉が思いがけない着地点に降りた気がして理玖は少しだけ泣いた。


続く




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アイウカオ
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